1ー10 素敵な記念式典その2


「お、おい。騎士様が……」

「じ、自害なされたぞ! そんなっ」


 広間で起きた唐突なヴァネシアの自殺に、愚民共の動揺が広がっていく。


 通常エルフ種は頭か心臓を吹っ飛ばさない限り死なない。

 騎士ヴァネシアはおそらく常日頃から毒物を口に仕込んでいたのだろう。狂信者の渾名に相応しいあり方だ。


 その姿に、私は少し驚きつつ……

 本っっっ当に、馬鹿ですね! と呆れるしかない。

 この女、さっきの戦闘で私の何を見ていたのだろう?


「狂信的なのも、ここまでいくと声も出ませんが……まあとにかく」


 私は指を振り、えいっ、と愚かなヴァネシアを蘇生させた。


「っ、かはっ! わ、私は……え?」

「あなた本当に馬鹿なのですね。私は蘇生術を使えると、さっきの戦闘で見たでしょう? そもそもあなただって一度、私が殺して生き返らせたんですから。どうして勝手に自己満足して死んでるんですか? その程度で私から逃れられると思ったのですか?」

「違う! 私は王女様のために、自らの命を断つ決意を見せたのだ!」

「……本当にそうですか? 無能なヴァネシア」


 私は這いつくばったヴァネシアの頬をぺしぺしと叩く。

 その頬をよく見れば僅かにそばかすが残り、憎らしげに歪んだ顔は、お世辞にも美しいとは言いがたい。


 その事実を、彼女がコンプレックスに感じていることを、私は知っている。


「ねえ、騎士ヴァネシア? 私だって百年も吊り下げられていたら、王女や側近の事情くらいは耳にします。あなたの家系は代々、有能な文官を排出しているそうですね? そしてあなたも元は文官を目指し、努力していた。でも、エルフ社会での文官は技能以上に美しさが花になる。……その割にあなた、エルフとしては不細工ですよねー」

「な、き、貴様っ」


 心を踏みにじられてだろう、ヴァネシアの顔が赤く歪んだ。

 私はあえてその心に塩を塗す。


「文官としての道を期待されなかったあなたは、剣を取った。もちろん才能はなく、魔術もそれなり。周りからは馬鹿にされ続ける、哀れなヴァネシア。……そんな中、王女だけがあなたを重用してくれた。だからあなたは王女を心棒し続けた。でないと自分の価値がなくなるからです。もちろん王女の美しさの引き立て役として使われてることも知りながら、ね」

「っ……何故それを知って」

「いやですね、私を散々殴ってる間に話してたじゃないですかー。私はこいつより美しいから王女様に慕われる、って」


 哀れなヴァネシア。

 本当は、王女に利用され見下されてることを知りながらも、自分が誰かに役立つ喜びが勝ったのだろう。


 王女アンメルシアの傍でなら、自分の居場所を見つけられる。

 王女を守ることこそ自分の役目。

 ーーこの王女に見捨てられたら、自分の居場所はない。だから狂信的に信じるのだ、と。



 そんな無能な女の顎をくいと掴み、私はにまにまと現実を突きつける。


「そのように敬愛する王女を守れず、自殺にすら失敗し、今からゴブリンに辱められる気分はどうですか?」

「貴様、やめ、やめろっ……!」

「いい顔です、ヴァネシア。ようやく私の望んだ顔をしてくれましたね。では、始めましょうか!」


 私はうずうずと待ちかねた様子のゴブリン達に指示を下す。

 すぐに狂乱の宴が始まった。


 悲痛な叫び声が響くなか、私は断頭台に収めた王女アンメルシアの身体をあえて外し、騎士達の末路を見せつけてやる。


「ほら、王女様。あなたもしっかり見てくださいねー。あなたが揃えた、美しい女騎士達の汚らわしい末路を。あなたは完璧さに拘る女でしたから、この手のことは堪えるでしょう?」

