2-28 プルート将軍の末路4


 魔術不全障害を抱え、落ちぶれたはずのプルートはーーじつは魔術が使えた。


「わ、我が魔術を使える、だと……ごはぁっ!?」


 発言を聞いて呆けた彼の腹部を、エミリーナの黒刃が貫く。

 ごふっ、と血を吹きながらも顔を上げる将軍に、エミリーナが馬鹿馬鹿しいとばかりに髪を梳いた。


「これが証拠よ。胴体を切られて生きてる人間は居ないけど、エルフは生きる。それは、エルフが魔力を糧に生命活動を行い、魔術で自分の身体を維持しているからよ」

「……なん、だと? だが、我は確かに!」

「そもそも、この世に魔術を使えないエルフはいない。エルフは種として、常に心臓から魔力を生産し巡回するわ。だから、エルフ種は心臓を潰されるか、魔力で思考を続ける脳、そこに繋がる首を飛ばさない限り死なないのよ。……仮に魔術が使えないエルフが居たとするなら、その子は体内に溢れた魔力を放出できないまま蓄え続け、やがて死ぬ。つまり」


 私の狙いを理解したのだろう。

 エミリーナは将軍の瞳に杖先を向け、心底から見下すように鼻で笑いながら、真実を告げた。


「三百年ずっと生きてるあなたは、必ず魔術が使える。無意識に体内魔力をコントロールしているし、自然に魔力を放出している。……あなたは病気でも才能でもない。ただ努力しなかっただけよ」

「っ、ば、馬鹿なっ! だが、我は魔術を使おうと努力をした! 滝に打たれて身を清め、女神に祈り続け……」

「あなた馬鹿なの? 算数を学びたい子供が、滝に打たれて数を学べる? 女神様にお祈りして歴史を学べる? 確かに魔力の扱いには感覚的な部分があるわ。身体の動かし方に近いものがね。けれど、法則性がない訳じゃない。あなたの成すべきことは、きちんとした師を見つけ、師事することよ」


 先の拷問時より明らかに震えるプルートへ、エミリーナは饒舌に熱弁を振るう。

 舞台演者のように大袈裟に両手を挙げ、けらけらと笑いながら。


「では、なぜあなたは魔術を正しく学ばなかったのか? あなたの性格を考えれば、答えは簡単。あなたは使えなかったんじゃなくて、使おうとしなかった」

「っ……!」

「だってその方が、都合がよい言い訳になるでしょう? 自分は最強だが、勝てなかったのはーー魔術が使えないせいだ、と。……あなたは何処までも言い訳ばかり。何処までも自己弁護の詰み重ね。そのためには自分の不利益になることすら行い、自分勝手に嘆きながら見栄を張る。その小さすぎる男こそあなたの本性よ、常勝将軍プルート」


 エミリーナの挑発を耳にしながら、私は密かに蘇生魔術でプルートの四肢を蘇らせ、傷をすべて修復する。


 いつでも彼が動けるよう細工をしながら……

 わざと、彼の傍に愛用の剣をそっと添える。


 プルートは顔を青ざめ、ぶるぶるとウサギのように情けなく頬を震わせていた。


「そ、そんな馬鹿なことがあるか……我は、本当は魔術を使えないから、仕方なく薬に頼り……」

「それも全部嘘ですねー。あなたは努力が足りなかっただけ、本気を出さなかっただけ。あなたが本気を出せば、私のような小娘くらい殺せるはずですよ? そうでしょう、最強の将軍様?」

「っ、嘘をつくな、この聖女があああああっ!」


 感情のままにプルートが跳ね起きた。

 その右手は私の目論見通りに愛用の剣へと走り、私の目論見通りに突進し、目論見通りに私を貫く。


 刃の先端に紫電を走らせ、プルートの魔術を発動させながら。


「なっ、これは!?」

「っ……ほら、使えたじゃないですか。”本気”を出せば……ね?」


 嘘だ。

 プルートを蘇生させた際に、ちょっとだけ彼の魂をいじくり回した。


 私は刃を身に受け、げぼり、と大袈裟に血を吐いて悶絶してみせる。

 いかにも致命傷を受け、驚いたという体を取るために。


「っ……馬鹿な。こんな、馬鹿なことが! いや騙されるな、これも聖女の目論見に違いない……」

「あらあら。最強を自称するあなたが自分の魔術を否定するんですか? それは大きな矛盾では?」

「馬鹿な、そんな馬鹿なっ……!」


 幾ら言い訳を重ねても、エルフの本質として理解できてしまうのだろう。

 自らの魔力を発動し、私を手にかけたという事実を。


「違う! 違うっ……! 我は昔から、親に、周りの者にそう言われて」

「その点だけは同情するわ。エルフ種は長寿だからこそ、親や家系といった教育を強く、長く受けるのは事実よ。……けれど。あなた一体、その状態で何年生きたかしら? 三百年? 四百年? 親のせい。兄弟のせい。王女のせい周囲のエルフのせい他人のせい。そうやって他人に理由を被せてしまうには、思春期まっただ中の男ならともかく……ふふ。三百年を生きたおじさんには、ちょっと長すぎるんじゃないかしら?」


