2-30 それは誰も知らない何時かの時代



 それは、聖女レティアすら知らない未来の世界ーー



「みんな、気をつけて進もう。ここが迷宮の奈落最下層だ」

「分かってるわよ、クラウス。ほら、あなたこそ緊張し過ぎないで」


 共に迷宮探索をする少女、獣人ミニィに背を叩かれ、剣士クラウスはありがとうと頬を染める。



 かつて、フロンティアと呼ばれた場所があった。

 七つ大陸の中でも強力なモンスター達がひしめく大地。その魔物達を平定し、冒険者と呼ばれる者達が再び迷宮探索を始めたのは最近のことだ。

 その冒険者達の中でも最強と名高い彼等が挑むのは、奈落迷宮と呼ばれる迷宮の最下層だ。


 緊張をほぐすように、クラウスが軽口を上げる。


「そういえば、この奈落迷宮の底に、伝説の聖女様が来たって話は本当かな」

「……どうかしらね。歴史好きのヴィリットとしては、どう思う?」

「歴史好きではなく研究家と呼んでくれ。……と言いたいが、実情は分からないとしか言いようが無いな。伝説の聖女に関する逸話は、本当に少ない。歴史家も苦労しているよ」


 大陸の歴史に名を残す、伝説の聖女。

 記録によればかつて奈落迷宮に挑み、心の底から大切なものを取り戻したという逸話が残されている。

 が、数ある噂の一つに過ぎない、とヴィリットは補足する。


「でも本に書いてあったんでしょ? 合ってるんじゃないの?」

「歴史の正確さというのは、ひとつの資料では分からないのだよ、ミニィ。勝者が事実を書き換えるのは当然のことだ。そもそも本当に、人類の救世主たる聖女が居たかどうかすら怪しい、という説を唱える者もいる」


 だが、世界を変えた変革者は確実にいるというのが、歴史研究者達の紛うことなき認識ではあった。

 ある時期を境に、大陸の歴史は大きく断絶されているからだ。


 時おり発掘される、正体不明の建造物。

 魔術道具。

 耳長の女性をモチーフにした石像の破片。


 大陸の旧支配者らしき存在が使用していたそれらは、何者かによって徹底的に破壊され尽くした跡があり、解明は遅々として進まない。

 大陸の長い歴史における、空白の一時ーー

 何者かによる徹底的な文明破壊。

 研究者によっては単なる破壊と呼ばず、根絶だ、と畏怖を込めて意見する者もいる。


 いずれにせよ耳長の種族が旧時代に居たのは確かだ。

 人類。獣人。ドワーフ種。ホビット種。フェアリー種……数多の大陸が住むこの地に存在したはずの、今は名前すら知られていない者達。


「その謎の一端が、この迷宮に眠っているとも聞く。じつに楽しみだ」

「おいおい、ヴィリット。研究は後にしてくれ。今はこの階層をきちんと攻略して、その先に何があるかを確かめるのが僕達の目的だろう?」

「歴史の話を振ってきたのは君の方じゃないか。それに学ぶことは何よりも大切なーー」


 ヴィリットの声が途切れた。


『ブモオオオオオオオオッ!』

「っ、モンスターだ!」


 現れたのは全身に緑色のコケがこびり付いた、体格の大きい豚顔のオークだ。

 錆び付いた鎧とともに拳を振り上げる魔物に、クラウスは警戒する。


「見たことの無いタイプだ。警戒を怠るなよ!」

「<フレアスピリット>!」


 後方からミニィの魔術が炸裂し、モンスターの身体が爆発を起こす。

 オークはあっさりと倒れた。


「なんだ、大したことのない魔物だな」


 が、焦げ付いた姿はすぐに修復し、むくりとオークは起き上がる。


「蘇生だと!?」

『オオオ……ワレハ、サイキョウ……』

「このモンスター、何か喋っているぞ!?」

「聞いちゃ駄目、クラウス! 呪いの魔物系と同じ、言葉で惑わすタイプの可能性があるわ!」


 クラウスはハッとして、即座に構えを取る。

 その眼前でオークは懐から空の瓶を取り出し、ごぎゅっ、ごぎゅっ、と何かを飲む仕草を見せる。


「あれは何の動作だ!? 威嚇か!?」

「動きがまるで読めないわね……けど、とにかくっ」


 ミニィの魔術が炸裂し、オークを真っ二つにするクラウス。

 だが、魔物はまるで時間が巻き戻るように再生する。

 幾度切ろうとも炎で焼こうとも立ち上がり、モゴモゴと唸りながら迫るのだ。


「面倒だな。とはいえ実力は大した事がない。ただ蘇生するだけだ」

「そうね。……なら無視して進みましょう? こんな所で体力使う必要は無いもの」


 ミニィの呟きに頷いた時、オークが拳を振り上げ飛びかかる。

 その身体をはじき飛ばした拍子に、薄汚れた鎧にくっついていた黄金色のメダルがピンと弾け飛んだ。


 すると、オーク型モンスターは慌てたそぶりでメダルを取りに、ドタドタと走り去ってしまった。


「ん?」

「……何処かに行ったわね。あれは何だったのかしら」


 首を傾げるクラウスとミニィ。

 その後ろ姿を見届けていた歴史研究家ヴィリットは、ふと、オークの汚れた耳がぴんと尖っているのに気付いて眉をひそめる。


「……まさか、な。こんな所で、旧種族が数百年と生きているはずもない」


 ヴィリットは最後まで後ろ髪を引かれたものの、奈落迷宮の攻略へと向かうことにした。





 後に奈落迷宮、地下百階層を攻略した彼らは英雄として賞賛され、それを皮切りに幾つもの冒険者パーティが奈落迷宮百階層へと到達した。

 やがて最難関と呼ばれる奈落迷宮も、最下層到達が上級冒険者の証としてもてはやされる時代が到来する。


 自然と、百階層に住むオークの存在も明らかになっていった。

 切っても焼いても死なない、不死のオーク。

 けれどその実力は階層に見合わず、何の魔術も使わず、ただモゴモゴと喋りながら突撃してくるだけ。


 あまりの弱さに、後世の研究者達はこう呼んだという。

 奈落迷宮、百階層に住む最弱のオーク、と。













 その魔物が後生大事に抱えていた、くすんだ金のメダルには、こう書かれていたという。


『最強の将軍様へ 王女アンメルシアより愛をこめて』

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