「っ、こ、こんなの、何かの間違いですわ……わ、わたくしの前で、こんな汚らわしいことがっ」

「せいぜい悔しがってください、アンメルシア。……そしてその王女の苦痛こそ、あなたを苦しめるのです、ヴァネシア」

「畜生っ! ああああっ!」


 ひときわ巨体のゴブリンに苦しめられ、悶絶するヴァネシアに私はけらけらと笑う。

 その不細工な顔を踏みつけ、鼻をぐりぐりと潰してやるのが大変に心地良い。


「聖女レティア! 貴様は、貴様だけは許さない!」

「幾らでも言いなさい。……もっとも、私は今のあなたとは比べものにならない屈辱を受けましたけれど」

「っ……だが、聖女レティア。この程度で、私が屈すると思うな!」

「へぇ」

「どのような仕打ちを受けようとも、私は貴様にだけは謝ることなどしない!」


 ぎちぎちと歯を食いしばり、未だ心だけは折るものかと堪え忍ぶ騎士ヴァネシア。

 ふむ。

 泣いて謝ることは絶対にしない、ですか?


 その根性だけは認めますけれど……

 私はさらに呆れて、はぁ、と溜息をこぼしてしまう。


「ヴァネシア。あなた、勘違いされてません?」

「なにを勘違いだと!? 私の心がこの程度で折れるとでも!」

「違います。あなたは……これで復讐が終わったと、勘違いしてるのでは、と」

「なにを言っている! いまの私にこれ以上の辱めを与える方法などーー」


 吠えるヴァネシアの前で、私は、はぁー、と溜息をついて。

 ナイフを翻した。



 王女アンメルシアの黄金色の髪が、はらりと落ちた。



「…………え?」

「っ、な、なっ」


 王女が震え、ストレートに伸ばした黄金色の髪が千切れて消えていく。

 ナイフを弄び、王女の首にその先端を突きつけながら私は笑う。


「無能なヴァネシア。あなたに分かりやすく教えてさし上げます。……百年吊されていた私が一番苦痛に感じたことは、私を傷つけられることではなく、私の前で大切なものを傷つけられたこと。……ええ、あなた達も散々やってくれましたよね。私の大切な仲間達を、わざと、私の前に連れてきて」

「っ、あ、ああっ」

「であれば私が何をするのか。分かりますね?」


 醜悪なゴブリンに揺さぶられるヴァネシアが蒼白になっていく。

 うん。そろそろ宣告してあげる頃合いだろう。


「あなたにとって王女は全て。王女は太陽。私にとっての勇者様がそうであったように。ですから私は、あなたの前で王女を徹底的に傷つけます。かつて私が受けたのと同じように、ね」

「っ……止めろ、止めろ聖女レティア!!! 頼む、頼むから!」

「あら。泣いて謝ることはない、と仰ったのは誰でしたっけ?」


 ちょっと屈するのが早いんじゃないですか女騎士様と嘲りながら、私は王女に耳打ちする。


「そして王女にとっても、自分の美しさが汚されるのはこの世で最も耐えがたいこと。そうでしょう、アンメルシア?」

「ひっ……あ、あなたは、私を、まさか」

「さ。こちらへどうぞ? 国民の皆様がお待ちですよ」


 私は抱えていた王女を再度断頭台へと戻し、にたり、と笑いながら聴衆へと見せつける。

 今から王女の晴れ舞台だ。

 お天道様に、高く高く聞こえるように宣言しよう!


「では皆様、お待たせしました! 後ろの女とゴブリンが気になるとは思いますが、本日のメインを始めたいと思います。その内容は……」


 王女アンメルシアの前に立ち、広間の皆に見えるよう、私はアイテム袋より道具を取り出していく。


「や、やめ……やめなさい! レティア!」

「ダメでーす。私、やるって決めたらやる女ですから。私、魔王退治も頑張りましたし、百年耐えたんです。これくらいのご褒美があっても良いでしょう?」


 鉄針。

 剣。

 ハサミ。

 大型ノコギリ。

 数本の槍。

 愛用のバトルメイス。

 ヴァネシアから借りた剣。


「では皆様、お待たせしました、ようやく始めたいと思います! 王女様の生きたまま生解体ショー!」

「やめなさい、わたくしの、わたくしの美しい身体に!」

「なに今さら悲鳴をあげてるんですか? まったくもう……」


 止めろと言われて、止めるはずがない。

 これは彼女達に地獄を味合わせる方法であり、そして、


「あなたも私に、同じことをしたでしょう。私なんか、首しか残らなかったんですよ?」


 同じ痛みには、同じ痛みを与える復讐なのだから。

 ふんふんと鼻歌を鳴らしながらハサミを手に取り、じょきり、と空を切るようにかみ合わせた。


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