1-13 楽しい楽しい王女様解体ショー3


 首を切られればエルフは死ぬ。

 魔王ですら例外はない。

 二百年以上もの間、その柔肌に傷一つ受けることなく過ごしてきた王女の、命の灯火がぼとりと落ちるのだ。


「待っ、て……わ、わたくしは、し、し、死にたく……な……」

「遠慮しないで下さいよ。その細い首、今日こそきっちり落として差し上げます!」

「っ……いや……こんなの、何かの間違い、で……わたくし、は、エルフの、お、王女……」

「ええ、よく存じています。あなたの美しい顔。美しい鼻立ち、美しい耳に美しい肌。美しい胸に身体に美しいおみ足。美しい血に美しい経歴ぜんぶ。百年あなたに聞かされましたから」


 体力を完全に失い、ぐったりした王女に私はつらつらと並べていく。

 そして耳元で、絶望を囁く。


「でももう全部、あなたのお腹に収まっちゃいましたねー」

「あ、ああっ……」

「ですから首の一つが落ちたくらい、大したことじゃないでしょう?


 そして両手を振り上げ、ノコギリを天高く輝かせながら愚民共に見えるよう宣言した。


「それでは愚民の皆様、しっかりとご覧下さい! あなた達が愛した王女の最後、盛大な首切りショーです! さあいきますよぉぉぉっ!」

「や、やめてっ……あ、あああっ……!」


 王女が最後の生への望みを振り絞り、息も絶え絶えに訴える。

 構うことなく私はがっちりと足を構え、刃をガリガリと擦りつけるように前後する。

 途端に王女の肉が裂け、血飛沫が広間一面を染めていく。


「ぎゃああっ……やめ、やべてっ……」

「……くく。いひひっ」


 本音を言うと、私はこの最後の痛みを、できる限り引き延ばしたいと思っていた。

 美を尊ぶ王女の身体を切り離す、その苦痛そのものを与え続けるために。


 私を貶め、辱め、最大級の苦痛を与えたこの王女に対し、最大の苦痛を与えるこの瞬間を楽しみたい。

 じっくりといたぶり、

 ゆっくりと血を流させ、

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしたい、と。


 ……なのに。


「わ、わたくしの首が……わたくしの、命が、き、消えっ」

「……ああ、ああ。いけません。そんなに素敵な悲鳴をあげられたら。もうっ……もう、手が、手が止まらない!」


 気がつくと私はあまりにも強くじゃこじゃこと、王女の生首目掛けて激しい前後運動を繰り返していた。

 内から噴き出る欲望をひたすら叩きつける、どう猛な獣のように。


 ああ、もう我慢できない。

 内なる魂が、殺せ、こいつを殺せと叫んで鳴り止まない!

 心の咆哮のままに私は叫ぶ。


「ああ、ああ、たまらない快楽です! あは、いひ、いひひひひっ!」

「いやぁっ……死にたく、ない……た、助けっ……」

「ああ、勇者様ありがとうございます! 人類の皆様ありがとう! 私の百年にわたる苦痛は今この瞬間、ほんの少しだけ報われます! この時を迎えるために、私は生きて、耐え続けたっ……!」


 感動のあまり私は涙すら零し、笑いながら王女の命を削り取る。

 王女の首から溢れた真っ赤な液体がドレスを濡らし、その刃は肉を抉りながら細い首へと抉り込んでいく。


 長きに渡る拷問、そして命を断つこの瞬間は、最高の快楽だった。

 魔王を倒した時なんか比較にならない、天にも昇る至福の時ーー


 故に、長くは続かない。

 刃の先端が首の骨にかかり、ごりっとした感触が指に走る。あと一歩で首が落ちてしまうというのに、私はもう自分でもコントロールできない衝動のままノコギリを加速させる。


「ああ、もう首の骨に届いて……でも、もう限界っ……! 殺っちゃいます、殺っちゃいますよぉぉぉっ!」

「い、いやぁっ……た、助けて、お願い助けて、聖女、さ……」

「ふふ。せいぜい泣きながら絶頂を迎えてたっぷり逝きなさい! ああ、あああっ!」


 いつの間にか私は魔力を込めていたのだろう、ノコギリに青い光が灯り、バチバチと火花を散らしていた。

 王女の命、その最後の灯火を削り取るために。


 そして。




 ゴトリ、と。

 王女の首が落ちた。


 悲鳴がふつりと途絶え、断頭台から外れた生首がコロコロと私の足下に落ちていく。

 その顔は最後まで恐怖に歪み、目を見開いたまま固まっていた。


 ……。

 ………………。


「ふふ。ふふふっ。あははははっ!」


 愉悦を堪えきれずノコギリを放り捨て、けらけらとお腹を抱えて笑ってしまう。


 あまりの喜びに足が止まらず、その靴裏で転げた王女の生首を踏みつぶし、零れ落ちた顎や奥歯の欠片を何度も何度も、肉片になるまで何度も踏みつぶしては空高く笑い続けてしまう。


 ああ。最高だった。

 本当に、本当に最高の瞬間だった。

 私は生涯この瞬間を忘れることはないだろう。そう思える程に!



