2-20 聖女達は自慢をする


 エミリーナが蘇り、華やかさを増した地下百階層にて。

 私は……まだまだ、エミリーナにべたべたぎゅーっとしていた!


「ああもう、いい加減に離れなさい、レティア!」

「イヤです、まだエミリーナいちゃいちゃ成分が足りないんです。百年補充しないと元気出なくて」

「何その頭の悪そうな成分! やっぱあんた性格変わってない!? って思ったけど昔からこうだったわね!?」


 エミリーナが無理やり引き剥がそうとしてくるが、私は勇者様より預かった馬鹿力で手放さない。

 話したくない、二度と離れたくない、という愛があふれて仕方がないのだ。


「んー、エミリーナ、エミリーナっ♪」

「分かった、分かったわよ! それより状況をきちんと教えなさい。フロンティアはどんな感じ?」

「うぅ……まあ、そうですよね。復讐はきっちり成し遂げないと」


 仕方なく彼女を離し、私はかいつまんで事情を説明する。

 といっても都市ウェスティンをつまみ食いしたのと、プルートが何か企んでる程度だけれど。


「成程ね。リーゼロッテは……あいつの性格考えると、出てこないわね」

「そうなんですか?」

「田舎くさいフロンティアに私が出るなんて、余裕がありませんわ、とか言う性格よ、あいつは」


 その鼻必ずへし折ってそぎ落としてやる、とエミリーナ。


「なら、まずはプルートと、フロンティアの壊滅ね。……レティア、あなたの蘇生術を見せて貰える? どれ位のことが出来るか分かってると、戦術を立てやすいもの」

「任せてください!」


 ふふんと立ち上がる私。

 いかにエミリーナが魔術の天才でも、蘇生魔術に関しては私が第一人者である。


 良い所を見せてあげよう! と私はその辺に転がっていたエルフの死体を操って立ち上がらせた。

 といっても魔力は完全に途絶え、魂も砕いてしまったので単なる操り人形だけど。

 ついでに数匹の自爆ウサギを操り「どやぁ」と胸を張る。


「ふふ。勇者様から頂いたお力です。私も大分慣れて……」

「あんた魔術へっっっったくそね! 単なるパワープレイじゃない。ゴリラ? ゴリラなの? いえ、ゴリラの方がまだマシだわ、彼等は自分のことをよく知ってるもの」

「えええっ」

「発想がもう完全に回復術士。治れば何でも良いから魔力注ぎ込めって感じ。無駄が多すぎ」


 確かに回復魔術業界はそういうところがある。

 治ればリソースなんて全部使え! と、どんぶり勘定で大雑把な所とか。

 ……いやでも私、蘇生術がんばったんですよ!?


「待って下さいエミリーナ。私、蘇生した魂の融合も使えるんですよ!?」


 エルフ数体の死体を操り、粘土のように混ぜ合わせて小さな巨人を再構築。

 デーモンと対等に渡り合った怪物を見せ、どやぁ、と私が再度自慢する。


 が、エミリーナは目頭を押えて、


「エルフ吐きそう」

「なんで!? 私これでデーモンを倒したのに!」

「……言いたくないけどそれ、あなたの魔術じゃなくて、アンメルシアの魔術コントロールが上手なだけよ。その怪物、水と泥を混ぜて泥水にして自慢してるだけじゃない……」


 言われてみれば、そうでした!

 私、融合はできたけど、デーモンを圧倒したのは王女の首を据えてからだ。


 がーんと落ち込む私の傍で、くくっ、と王女が笑みを零す。


「はっ、愚かな聖女ですわね。あなたの自慢は、ただ他人の魔力で粋がっているだけ。あんな粗暴な魔術構築ではわたくしの足下にも及びませへぶっ! え、エミリーナっ、わたくしを足蹴にっ……」

「で? その優れた魔術を持つ王女も、いまは私の靴底で踏みつぶされ藻掻く運命にある、と。ふふ、まさに愉悦だわ。聞けばあなた、レティアにまんまと騙されたんですってね? その時の悔やみ顔、私もぜひ見たかったわ」

