1-14 王都崩壊1


 <聖女>レティアによる殲滅作戦は、極めて単純かつ苛烈を極めるものだった。


 目の前にいる住人達を殴殺あるいは斬殺し、蘇生させたのち周囲の者達の殺害を命令する。


 中には抵抗する者もいた。すぐに叩きつぶされた。

 中には命乞いをする者もいた。すぐに叩きつぶされた。


「ふざけるな、この悪魔! 俺達はただの一般市民だ、な、なんにも出来ない市民を、お前は虐殺するのか! それでも聖女か!?」

「そうですね。本当に無垢なる民であるなら、私も心が痛まない訳ではありません。……けど、本当にあなた達は無垢なる民なのでしょうか?」

「そ、そうだ! 俺達は何もしてないーー」

「人間の死刑囚に石を投げつけたことは? 馬に市中引きずり回される私を笑ったことは? ご褒美と称して、広間に放り出された私に行った仕打ちは? そういえば去年私が処刑された時、大変に盛り上がりましたよね?」

「…………あ、ああっ」

「間違いがあるなら、聞きますが?」

「……ち、違う。あれはみんなが盛り上がってるから、し、仕方なく一緒に」

「じゃあ今は私が盛り上がってるので仕方なく殺しても大丈夫ですね!!!」


 言い訳をした男も女も叩き潰された。



 瞬く間に広間を制圧した聖女はその死体を操り、結界を解除する。

 その矛先は、王都に住まう全ての者へ。


「それでは皆様、行ってらっしゃいませ。すべての虫共に幸福を」


 生きた死者達はさらなる犠牲者を求めて、王都を死色に包んでいく。



 王宮魔術師の一人、副官ダラス=マグノがその騒動に気がついたのは、聖女による虐殺が始まってすぐのことだった。


「ひいいいっ! こ、ここ、これは何の騒ぎだ!? 民衆の暴動か? 王国兵は一体何をしている!?」


 王女専属魔術師“魔女”エックノア配下、副官ダラスが式典を離れていたのは魔道馬車の事故調査のためだ。幸運にも王城の”掃除”からは逃れたものの、混乱に対してダラスがしたのは、ただおろおろするのみだった。


「し、式典で何かあったのか? ぼ、僕は何も聞いてないぞ!?」

「分かりませんが、住人が広間の方から押し寄せています! 王都は完全に混乱しています! ダラス樣、いかが致しましょうか」

「と、とにかく、エックノア様の指示を待つのだ!」

「しかしそれではーーぐえっ」


 部下の言葉は、彼の喉元を貫く剣に阻まれる。


 現れたのは王女近衛兵のはずの女騎士だ。全裸のまま狂ったように剣を振り回し、逃げ惑う住人を次々と刺し殺しては、笑いながら泣いている。


「いひ、あは、あはははははっ! もう終わりだ、この国は終わりだあああああっ!」

「ひいっ! なんだコイツっ!」


 ダラスは尻餅をついて震え出す。


「た、助けてっ」


 死にたくない。死にたくない。

 恐怖から足がすくみ、それを捕えた女騎士の剣が振り下ろされるーー直前。


 横凪の雷が走り、騎士が吹っ飛ばされて気絶する。


「ふん。研究者とは実に軟弱な存在だな! 鍛え方が足りぬのではないか?」

「そう言わないで、プルート。彼には彼の仕事があるのだから」

「っ……エックノア樣! それに、プルート将軍様まで!」


 現れたのは、王女の側近として名高い二人だ。

 ”常勝将軍”プルート。

 人類相手に負け知らずの戦を繰り広げた猛将であり、エルフらしからぬ筋骨隆々とした体格の良い男だ。


 もう一人はダラス直属の上司である、女魔術師エックノア。

 妖艶な美貌を持つ、熟年の”魔女”。東方にある魔術最高学院エルシュミアを主席で卒業し、その魔術と知識は王国一と称される傑物である。


「プルート樣。これは一体何事ですか。式典は……」

「あの忌々しい聖女レティアが蘇り、我等の式典を台無しにしたらしい。いまや王女は囚われの身だ」

「なんですって!?」


 何かの間違いではないか。だが二人が頷くなら間違いないだろう。

 上司を疑わないダラスはすぐに納得する。


「ではすぐに、王女奪還を、誰かに……」

「否。いまの我らでは勝てないだろう。復活した聖女は、極めて邪悪な力を備えている。奴は最早、新たな魔王と呼べる存在だ」

「そんな……でしたら避難を」

「そう言いたいのだけど、王城を囲む三門はすでに封鎖されてるのよねぇ」


 エックノアの話によると、王都の門は助けを求める民衆と、それを殺そうとする民衆により地獄絵図と化しているらしい。


「そこで私達は、転移鏡を使って脱出を図ることにしたわ」

「転移鏡……とは、まさか禁忌”転移”の魔道具ですか? しかし、そんなことが可能なのですか!?」

「ええ。実は王都の地下に、あの聖女も知らない隠し部屋があるのよ」


 元は王族専用の緊急脱出口であるその存在は、魔女エックノアなど一部の者しか知らず、地下を走る下水道の奥深くに隠されているとか。

 プルート将軍が皆を鼓舞するよう、気勢をあげる。


「皆の者よ、いまは悔しいが耐える時だ! そして必ずや聖女に鉄槌を! お前達も死にたくなければ来るが良い!」

「さあ、ダラス。あなたも部下を連れてこちらへ来なさい?」

「は、はいっ!」


 将軍と魔女に誘われ、ダラスは部下を連れて地下へと潜る。



 エックノア達は他の生存者にも声をかけたらしく、生存者は総勢三十名弱にも及んだ。

 いずれも王宮に勤める魔術師で、運良く難を逃れたらしい。


 鼻のねじ曲がるような下水道を進みつつも、自分はツイてるなと思うダラス。

 が、部下のざわめきが耳につく。


「……なあ。変じゃないか? エックノア様はたまたま生存者を集めたと話したが、いるのは王宮の魔術師ばかりだ。民間人が居ないようだが……」

「偶然だろ。或いは選別されたのさ。全員で逃げれば聖女にバレる。だから、プルート様とエックノア様は我々を選ばれたのだ。王都を脱出し、再興できる優れたエルフをな」


 その話を小耳に挟み、成程、自分は幸運だったのではなく選ばれたのだと納得する。

 日頃の忠誠心が評価されたに違いない。


 ダラスはエルフ種の中でも若く、また生まれつき病弱で幾つかの苦労があった。

 だが彼が幸運だったのは、常に優れた上司が存在したことだ。

 父母ともに王宮魔術師であった彼は、親の命じるままに王都の学校で学び、親の買ってきた服を着て、親の言う通りにご飯を食べ、親の命じるまま王宮魔術師として仕官した。


 弱々しい体力の代わりに魔力も成績も上々。親の縁もあって王女筆頭魔術師エックノアの元で働くことが許された。

 待遇もよく、汗水垂らして働くエルフ種を難なく見下せる地位を手にできたのは、優れた上司との出会いがすべてと言っても良いだろう。


 自分にとって最良の道は、必ず誰かが用意してくれる。

 上司の指示に従えば間違いない、それが魔術師ダラスの信条だ。

 王都を揺るがす大事件を前にしても、自分は生き残れるに違いない。




 その信条に陰りが見えたのは、転移鏡の添えられた小部屋へと到達した時だ。


「これは……転移鏡の光が、消えている?」


 ダラスが見たその魔術具は光を失い、転移の力を完全に消失していたのだった。


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