1-8 まずは梅雨払いと参りましょう
「聖女レティアだと!? ば、馬鹿な……っ、構え! この女を姫様へ近づけるな!」
笑いが止まらない私の前で、王女配下の近衛隊が魔術盾を展開しながら取り囲む。
その中には、何とも懐かしい顔もいる。
「久しぶりですね、王女近衛隊長<狂信者>ヴァネシア。あら? プルートとエックノアはどうしました?」
「貴様には関係ないことだ、この亡者が!」
王女アンメルシアには、三匹の側近がいる。
王女近衛騎士長<狂信者>ヴァネシア。
王女直属<常勝将軍>プルート。
王女専属魔術師<魔女>エックノア。
言うまでもなく、私は彼等にも人としての尊厳を奪い尽くされた。
とくに常勝将軍プルートは、私の前で<魔法使い>エミリーナを辱め処刑した罪が。
魔女エックノアは<騎士>カリンを実験材料にした罪があるため、王女に次いで地獄をみせてあげようと思った二匹だが、不在のようだ。
……まあ良いでしょう。
いまは王女主催の式典。
残りの二匹も王都内にいるはずですから、必ず見つけ出して業火に晒してあげます。
幾分冷静さを取り戻した私は、王女から近衛騎士ヴァネシアへと視線を移す。
「では、お楽しみ前の露払いを始めましょう。……と言いましても、ヴァネシア。あなたにも相当な恨みがありますから、楽に死ねると思わないでくださいね?」
「死ぬのは貴様だ、聖女レティア! 丁度いい、貴様のその首、今日の式典の飾り物とし、去年のやり直しをさせて貰おうか!」
ヴァネシアの号令とともに、近衛騎士達がすかさず小型の杖を構えて詠唱を開始する。
「氷の息吹よ、我が宿敵たる聖女の魂を凍てつかせよ! アイスコフィン!」
二十匹以上の近衛兵より、猛吹雪を伴う氷魔術が打ち出された。
氷魔術アイスコフィン。
対象者を氷に閉じ込め凍結死させる、氷系上位魔術だ。
近衛騎士の戦術は単純明快。敵を氷結させた敵を前衛が砕いて殺すというもの。
百年前から変わらない戦術だけれど、上位魔術そのものが強力なため抵抗は難しいーー普通の人にとっては、の話だけれども。
氷の直撃を受けて氷りつく私へ、前衛の近衛兵が剣をもって突撃する。
「死ねぇぇぇぇっ!」
氷を貫くように突き出された細剣を、私は抵抗せず受けた。
数本の剣に串刺しにされ流血しながら、私はにやりと笑いかえす。
「相変わらず単調な攻撃ですね、ヴァネシア。人類との戦争中は常に圧勝だったでしょうから、戦闘感覚が鈍ったのではないですか?」
「な、なにっ」
「では私の番と参りましょう」
私を貫いた剣をぐっと引き抜き、女騎士の心臓目掛けてぶすりとお返しした。
エルフは人間と異なり耐久力が高いものの、頭か、魔力核である心臓を潰せば死ぬ。
「がはっ、な、なっ……」
「馬鹿なっ……」
私は数匹を貫き絶命させた。
魔術強化された軽鎧ごと貫けるのは、勇者様の力のお陰だろう。
「な、なんだ貴様! 剣で刺されても死ななっ……くそ! 距離を取って攻撃しろ!」
ヴァネシアの稚拙な指示に従い、氷の槍が降り注ぐ。
二度も喰らうのは面倒だ。
私はくいと指先を動かし、殺した女騎士を蘇生させて盾にした。
びくん、と女の死体が蘇り、直後に氷にズタズタに貫かれてまた死んだ。
「まあ、なんて酷い……仲間であっても容赦なく殺すなんて、エルフの近衛兵には血も涙もないのですね」
「きき、貴様ああああっ! 一体何をしたっ……!」
「ほら皆さん、殺されて痛かったでしょう? ご自分の手でしっかり殺り返してあげてくださいねー」
私は氷の槍が刺さった女騎士をまた蘇らせ、筋肉を強引に動かして突撃させた。
不意を突かれたのか、数匹の女兵士達がその剣に貫かれて絶命する。
げふっ、と血を吐いて倒れ伏したその女兵士を私はまたも蘇らせ、操り、盾として展開する。
「ここ、これは……! 何をしてるのだ、聖女レティア!」
「ほらほら、もっと頑張らないと、どんどん増えますよ?」
死体が増えれば増えるほど、私を囲うエルフ達は増えていく。
氷の槍で幾度にも貫かれたまま生かされ、女騎士達が苦しみ嘔吐しながら。
