2-31 フロンティアの終焉そして次の地へ



 時は遡り、現代ーー



 プルートに不死の呪いをかけ、復讐を完了した私達は総仕上げにかかることにした。

 フロンティア全土の完全根絶。

 置き土産であるベヒモスを操り、まずは各地の迷宮を再破壊し地表にモンスターを溢れさせる。


 さらに蘇らせた四皇獣にも指示を飛ばし、フロンティアに存在するありとあらゆるものを破壊させる。


「どうぞ、モンスターの皆様方。徹底的に破壊し蹂躙し、そこに何かが存在したという痕跡すらも決して歴史に残らないよう、地表からすべて片付けてください」


 偵察として迷宮からあふれ出した大量の迷宮ネズミを全土に派遣し、エルフの生存者を徹底的に洗い出す。

 奴等は虫のようにしぶといため、森の奥地や山奥などにも隠れ潜むはずだ。


 火竜ノヴァに跨がり、生存者を一人でも見つければ森ごと焼き払うことにした。

 生存者が居なくても焦土にした。

 海岸沿いの鍾乳洞には海洋を泳ぐ四皇獣、水流リヴァイエルを派遣し海岸沿いを幾度となく偵察させた。

 見通しの悪い景色は四皇獣、風竜ダストリアルの力でなぎ払い、怪しい穴蔵ひとつ見逃さない。


 エルフの築いた土地、歴史、建物すべて。

 彼らは美しさを好むあまり、他種族の建造物などは全て醜いものとして破壊し尽くしている。

 エルフ達の建築物を、今度は私が壊すのだ。




 それらの作業を一月かけて行い、すべてを片付けた私達は……

 ベヒモスの背で、細やかな祝杯を挙げることにした。


 前にエミリーナと約束した「お酒を飲みたい」という願いを叶えてくれたらしい。


「エミリーナ。そのお酒どこから持ってきたんですか? といいますか私『お酒飲みたい』と言いましたけど、未成年なのにお酒大丈夫ですかね……?」

「生前の秘蔵品よ。あと未成年ってあなた<聖女>特性で歳を取らないだけで、中身は百歳以上でしょう」

「そうでした、まあ百年吊されてたんですけど……あれ? もしかして私、勇者一行の中で一番お婆ちゃんなのでは……?」

「そうね。ちなみに私は三十年死んでたから三十年セーフよね、レティアお・ば・さ・ま?」

「えええーーーーっ!!! それずるくないですか、エミリーナ!?」


 衝撃の事実に悶絶する前で、エミリーナが笑いながらグラスに林檎酒を注いでくれる。

 初めて口にするお酒は透き通るような甘味があり、すっと飲み心地良く美味しかった。


「あ、美味しいです! へえぇ、お酒ってこんな味がするんですね。以前口にしたのは妙に辛いと言いますか、味がキツくて飲めなかったのですけれど」

「あなたに出されたのは、お偉方の特注品でやたら度が高かったものね。それよりは好みでしょう?」

「はい。すごく美味しいです」

「ちなみにこのお酒、お子ちゃま向けの初心者用として有名よ、おばさま?」

「その話もう止めません!?」


 エミリーナにからかわれる合間にお酒が回ってきたのか、私はつい楽しくてからからと笑う。

 今日は本当に、幸せだった。

 とても良い気分だった。


「ほら、せっかくの殲滅祝い酒です。あなたもどうです? アンメルシア」


 折角なのでテーブルに乗せたアンメルシアにも、だばだばと林檎酒をかけてあげる。

 赤味を帯びた液体を髪に絡め、べっとりと濡らしてやると、アンメルシアは屈辱に奥歯を噛みしめながら私を睨む。


 その眼前に広がるのは、雄大な瓦礫と死体の山。

 フロンティア地方に訪れた終焉だ。


「ほら見てください、アンメルシア。王都の再現ですよ? しかも今回は王都のような一都市でなく、七つ大陸の一つすべて! リーゼロッテが大陸大橋を封鎖してくれたお陰で、速やかに処理が進みました。彼女には是非、お礼参りに向かわねばなりませんね」


 ふふんと鼻歌を歌う私に、王女は無言。


「どうしました? いつもの、必ず御父様が助けてくれるはず、のお言葉は? ところで結局リーゼロッテは来ませんでしたねー。あなた自分は姉妹に愛されてると話してましたけれど、本当のところはどうなんでしょう?」

「……ふん」

「あら。もう何も言えなくなりましたか?」


 酒塗れになったおでこをつつき、私が笑いかけると、舌打ちと共に王女が睨む。


「聖女レティア。魔法使いエミリーナ。あなたはこの先、一体何を求めるの」

「はい?」

「エルフ種を大陸から駆逐し、瓦礫の山を背に祝杯を挙げる。さぞ空しい生き方ですわね」

「うーん。復讐は空しい、とでも?」

「いいえ。復讐が楽しいことは認めますわ。けれど、あなた達にはその先がない。何故なら守るべき人類種は既に居ない世界ですもの。ああ、本当に情けない勇者一行!」

「それを言うなら、あなたこそ情けない王女にも程があるでしょうに」


 エミリーナが戯れに王女をいたぶるのを横目に、私はくすりと笑みを零す。


 ーー確かに今は、ただの復讐劇だろう。

 エミリーナを蘇生させ二人になったとはいえ、更地を背に祝い酒というのは、寂しくない訳ではない。

 けれど……


「安心してください、アンメルシア。これもまだ、私の壮大な計画の下準備に過ぎません」

「……は?」

「王都を出るときに私が伝えた、三つの目標という話を覚えていますか?」

「…………」

「その顔だと覚えているようですね。そう、私には三つの目標があります。一つ目は、エルフ種の完全根絶。二つ目は、今回成し遂げた仲間達の蘇生。付け加えて、私には三つ目の目標があるんです」


