2-17 魔法使いエミリーナ1


 力なき想いは無力だ。

 けれど、想いなき力もまた無意味だ。



 蘇生魔術における魂の呼び寄せについて、魔力の次に必要なのは、蘇る相手に対する想い。

 炎を呼ぶには炎を想い描くように、私は彼女の姿を記憶から呼び起こす。


 エミリーナの姿が、瞼に浮かんだ。

 思い返すのは悪口ばかり。

 田舎の村にいけば「ちんけな村ね。勇者様の出迎えも出来なのかしら」と舌打ちし、大きな都市につけば「盛大に祝えば良いってものじゃないわよ、品がないわ」と毒舌を吐く。


 ちなみに私も「おっぱいでかいからって何調子に乗ってるの?」とよく言われた。

 その後に自分の胸をさわってむむむと唸り、騎士カリンに「キミのまな板ではあたしの饅頭と聖女のメロンには勝てないねぇどやぁどやぁ」と煽られ、盛大な舌打ちをする。

 挙句、勇者様によしよしと撫でられ「エミリーナ。僕は小さいのも大きいのも大好きだよ」と言われてカリカリと怒っていた。


 エミリーナは本当によく怒り、よく舌打ちし、よく文句を言う。

 ご飯がまずい。寝床が硬い。私を誰だと思っているの? 元宮廷魔術師エミリーナよ。

 そんな数々の毒舌こそ、彼女の持ち味だけど。


 思い出すのはなぜか、あの子の優しい記憶ばかりだ。



「レティア。風邪引いてるなら引いてるって言いなさいよ。あなたそういうの、すぐ隠すでしょう?」


 魔王配下のひとり、土の四天王アズライルとの戦闘前夜。

 前線基地となる人類ドワーフ連合宿舎で準備を整えていた最中、私がうっかり体調を崩したことにエミリーナだけが気付いてくれた。


 本来、私は<聖女>耐性で風邪など引かない。

 なので黙っていればバレないと思ったのだけど、彼女には一目で見抜かれてしまった。


「よく気がつきましたね、エミリーナ。私が体調悪いって」

「昨日、前線部隊に慰労のための回復魔術を使っていたでしょ。あれだけ魔力を消費すれば、聖女の耐性だって落ちるもの。まあ、カリンは鈍いから気付かないと思うけど」

「……ごめんなさい。心配してくれてありがとう」


 微笑むと、彼女は露骨に眉を歪めて舌打ちした。

 ふん、と面倒くさそうに三角の瞳を釣り上げる。


「あなたはパーティの生命線よ。あなたに何かあったら、一番貧弱な私が危ないの。これは私のためであって、あなたのためじゃないんだから。……大体どうして隠そうとするの?」

「明日は大事な作戦だし、みんなに迷惑かけたらいけないと思って……」

「主旨を間違えないことね。作戦は私達の勝率を上げるためにあるものであって、作戦を実行するためにあるものじゃない。あなたが万全でなきゃ意味がないの」

「……でも、私達がこうしてる間にも、人々やドワーフや、協力してくれるエルフや獣人達が魔物に……はうっ」


 私の言葉は、ぺしっと手刀に阻まれた。

 エミリーナはわざとらしく溜息をつく。


「あなた平民の出のせいか、妙に自分の価値をわかってないとこあるわよね。私も卑屈だけど」

「だってエミリーナは元宮廷魔術師だし、カリンは元王家近衛騎士団でしょ? パティなんか獣人のお姫様なんだよ?」

「勇者エレンは孤児じゃないの……」

「勇者様は勇者樣ですから!」

「あなた本当、勇者様大好きね。そう思うなら迷惑かけないようにする、迷惑かけないってことは休むってことよ」


 そう言われてもと困る私を見てか、馬鹿につける薬無し、と首を振るエミリーナ。


「分かったわ。じゃあ、私が風邪をひいたことにしておきなさい?」

「え?」

「仲間思いのあなたは、私を心配して作戦延期を申し出た。これでいいでしょ?」


 そう言うなり彼女は私の手を引き、トコトコと私の部屋へと歩いていく。


 エミリーナは勇者パーティのなかで一番小さい。

 平均よりすこし上の私がついていくと、姉妹のような身長差がある。

 なのに、彼女の手は頼りになるお姉ちゃんのように力強く、温かかった。


 そんなことを考えている間に布団へと押し込まれる。


「カリン達には私から言っておくから。晩ご飯は、おかゆでも作ってあげる」

「え゛っ。……エミリーナが、作るんですか……? ……あの、私まだ死にたくない……」

「失礼ね! ちゃんとカリンを買収して作らせるわよ。腹立つけど料理上手だからね、あの子」


 ほんのり頬を赤くしながら、エミリーナが自分で作るとは言わないのが面白い。

 苦笑しつつ布団に潜り込んで寝ていると、それからもエミリーナは度々「暇だから」とか「偶然寄り道しただけ」とぶつくさ理由をつけて私の部屋に現れては、着替えをもってきたり水差しを用意してくれた。