 倒れた私の隣で、エミリーナがせせら笑いながら事実を詰み重ねていく。

 その言葉に呆れと哀れみを乗せ、将軍の妄想をせせら笑う。


「真っ当に自らを鍛えていれば、あなたは相応の将軍になれたはず。なのに、あなたは最初から逃げ手を選び、そのことに味を占め、嘘ばかりつくようになった」

「…………」

「上辺の嘘だけ上手になった挙句、三百年以上なにも試そうともしなかったのは、あなたの自己責任であり怠慢。何処かでその事実にきちんと目を向けていればーーあなたは本当の意味で、最強のエルフになれたかもしれないのに。ね?」


 エミリーナが耳元で呟き、そして、プルートは苦悶の声を上げて呻き出した。

 それは後悔の念。

 おおお、と底冷えするような声。


「我が、本当の意味で最強になれた……そんなことが……」

「ええ。けれど今のあなたにはもう、それを覆す時間は残されていない。後悔しながら死になさい」


 そしてエミリーナは容赦なく、プルートの首を一閃する。

 ごとり、と彼の首が落ち、彼は失意のままに命を落としーー




 私は彼を蘇生する。


「っ!? 何故だ。どうして我を殺さない!?」

「なにを勘違いしているんですか? 本当の復讐はこれからですよ、将軍プル-ト」


 私も改めて立ち上がり、最後通達を行った。


 王女アンメルシアの元部下、常勝将軍プルート。

 私の前でエミリーナを殺害し、人類殲滅軍の一翼を担ったその罪はあまりに重い。


「自らの罪を悟り、失意のまま死ぬなんて……そんな生やさしい最後は与えません。あなたには一つ、極めつけの魔術を施すことで最後の復習と致します。私とエミリーナがフロンティア攻略中に編み出した、秘蔵の復讐魔術ですよ?」

「くっ……更に我を愚弄しようと言うのか! だが最早、貴様等が何を言おうと……我は……!」


 そう叫び続ける彼に、私達はくるりと背を向ける。


「な、何処へ行く!?」

「もう復讐は完了しました。じつは今、蘇らせた時にその呪いをかけたのです」

「なんだと……?」

「ですので、私達はそろそろ次の目標に向かおうかと。フロンティアの最後の掃除と、対リーゼロッテの準備もありますから。……安心してください、プルート。あなたに与えたのは、私が考えた中でもとびきりの呪詛。いずれリーゼロッテや魔女エックノアにも味わって頂く予定の、ね?」


 もっとも、彼が真実を知るのはもう少し後になるだろう。


 その姿を目に焼き付けることは、私達には適わないけれど。

 彼の苦悩と絶望を想像するだけで、復讐としては十分だ。


「では、さようなら。最強にして哀れな将軍プルート。あなたに残された永遠の人生に、災いあらんことを」

「……本当に哀れな男ね。けれど、自業自得よ。あなたがその手にかけた人々の人生を思いながら未来永劫、せいぜい悔いるが良いわ」


 そして私はエミリーナの魔術を用いて、奈落迷宮を脱出した。

 常勝将軍プルート。

 その男への復讐を、完璧に成し遂げて。



 二人の姿が消え去り、プルートは呆然としながらも、やがて自分が助かったことに気付く。

 ふらふらと立ち上がり、自然と零れたのは愉悦だった。


「くくっ……はははっ! 復讐が完了した、だと? なにを偉そうに語っている、聖女よ、魔法使いよ! 我は今ここに生きていると言うのに!」


 奴等の目論見など知る由もないが、とにかく自分は生きている。

 生きている限り、最強にして常勝の道は閉ざされない。


「そう、我は最強! 最強なのだっ……!」


 咆哮が迷宮中に響き渡った。



 ーー彼はまだ知らなかったのだ。

 聖女の残した呪いが、どれ程に苛烈なものであるか。

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