幕間2 プルートと呼ばれる男


 領主モーガンの元私兵にして、現プルートの部下であるエルフ達は困惑していた。


 地竜が眠る大地迷宮、その十五階層。

 レッドスライムが放つ炎を払い、モンスター達を退治しながら、彼等は後方を歩く孫娘シャルティと将軍プルートへと目配せをしていた。


「それにしても、迷宮というのは意外に代わり映えしないのですね、将軍様」

「迷宮とはそんなものだ。夢、冒険、伝説の宝などと言うが、実際はモンスターを狩って日銭を稼ぐ底辺エルフの狩り場に過ぎぬ。……もっとも、本物の伝説は我が今から起こすがな!」

「伝説のベヒモスですね! 将軍様、私も早く見てみたいです」

「そう急かしてはならぬぞ、シャルティ。だが、我は常勝将軍プルート! そなたに必ずや、我が伝説を見せてやろう!」


 がははと笑う将軍の鎧には、未だ傷どころか汚れ一つついていない。

 彼の剣は血の跡もなく、魔物の体液を浴び続けた彼等とは対照的だ。


 私兵達には共通の疑問が浮かんでいた。

 この将軍は、本当に……常勝にして最強なのか? と。


「どうした、お前達。もう少しで最深部だぞ。さあ、我を導くのだ!」

「っ、は、はい」


 今は地竜ベヒモスを蘇らせる他にない、と進めた足がぴたりと止まる。


 音も無く現れたのは、一回り大きな黒い狼だ。

 <音無き暗殺者>の異名を持つシャドウウルフは、瞬足をもって冒険者の首を狩る。

 魔術で偽物の狼を出現させ、獲物を惑わせることから中級冒険者ですら手を焼く厄介な相手だ。


「まずいぞ、シャドウウルフだ」

「二、三名はやられるかもしれん……」


 身構えつつ、彼等は将軍へと露骨に目配せをする。


「どうした、お前等。モンスターを払うのだ!」

「はっ。しかし将軍様、かの魔物は手強く……ここは是非、将軍様のお力を拝見させて頂きたく……」


 将軍もさすがに空気は読んだのだろう。

 ふん、とマントを翻しながら文句をつけた私兵を一瞥する。


「そなた達では手強い敵と見える。宜しい、ここは我が常勝将軍プルートがお相手しよう!」

「おお、将軍様の出番がついに……」

「将軍樣、是非そのお力をみせてください!」


 私兵とシャルティの応援を背に、プルートは剣を構えてにたりと笑う。

 そして自らのポケットから小瓶を取り出し、ごぎゅっ、ごぎゅっ! と一気飲みをした。


 直後、将軍のまとう魔力が密度を増し、その筋肉が盛り上がる。

 すかさず地を蹴って飛び出したプルート将軍は、シャドウウルフが自らの影を出す間もなく一刀両断のもとに切り伏せた。


「くくくっ。これぞ、我が常勝将軍と呼ばれる所以。さあ進むぞ、皆の者よ!」

「将軍様、素敵です!」


 大喜びのシャルティに対し、私兵達の顔は微妙なものだった。


 将軍が先ほど口にしたのは、魔力増強剤と呼ばれる補助薬だ。

 一本で並のエルフの生涯年収にも及ぶ額を費やして作成されたブースト剤は、瞬間的に魔力や体力を増加させる効果を持ち……ついでに言えば、誰が口にしてもあの程度の力は発揮できる。