 私は<聖女>なので、看病することはあっても看病された経験はあまりない。

 だから……誰かが私のために、一生懸命になってくれいる姿は、すごく新鮮に感じられた。


 悪態と舌打ちを混ぜ、暇潰しに読書のフリをしながら傍に座り、ちらちら様子見してくるエミリーナ。

 私はうまく言葉にできない熱のようなものが膨らみ、口元を緩めてしまう。


「なによ、その顔」

「ううん。……人に看病されるって、優しい気持ちになれるなあって思ったんです」

「バカじゃないの?」


 と言いながらも世話を焼いてくれた彼女は、やがて夜も更けた頃。

 眠い、と言いながらもぞもぞと私の布団に潜り込んできた。


「え……エミリーナ。風邪、移りますよ?」

「大丈夫よ。私は悪い子だから風邪ひかないもの」

「またそんなこと言って……エミリーナは優しい子ですよ」


 そっぽを向いたまま寝転がる彼女に、腕を絡めて抱き寄せる。

 風邪で弱っていたせいか、その日の私はずいぶんと甘えん坊だったのだ。


 エミリーナの熱が肌身に触れ、なんだか安心するなぁと、彼女の背中にぺたりと寄せて頬を緩めて。

 私はふと、気付いてしまう。

 エミリーナが、ちいさく震えていることに。


「エミリーナ?」

「ねえ。レティア。一回しか言わないから、聞いてくれる?」

「うん」

「……私、怖いのよ」


 もぞもぞと、彼女が布団の中で身を縮めた。

 その仕草は、雷を恐れる子供のように。


「四天王って、魔王に次ぐ力を持ってるんでしょ? それも、土の四天王は最強の防御力を。勇者は私の魔法が切り札だって言ってくれたけど、私の魔法が本当に通じるのか……怖いのよ」

「あなた一人で戦うんじゃありませんよ、エミリーナ」

「けど、わ、私。……みんなと上手く連携取れるかしら。みんなの足を引っ張ったり、しないかな……」


 初の魔王四天王、風のラブクリフタとの戦闘時に、エミリーナはまだ仲間になっていなかった。

 エミリーナにとっては今回が初の、全力を賭けた大規模戦闘だ。


 怖かったのだろうな、と思う。

 私達パーティの中で一番最後に仲間になりながらも、身体に根付いた毒舌のせいで、上手く打ち解けられないと思っている。

 私はこんなにも、彼女を愛おしく思っているのに。


 エミリーナは顔を見せない。

 私に背を向け、ぎゅっと布団を掴みながら俯き、その小さな背中を震わせている。


「だから本当は、あなたが風邪をひいてくれて助かったと思ってるの……。少しでも、考える時間ができたから。……ええ、勇者パーティの一人が、こんなこと話したら失格だと思うわ。けど、怖いものは怖い……ひゃんっ」

「大丈夫です、エミリーナ」


 彼女を抱き寄せ、その可愛い後頭部に頬ずりする。

 エミリーナに染みついた魔法薬物の香りを嗅ぎながら、小さくも愛おしい身体をよしよしと、お姉ちゃんのように宥めてあげる。


「私だって田舎娘で、最初は緊張しましたよ。ゴブリン一匹倒すのに、ドキドキするような小娘だったんです。失敗だって沢山ありました。見え見えの罠にかかって逆さ吊りになったり、森のきのこを食べてお腹壊したり」

「それあなたが食いしん坊なだけじゃ」

「名誉のために言っておくと、最初につまみ食いしたのは勇者様です」


 当時はまだ<聖女>の耐性が万全でなく、酩酊した私と勇者様を騎士カリンが担いで「あんた達バッカじゃないのー!?」と村に戻ったなんて、エミリーナに知られたら末代まで笑われる。


「そんな失敗もありましたけど、勇者様はいつもこう励ましてくれました。私達にできることをしようって」

「…………ふん」

「勇者や聖女なんて呼ばれて、女神様に力を貰っても、私達にできることは限られています。そのなかで背一杯努力して、それでも失敗したならもう仕方が無い、って」

「安い言葉ね。勇者らしいわ」


 エミリーナは、もぞり、と布団に潜り込む。その耳がほんのりと赤い。

 誰よりも毒舌で辛辣なエミリーナ。

 誰よりも恐がりで、本当は優しいエミリーナ。


 彼女の後ろ髪をさらさらと梳きながら、私はつい口元がゆるんでしまう。


「ですから、失敗してもいいんですよ、エミリーナ。……それに、失敗をした時のために、誰よりも頑丈な私がいるんですから」

「そのフォロー役が風邪ひいてるみたいだけど?」

「ま、まあ、そうなんですけどね……」


 言い返せずにいると、エミリーナはくすっと笑った。

 ころんと寝転がり、私の胸に顔を埋めていく。


「レティア。……これも、一度しか言わないから。よく聞きなさいよ」

「うん」

「……ありがとう。あなたが居てくれなかったら、私はきっとこのパーティを抜けてたわ」

「私もですよ」

「え」


 隠していた秘密を明かしながら、彼女を抱き寄せる。

 薄手の寝間着がこすれ、彼女の熱を帯びた体温が、ほんのりと私に熱をくれる。


「私も、あなたがいてくれたお陰で、すごく心強かったんです。あなたは誰よりも、強い人ですから」


 エミリーナは少し黙り、むぅ、と唇を尖らせて。


「……私もよ。あなたが居てくれて、本当によかった」

「二度目のお礼ですね」

「いいじゃない。減るものじゃないんだし」

「じゃあ今日は、たっぷり語り合いましょう」


 私はそうして彼女を抱き寄せ、心地良いまどろみに身を委ねたのだった。



 ちなみに翌日、私は元気になったけれどエミリーナが本当に風邪をひいてしまい作戦は延期になった。私は作戦司令部からこっぴどく叱られ、勇者様は大笑いしていた。


 おまけに二日後の作戦開始時は、雷雨の中での電撃作戦。

 エミリーナは顔を真っ赤にして一生の不覚と騒いでいたけれど、おかげで土の四天王アズライルが偶然雷に弱いことが判明し、私達は無事に勝利を収めたのだった。



 ああ。思えば思うほど、エミリーナとの記憶が蘇る。

 彼女と楽しく過ごした日々。

 一緒に笑った瞬間。


 気付けば頬に涙が伝い、とめどなく思い出が溢れてくる。


 なのに。

 なのに。

 蘇生魔術は、届かない。


 彼女の声が、聞こえない。


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