1-9 素敵な記念式典その1
王女アンメルシアと近衛騎士ヴァネシアを捕えた私は、城内の掃除と準備を行った。
せっかくの式典なのだ。王都のみんなに喜んで貰えるようがんばるのも聖女の役目だろう。
その途中で、面白いものを見つけた。
「あら。城内の労働力もエルフだけで賄ってるかと思えば、モンスターまで使ってたのですね。なるほど……」
これは利用できる、と色々準備を行った私は予定時刻より少々遅れながらも、式典を開始した。
王城のバルコニーより挨拶をし、広間へと飛び降りる。
かつて私が処刑された中央広間に立つと、愚かにも雁首揃えたエルフ達がずらりと並び、私をぽかんと見上げていた。
その多くは呆然としたままだ。
愚民共は、まだ状況を理解してないらしい。
今日は天気もいいし、元気に挨拶から始めよう、と私はお腹にぐっと力を込めた。
「王都に住まうみなさーん! こんにちはー、お待たせしましたーっ! 私のことを、覚えていらっしゃいますかー? 人間の<聖女>レティアですよー!」
「え……?」
「私のこと、覚えていませんか? 皆さんは人類と違って長寿なんですから、少しくらい覚えてますよね? なかには私をいたぶったり踏みつけたり弄んだり焼いた方もいらっしゃると思いますけども! ……ああ、言ってて苛立ちが戻ってきましたね。ええ、あなた方にお世話になった聖女です!」
「お、おい。あれ、去年死んだはずの……戻って……?」
「馬鹿言うな、何かの演出だろ。今からあの幻を引き裂いて、王女様が顔を出されるに違いない」
「そうだそうだ、本物の聖女なら今頃あの世で首吊ってるさ」
「馬鹿言うな、あっちでも尻振ってるの間違いだろ?」
私の渾身の自己紹介はまったく通じなかった。
まったく……ちょっとは盛り上がってもいいんじゃないですか?
今日は記念すべき、あなた達の命日なのに。
「はぁ。まあ愚民に理解できないのは仕方ないですね、愚民ですから。でも安心して下さい、私はそんな愚かな皆さんにも理解できる、素敵なオープニングセレモニーをご用意致しましたから」
「はぁ? なに言って……」
「では始めますよ。お城の方を、よーくご覧下さい」
まあ嫌でも思い知るだろう。
という訳で、私は元気よく腕を振り上げて開幕を宣言する。
「式典の最初を彩るのは、王城の皆さんです。王女付き添いの人達はもれなく私を苛めてくれました。そのお礼と、そして聖エルフ歴一〇一年目を記念しまして、私はこの王城をより美しく豪華に飾り付けることに致しました! それでは、どうぞ!」
腕を振り下ろし、合図を送る。
直後、がしゃん! と派手な音が鳴り響き、王城の窓という窓が砕かれた。
「なっ……」
「ひ、ひいいっ」
「お、おいあれ……っ! なんだよ、なんだよアレ!」
まき散らされるガラス片とともに王城の窓から放り投げられたのは、城に勤める家臣やメイド達。そして掃除係など王宮に務める全てのエルフ達の、見事な首つり死体の列だ。
青ざめて恐怖に歪んだ顔つきといい、白目を剥きながら股下からだらしなく零した尿の痕といい、ぶらんぶらんと揺れる四肢と合わせて壮観の一言だ。
花の都の王城を彩る、素敵なオブジェになるだろう。
ようやく自体が理解できたらしい愚民共から悲鳴が上がる。
恐怖が伝搬し、アリの巣に水を注ぎ込まれたかのように慌てふためく。
そうそう、お祭りは楽しくないと。
「皆さん、喜んで頂けたようですね。良かったです。では本日の主役にご登場頂きます!」
調子に乗ってきた私は、奴隷化した近衛兵に命じてそいつを連れさせた。
黄金色の髪をつかみ、広間に用意された断頭台へぐいと首を押し込み背中を踏みつけながら宣言する。
「こちらが本日の主役! 王女アンメルシアです!」
「ぐげふっ! せ、聖女レティアっ。これは一体何の真似です!? このような狼藉をっ……!」
「王女様には本日の主役として、たくさん酷い目にあって貰いますからねー」
ああ楽しい。虫共を殺すのはなんて楽しいのだろう。
王女の私を睨み上げる目がたまらない。
「……に、逃げろ。あれは、本物だ……!」
「本物の<聖女>だ、こ、殺されるぞ!」
「アイツは<勇者>の仲間なんだ、とんでもなく強いって」