 でも、それでもーー

 足りない。

 私の飢えは、満足しない。

 まだ喰える、まだ殺せると私の魂はなお獲物を求めてのたうち周り、乾きを訴え続けてくる。


 そして今の私には、手段がある。

 私は王女に、より激しい苦痛を与えることができる。


「さあ、蘇生の時間ですよ王女様。……でもせっかく殺したんですから、五体満足では戻しません」


 パチンと指を鳴らすと、王女は生首のままぱちりと目を覚ました。

 恐怖に彩られた顔に生気が戻り、戸惑いの色を浮かべている。


「あ……え? な、なっ」

「おはようございます。王女アンメルシア。元気よく死にましたね? 一回目は終わりです。そしてこれが、あなたの新しい姿です」


 蘇った王女が、げほっ、とむせながら呼吸しようと息を吸う。

 が、本来あるべき肺への空気は、届かない。

 王女が気付き、顔を動かしたいようだが、上手くいかない。


 理由は、その身体がないからだ。

 両腕も両足も、彼女の愛した美しい身体は返さない。

 私が蘇らせたのはーー


「っ……ま、まさ、か……!」

「ええ。首から上だけ蘇らせました。昔の私と同じですね? そしてあなたには、素敵なお知らせが一つあります」


 にやりと笑い、私は彼女を蘇生させた目的を告げる。


「この姿のまま、あなたには生きて生きて、生き続けて貰います。蘇生魔術を応用すれば、あなたをこのまま生かし続けることも出来ますから」

「な、なっ」

「そして幾度となく死んで貰います。ええ、私が満足するまで無限に、ね?」


 そして私は千切れた首元に首輪をつけ、鎖を巻いて手元へと引き寄せた。

 ああ。恐怖に引きつった王女の顔が、たまらなく愛おしい!

 そして彼女を、もっともっと殺せるのだと思うと心底から笑いが止まらない。


「ふふ。これで、昔の私と同じですね? 旗に吊り下げられた私と、首輪で吊されたあなた」

「そんな……そんなっ……」

「せめてもの慈悲で、顔と髪はもとの美しい姿に戻してあげましょう。顔は綺麗なのに首から下はない、というのも実に愛らしいものですから」


 それに、傷つけようと思えば幾らでも傷つけられる。

 回復させて屈辱を与え、また回復させる。

 地獄のサイクルは、王女に無限の苦痛を与えることだろう。


 ーーでもそれは、これからのお楽しみ。


 私はくすりと笑いながら、未だ苦しめられている女騎士達へと振り返る。


「ふふ。素敵な王女解体ショー、楽しんで頂けましたか? ヴァネシア」

「………………」


 ゴブリンに痴態を晒し、王女の分解される姿を見せつけられた近衛騎士ヴァネシアは既に意識がなく、ぐったりとうつ伏せに倒れていた。

 精神がおかしくなったのだろう、その顔は虚ろに宙を眺めていた。


 その様子に満足しながら、私は改めて王女の頭を撫でてやる。


「さて、王女アンメルシア。式典も多いに盛り上がりましたが、そろそろ終幕と致しましょう。……とはいえ、単に終わるだけでは勿体ないと思いません?」


 私はにんまりと唇を歪めながら、広間へ目を向けた。

 愚民共は誰もが声を失い、青ざめ、震えては涙する声があちこちに広がっていた。


 さぞ苦しいことだろう。

 さぞ辛いことだろう。

 ーーでも。


 この愚民共はまだ、五体満足でそこにいる。

 その姿を見ながら、私は最後の宣言をする。


「みなさん、楽しんで頂けましたか? 王女様は無事、今日の式典に相応しいお姿になりました。これにて全日程を終了致します……と、言いたいところなのですが」


 王城の者は、全員首をくくってやった。近衛騎士の処刑も完了した。

 王女も殺した。

 では、まだ死んでないのは誰だろう?


「王女は今日の式典を、最高のものにしたいと仰られていました。私もそう思います。……それに皆さんも消化不良でしょう? 愛すべき王女がこれだけの辱めを受けたのに、それを眺める愚民がのうのうと生きてるなんて……」


 という訳で、私は最後の仕上げに取りかかることにした。

 ぺろり、と血塗れのノコギリに舌を這わせながら、皆に理解できるよう刻んでいく。


「最後は皆様の悲鳴で、式典を終わりにします。全員殺します」

「なっ! ま、待て! 俺達は何もしてな……」

「一匹たりとも逃がしません。でも安心して下さい。あなた達には、王女ほどの罰は与えません」


 そして私はノコギリとバトルメイスを両手に握り、広間へと飛び込んだ。


「一回殺すだけで許してあげます。だから全員、死ね」


 そして最後の、地獄の宴を開始した。

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