2-29 プルート将軍の末路5
(一日目)
聖女と魔法使いが去った後も高笑いを続けていたプルートだったが、まだ生き残れたと決まった訳ではないとすぐに気がついた。
フロンティアの外は未だ化物達が闊歩する地獄であり、また、聖女達の気がいつ変わってプルートを追ってくるとも限らない。
「……しばらくは迷宮で隠れ潜むか。時が来るのを待つのだ」
フロンティアの惨状を見れば、第四王女リーゼロッテの正規軍投入は近いはずだ。
かの聖女達はリーゼロッテに討ち取られ、すぐに平和が訪れる。その時なに食わぬ顔で戻れば良いだろう。
エックノアの後を追い、東方へと渡る手もある。
当面の問題は、食糧か。
プルートは死体となった兵士やシャルティの鞄を漁り、僅かな携帯食料をかき集めて頬張った。
バリバリと保存用ビスケットをかみ砕きながら、実に不味い、と舌打ちする。
「だが、最後まで生きる者こそが勝者となるのだ。あの聖女も見誤ったものよ!」
プルートは再び笑みを零しながら、来るべき救援に備えてじっくりと身を隠していた。
(一〇日目)
「どういうことだ。リーゼロッテ様は何をなされている?」
食料はとうに尽き、プルートは迷宮のどこにでも潜む化けネズミを喰らいながら生き延びていた。
将軍には似つかわしくない血の跡も増え、腐ったような泥水をすすり嘔吐くこともあった。
にも関わらず上層から押し寄せる魔物は数を増し、プルートはやむなく地下六十階まで待避する。
(だが、これも常勝のため。かの聖女に目に物を見せてやる、そのための道なのだ。必ずやリーゼロッテ様がフロンティアを解放してくださるに違いない)
焦ることはない。自分は生きている。
プルートは胸に手を当て、折れた剣を手に取った。
(四〇〇日目)
暗い。寒い。呼吸が重い。
いつから身体を動かさず、じっと身を潜めているのだろう。
外の様子は、どうなのだろう。
自分は何故、こんな場所にいるのだろう。
「どうしてだ……なぜ誰も、我を助けに来ないのだ……?」
呟いた声は老木のように枯れていた。
声を出したのはいつぶりだろうか。
一体、自分は何のために、ここに蹲っていたのだろうか。
「ああ、そうだ。我は最強なのだ……故に皆、我を心配などしていないのだ……そう、脱出せねば……!」
さすがに、フロンティア地方も平和になった頃だろう。
プルートは食べ慣れた迷宮ネズミの骨を吐き捨て、のっそりと立ち上がる。
だが、地下七十層まで降りてしまったプルートにとって地上はあまりにも遠すぎた。
自爆ウサギに追いかけられ、竜と出くわしたプルートは勝機が見出せず、ただ明日の再起を誓いながら逃げていく。
その間に、気付けば地下へ地下へと潜っていく。
「きっと誰か来るはずだ……我は最強の将軍、人々に愛されているのだから」
(三〇〇〇日目)
自分が何のためにネズミを狩り、喰らいながら生きているのか分からなくなってきた。
「わ、我は最強なのだ……今はまだ、身を、潜めているだけ……」
深層のモンスターから逃げる方法も、大分上手くなってきた。
モンスターとは正面切って戦うと危険だが、彼等の習性を理解すれば逃亡できない訳ではない。
それに奴等の攻撃は、意外と大した事がないのだから。
……けれど。
自分は、本当に逃げ切れていただろうか?
記憶のあちこちに齟齬がある。
自分が切り裂かれ、焼かれ、飲み込まれたこともあったようなーー
それに、魔力さえあれば生き長らえるエルフ種と言えど。
十年もネズミだけを喰らいながら、どうして五体満足なのだろう?
(一〇〇〇〇日目)
プルートは発狂した。
どこまでも続く奈落迷宮に謎の光明を見出した彼は、最強に至る悟りが開けた! とよく分からないものに天啓を見出し、柄しか残っていない剣を片手に単身デーモンへと戦を仕掛けた。
「現れたな、奈落最強のデーモンよ! 貴様を倒した時、我は真の最強たる称号を手にするのだ!!!」
デタラメに飛び出したプルートは、当然の如く切り伏せられる。
血しぶきを上げ、胴体を真っ二つにされ地べたに転がりながら、プルートは思う。
「万全であれば勝てたものを……聖女め、卑怯な手を……」
そして彼は長き月日を悔いながら意識を失いーー
十分後、五体満足のままむくりと起き上がった。
「……やはり。我は……死なない……!」
不自然だと気付いたのは、いつ頃だっただろうか。
空腹のままに身を任せて百日が過ぎても死なないと気付いたのは、いつだったか。
「聖女め、まさか呪いというのは……奴と同じ、無限蘇生の呪い……? そうか、我を最強と認め、死なないように、このようなことを……」
正常な思考を失ったプルートは、自分でも何を口にしているか分からなくなっていた。
いや、今や聖女でも誰でもいいからーー
誰かと会話をしたかった。
「お、おおお、おおおおおっ!」
狂ったように叫び、プルートは眼前のデーモンに立ち向かっていく。
だが、飛び出す度にたたき伏せられ、切り捨てられる。
その間にも落とし穴に落ちて死に、竜に喰われて死に、毒槍の罠に貫かれて息絶えた。
見慣れた自爆ウサギの声に怯え、プルートは訳も分からないまま「我は最強なのだ」と呟きながら、最弱の男は迷宮の階段を降りていく。
それでも、彼は死なない。
決して死なない。
聖女の恨みが途絶えない限り。
そしてーー無数の月日が経った。
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