ようやく理解したらしい愚民共が、我先にと広間から逃げ出そうとした。
でも遅い。
私はとっくに準備を終えている。
「ダメですよ、皆さん。せっかく王女様の晴れ舞台なんですから、最後まで見届けないと」
「っ、な、なんだこの壁!」
私は蘇生魔術ではなく<聖女>本来の力で広間周囲に結界を張る。
こちらも勇者様に頂いた魔力で、威力は絶大に増幅していた。ドラゴンが束になっても通り抜けることは不可能だろう。
「おい早く壊せ! なにやってんだ!?」
「ダメだ、びくともしねぇ! くそ、くそっ!」
「無駄ですよ。あなた達程度の魔力が、私と勇者様の百年の恨みに叶うはずありません。……そもそも普通の住人でしたら、馬車の暴走事件があった時点でおかしいと気付いて逃げると思うんですけどね。まったくもって平和惚けというか」
半ば呆れながらも思うのは、ここに居る奴等は民衆の中でも極めつけの愚か者ということだ。
馬鹿には馬鹿の末路を迎えさせてやろうと思いながら、注目を集めるべく手を叩く。
「では次に参りましょう。つぎの生贄は王女の護衛、近衛騎士の皆さんです! 近衛騎士長ヴァネシアを筆頭に幾度となく私に暴力を振るい、人としての尊厳をあざ笑ってきた彼女達を、私は決して許しません」
はいどうぞー、と中央広場へと歩かされたのは、近衛騎士長ヴァネシアと蘇生させた女騎士。
ぼろぼろの布きれをまとい、首輪をつけられた犬のような格好をさせられている。
さらに、首輪を繋いだ鎖の先にいるのはーー
「あれは……ゴブリン?」
「その通り! 王城内で、労働力として扱われていたモンスター達です」
ゴブリン。かつて魔王が率いた魔物の中でも最下層にあたる、緑色をした子供くらいの亜人だ。
その性格は本来凶暴で、人類もエルフも見境無く襲うのだが、魔術で洗脳されていたらしい。せっかくなので私が殺して再利用してあげた。
使い方は、もちろんーー
「ではがしい中ではありますが、次のお披露目を行いましょう。ここに居るのは国を守るべき女騎士と、国を襲う醜悪なゴブリン達。……分かりますね、ヴァネシア?」
「っ、なにをするつもりだ、貴様!」
「え。ヴァネシア、もしかして本気で分からないんですか?」
「頭のおかしな貴様の考えなど、私の知るところではない!」
首輪をじゃらじゃら鳴らしながら叫ぶのを見るに、本当の本気で分かっていない無能らしい。
周囲の女騎士はとっくに青ざめているのに。
「ヴァネシア。ゴブリンがどうやって数を増やすか、教科書で読んだことありませんか? 女騎士を這いつくばらせ、犬の首輪までつけて後ろにゴブリンが並ぶんですよ? やることなんて一つでしょう」
「なっ……まさ、か」
「国民の皆さんに、あなた達の愛しい姿をぜひ見てもらいたいと思いまして。なかなか体験できませんよ。これだけの人々に見られながらなんて、ね。まあ私は昔何度もやられましたけど」
ヴァネシアの顔にようやく絶望が浮かび、ご理解頂けたことに私は大変満足する。
恐怖に怯えなければ、復讐の意味がない。
「ふふ。いい顔です、ヴァネシア。ではその顔が屈辱に歪む様を、とくと皆様に見て頂きましょう。そして盛大に泣いてください。己の尊厳を奪い尽くされるその様を見られながら、ね」
そう笑いながら腕を振り、式典を盛大に祝おうとしてーー
「ふざけるな、聖女レティア……っ! 私は、貴様の愚行に屈するほど弱くはない!」
「うん?」
「王女樣、ご安心下さい。私は決してあなたの前で、美しさを損ねることはありません! 私はあなた様の剣、あなた様の盾であり、あなた樣のために生きているのですから!」
「はぁ。それで?」
「王女アンメルシア様に栄光あれ! 王国に栄光あれ……!」
近衛騎士ヴァネシアは這いつくばりながら自ら独演会を開いたのち、がりっ、と力強く奥歯を噛む。
鈍い音がしたのち、唇から血がしたたり落ちて。
くたりと力を失い、崩れ落ちた。
女騎士ヴァネシアはこうして自ら命を絶ち、王女への献身を露わにしたのだった。
…………え。
この女、本気で馬鹿なんですか!?
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