 金に糸目をつけない成金の戦術だ、と口にできないまま、彼等はついに最深部へと到達する。

 地下二十階層。

 複雑な魔法陣を前にプルート将軍は恍惚とした笑みを浮かべ、壁に刻まれた封印の文言へと手を触れる。


「これが地竜ベヒモス復活の召喚陣! ……ふむ。封印を解くには、魔力とともに贄を用意せよ、と」

「贄?」

「くっ。女神グラスディアナよ、そなたはなおも我を試そうと言うのか! だが、リーゼロッテ様より封印を解く方法は聞いている。今こそ地竜復活の時!」


 そしてプルートは何の躊躇もなく、先ほど将軍に戦いを促した私兵を切り捨てた。


「なっ!?」

「そなたの偉大なる犠牲に感謝する! 安心せよ、我は生涯そなたの献身を忘れないっ……!」


 将軍が涙ながらに語り、エルフの血が飛び散った直後、ぐらりと壁面が揺れた。

 その地響きは迷宮すべてを揺らし、魔法陣の輝きとともに壁が崩れ落ち、迷宮地下に眠るその姿を露にする。


 四皇獣ベヒモス。

 小山と見間違う程に巨大なモンスターだ。

 竜と呼ぶよりは亀に近い姿を持ち、頭部にはサイのように巨大なツノを輝かせた巨漢。

 大木のような四つ足を一歩踏み出せば大地が揺れ、小さな村など一口で飲み干してしまう巨体を前に誰もが息を飲むなか、将軍だけは高笑いを続けている。


「っ……し、将軍様。お言葉ではありますが、この巨体をもって都市ウェスティンに乗り込めば、聖女は倒せても大きな被害が出てしまいます」

「それに、幾ら贄が必要だからといって、先ほどのような暴挙が許されるはずはない!」

「……ほう? 即ち貴様は、聖女にかの地を占拠されても良い、ということだな?」

「い、いえ、そういう意味では……」

「今なお恐怖に晒される同胞を見捨て、僅かな安全のために聖女に屈する! とても領主様の部下の言葉とは思えんが、はて……」


 プルートはわざとらしく顎を弄り、告げた。


「成程。さては貴様、聖女のスパイだな!」

「な、なんですと!? 将軍様なにを仰って」

「おかしいとは思ったのだ。聖女がこうも速やかにフロンティアに現れ、我に対抗するべく奈落迷宮にて火竜ノヴァを蘇らせようとするその手法。内通者がいたと考えて当然よ! 人間に与して我等を売るなど、このエルフの恥晒しが!」

「ふざけるな! 大体なにが常勝将軍だ、お前のやってることは単なる、」


 男の言葉が途切れたのは、彼の心臓を岩の刃が貫いたからだ。

 四皇獣ベヒモスは硬質な鱗を変形させ、外敵を殺傷することも可能だ。


 二人の裏切り者を処分した将軍が紫色の腕輪を掲げ、皆を見渡していく。


「裏切り者は始末した。だが……よもやとは思うが、この中にまだ裏切り者はいないだろうな?」

「…………」

「なに。先程から幾らか、我に対する不審な眼差しを感じてな。とはいえ、我は同胞たるそなた達に裏切り者がいるとは思いたくない。聖女に故郷を奪われ、ともに戦う仲間としてな」


 私兵達は青ざめながら、串刺しにされた男と、ベヒモスの贄として倒れた仲間を見やる。

 顔を見合わせ、誰かが呟いた。


 ーー将軍様、万歳。


「将軍様、万歳! ベヒモス万歳!」

「さすが我らが常勝将軍!」

「一生ついて行きます!」


 喝采が迷宮を埋め尽くし、プルートはがははと笑う。


「うむ。それでこそ我が同士! 安心せよ。我とともに来れば、そなたらにも必ずや報償を与えよう! 共に苦難を乗り越え、真の勝利を手にするのだ!」


 ばさりとマントを翻し、地竜ベヒモスの背へと飛び乗る将軍。青ざめた部下達が追いかけてゆく。




 その背中を、シャルティはどこか戸惑った眼差しで眺めていた。


「どうした、シャルティ。お前も来るのだ」

「は、はい。将軍様」


 ベヒモスの作った岩の橋を渡りながら、シャルティは死体となったエルフ達に目を向ける。

 彼女が死体を見たいのは初めてではない。

 領主モーガンの元で、エルフの奴隷を貰って遊び半分で椅子にしたこともあった。



 けれど、彼等は祖父が雇った私兵だ。

 中にはシャルティと懇意にしていた者もいる。今、地面に倒れた男のように。


 最強将軍に憧れ、夢見ていたシャルティの中に、初めて疑問が浮かぶ。


 ……この将軍は本当に、最強なのだろうか? と。

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