 一、二、三、と私は王女の心を削るように指を並び立てていく。

 勇者様の心からの願いであり、王女を絶望させる第三の、そして最後の復讐計画。


「その三つ目を、今回は先に教えましょう。といっても、次の目標は誰にでも分かるものですけれど」


 勿体ぶることも出来たけど意味がない。

 今日の私はご機嫌なので、遠慮無く口にする。


「第三の目標。それはーー人類種の再興です」

「……は?」

「第四王女リーゼロッテが、人間牧場を経営している話はご存じですよね?」


 グレイシア地方。

 エルフの大農園として知られるその地では、養殖所と称して男女を交わらせることで繁殖を行わせ、誕生した子供等をエルフのご馳走として食卓に並べる風習があるらしい。

 また現在、数を減らした人類種を贅沢品として輸出しているのも、大農園グレイシアの特徴だ。


「その農園を強奪し、人類の国として新たに再興する」

「な、っ……」

「代わりにエルフを牧畜かして栽培するとか、すごく楽しそうじゃないですか。ねえ、エミリーナ?」

「栄養価や繁殖力の問題から見て微妙ね。エルフ種は人間に比べて出生率が低いのよ。最近はぽこぽこ生まれてるようだけど……それに、飼育するとエルフ種の根絶にはならないわ」

「あ、そうですね。やっぱり焼き払いましょう。普通の作物の方が美味しいですし」


 あっさり意見を翻しつつ、私は来たるべき未来を想像して口元を綻ばせる。

 王女が忌々しそうに睨んでくるのが心地良い。


 とはいえ牧場に繋がれた人類種の解放は、簡単ではないだろう。

 一番の問題は、勝手の違いだ。

 王都アンメルシアやフロンティア地方には、生存している人間がいなかったため大破壊が可能だった。

 が、飼われているとはいえ人類の生存者がいる地で大量虐殺はやりにくい。


「次はさすがに、骨が折れそうですねー」

「悪質なリーゼロッテのことだわ、農場の人間を盾にくくりつけて守る程度はするでしょう」

「私の物理攻撃と蘇生魔術だけでは、手強そうです。ですので先に、エミリーナを呼びに行ったのですけども」

「賢明ね。といっても、私の攻撃魔術でも苦労はしそうだけれど」


 次の戦術を練りながら、酒を片手に語り合う。

 地獄のような会話をする私達に、アンメルシアが呪うように呟いた。


「ひとつ言わせて頂くわ」

「どうぞ?」

「……地獄に落ちろ、この悪魔……!」

「お褒めの言葉ありがとうございます、アンメルシア! 乾杯!」


 愉悦とともにグラスを揺らしながら、私は結界の向こうに広がる新たな大陸、大農園グレイシアへと目を細める。


 大陸を結ぶ七つ大橋には結界が張られ、魔物達を乗り込ませることは不可能だろう。

 第一ベヒモスを乗り込ませたら、人類にまで被害が出てしまう。


「まずはフロンティアと同じく、ひっそり侵入して内側から殺りましょう。可能であれば、リーゼロッテを直接捕えるのが一番ですが」

「難しいでしょうね。殺しても殺せないような奴相手だもの」


 第四王女リーゼロッテ。

 かつてエミリーナを徹底的に追い詰め、数多くの人類を家畜化した女。

 苛烈にして悪逆なるアンメルシアとは別方向で、余裕と陰湿さを兼ね備えた厄介な相手だ。


「けど、私達は成し遂げるわ。でしょう、レティア?」

「当然です。勇者様との約束ですし。……あの子も待っていますから、ね」


 グレイシア大陸は私の大切な仲間である、騎士カリンが命を落とした場所だ。

 エミリーナと同じく、彼女も迎えを待っていることだろう。


 ふっ、とエミリーナが寂しげな溜息をついた。


「懐かしいわね、カリン。あの子、元気かしら。死んでるけど」

「前は喧嘩ばかりしてたのに、気になります?」

「喧嘩相手が居ないというのも、寂しいものよ。……ま、あの子のことだし、いい加減ヒマしてるでしょうから、早めに迎えにいってあげましょうか」

「ですね。……でも今は」

「フロンティアの壊滅と、エルフの滅びた未来に乾杯、と」


 私達は再度グラスを重ね合わせ、くい、と破滅の味を堪能する。

 目指すは大農園グレイシア地方、その王都。

 第四王女リーゼロッテが収める首都リーゼリア。




 復讐を誓う聖女と魔法使い。

 二人の少女が微笑むその先には、いまも瓦礫の山だけが積み上げられていた。








※)ここまでご一読ありがとうございました。

物語はまだ途中ですが、一旦更新終了とさせて頂きます。


本作は決して多くの人に読まれる内容でなかったものの、好きと仰ってくれる方もおられたこと。また自分自身でも、本作品を書けたことを大変嬉しく思います。

続きは時間のできた合間に書いていきたいと思います。


ありがとうございました!

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