「が、っ、やめっ……!」


 エミリーナがにやつきながら王女の顔面を潰し、ぐりぐりとなじるように踵を擦りつける。

 おまけとばかりに彼女の目玉へ爪先を抉り込み、悲鳴とともに血を流すアンメルシアを見下しながら、エミリーナはちろりと赤い舌を出して笑みを深めた。


「でも安心なさいレティア。これからは私がついてる。魔術に関しては、私が幾らでも教えてあげるわ。より深く、より苛烈に、奴等への復讐を成し遂げさせてあげる」

「はい。……ふふ。頼りにしています、エミリーナ」


 私が微笑んだその時、ぐらり、と地面が。

 いや、迷宮の全てが揺れた。


 フロンティア全土に響くほどの地震と、魔力の咆哮がふるりと私の肌を揺らす。

 エミリーナも顔をあげ、魔力の波を確かめるように手の平をかざす。


「どうやら、ベヒモスがお目覚めのようね。……なら、プルートは探さなくても向こうから出てくるでしょ」

「やりますか、エミリーナ」

「もちろん。私は執念深いの。受けた恨みは十倍にして返す性格よ? あなたも知ってるでしょ」

「ええ。食後のデザートを勝手に食べた騎士カリンの布団に毛虫を仕込んだのは、さすがの私も引きましたけど……」

「ち、違っ! あれは勇者様が調子に乗って……と、とにかく作戦を考えるわよ」


 エミリーナが早速考え始め、私はのんびりと待つ。


 ああ、この感覚も懐かしい。

 作戦の立案はいつも勇者様やエミリーナが行っていた。

 彼女はいつだって私より頭がよくて、頼りになる。


「そうね。せっかくなら派手にやりあう怪獣大決戦といきましょう。フロンティア地方に、恐怖と破滅をもたらすには丁度いいわ。あなたの蘇生術も試してみたいし」


 楽しくなりそうね、とエミリーナはアイテム袋に手を伸ばし、愛用の杖を引き出した。

 彼女の背丈ほどある、千年大樹を削って作り上げた魔術杖だ。


「楽しみです、エミリーナの本気。さあ、アンメルシア。あなたも一緒に楽しく見届けましょう? エミリーナの華々しい活躍と、フロンティアに住むエルフ種の哀れな末路を、ね」

「っ……」


 王女の首を抱えて立ち上がり、けれど私は面倒な状況を思い出す。


「ああでも、エミリーナ。ここ迷宮の百階です。まずは迷宮を脱出しないと」


 帰り道で迷子にならなければ良いけれど、と私が溜息をついていると、エミリーナはふんと鼻で笑った。

 杖をくるりと回転させ、流水のように淀みない魔力を注いでいく。


「エミリーナ? 何の魔術を?」

「レティア。あなたが捕まっている間、私はこの地で七十年、エルフ共と戦ってきたわ。その間に、何の研鑽もしてなかったと思う?」

「え。……もしかして、エミリーナ。あの頃より強いんですか?」


 全盛期ですら、勇者様を除けばパーティの最大火力と呼ばれた<魔法使い>。

 戸惑う私に、エミリーナはくすりと笑みを深くしながら杖を掲げた。


「当然よ。私は天才<魔法使い>エミリーナ。誰よりもエルフを殺す者。そのための努力を惜しんだことは、少なくとも生前は無かったわ。その時間、一分一秒たりとも無駄にはしない」

「え。ひゃっ」


 杖の先端よりあふれた黒い光が私達を包み込んでいく。

 胃がひっくり返るような、一瞬の浮遊感のあと。


 気がつくと、私達は迷宮の入口に立っていた。

 呆然とする私とアンメルシアに、エミリーナはふっと三角帽子を深く被り直しながら私に笑う。


「どう? あなたの<蘇生>ほどじゃないけど、私だって迷宮脱出程度の<転移>くらい使えるのよ」


 どやぁ、と薄い胸を張るエミリーナ。

 その小さな姿はまさに人類最強の<魔法使い>にふさわしい、自信と殺意に満ちたものだった。


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