その全員が剣と盾を構えて私を守る姿は、死者で作りあげたファランクスさながらだ。
「た、た、助けて……!」
「痛い……痛いです隊長……!」
「こ、殺し、殺してくださっ……」
苦しみ悶えながら仲間達へと剣を、魔術を放つ配下のエルフ達。
ああ楽しい。とても楽しい。
ふふ、と私が愉悦に目を細めたそのとき、
「まったくもう。何を慌てふためいているのです? まとめて焼いてしまえば良いでしょう?」
王女アンメルシアが優雅に手の平を返し、黄金色の髪が舞い上がった。
「姫様、お待ちください! あれは私の仲間で……」
「なにを言ってるの、あれは私の美しさを汚す死体でしょう? それともヴァネシア、あなたはわたくしよりも部下を取りますの?」
「いいえ! 姫様の美しさを損なう者は、百年仕えたエルフであろうとゴミ屑同然です!」
「その通りですわ。怪しげな魔術を扱うようですが、焼いてしまえば全てお終い。そうでしょう? まったく、これだから役立たずは。……地の底に流れる紅の息吹よ、罪深き者に呪と炎の裁きを与えたまえ! カーズフレイム!」
詠唱とともに、私の視界に一面の炎が吹き荒れた。
ご丁寧に呪い付きで放たれた炎がバルコニーを舐め尽くし、女騎士達を喰らいながら私自身を焼き払う。
私の皮膚を、骨を溶かしていく。
もちろん私にも人並みの痛覚はある。むき出しの骨となった足が床を踏むたび激痛を与え、肉が焦げる度に、じゅっと炙られるような感覚が私を襲う。
……で、それが何か?
全身を焼かれながらも、私はテクテクと王女の元へ歩いて行く。
「残念ですけれど。この程度の痛みなら、百年の間に何度も味わってきましたよ。だから、耐えられるんです」
「……え?」
なにが起きたか分からない、という顔を浮かべる王女に、私は燃えながら優しく笑ってさし上げた。
「ねえ、王女アンメルシア。私がどうやって戻ってきたか、興味ありません? 私ね。じつは<聖女>の力がパワーアップして、私自身を蘇生できるようになったんですよ。あなたの大嫌いな、勇者様のお陰でね」
私が傷を受けない理由には、大した種も仕掛けもなにもない。
私は死にながら、魔力で自らを蘇生し続けているだけだ。
常人なら痛みで悶絶してるだろうけど、皮肉なことに、痛みと絶望への耐性はこの百年で嫌というほど叩き込まれたのだから。
「とはいえ、熱いのは熱いんです。ですから」
「っ、ひいいっ!」
「あなたにも是非、お裾分けしてあげますよ。あなたの付与した呪い付きでね」
そして私は手を伸ばし、燃えながら彼女の顔面を掴みあげた。
「ぎゃあああっ! 熱い、熱いぃぃぃぃ! やめっ、わ、わたくしの、わたくしの顔がああああっ!」
「もうっ。他人は燃やすのに自分は燃やされたくないなんて、ワガママはいけませんよ? ……ふふっ」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ王女の悲鳴に、私はたまらなく笑いがこみ上げてくる。
ああ、なんて心地良いのだろう。
百年、この女に虐げられてきた恨みが、憎悪が、私の内側に眠るドス黒い魂が歓喜に満たされげらげら笑う。私はお酒に詳しくないけれど、極上の酒を口にし、世界のすべてが幸福に思えるのはこんな気分かもしれない。
「ひ、姫様ああああっ! 貴様ああああっ!」
今さらヴァネシアが氷の槍を放ってきた。
私はひょいと王女を盾にする。
その肩に氷の槍がつき刺さり、びくんと跳ねて悶絶した。
「あら。部下だけでなく敬愛する王女まで刺すなんて……あなた何のために近衛兵長してるんですか? 存在価値あるんですか? 先程の指示といい、あなた本当に想像力のない無能なんですね」
「あ、ああっ……ひ、ひ、姫様っ、私はなんてことをっ」
「私も作戦を立てるの下手ですけど、それでも相手の力量くらい見ようと思いません? 不利を悟ったのなら、まず王女を連れて逃げるべきでしょう?」
まあ、逃がしませんけど。
私は溜息をつきながら王女を床に転がし、焦げた横顔をごりごりと踏みつけながら考える。
……さあ、本当のお楽しみはこれからだ。
「王女アンメルシア。……聞けば、今日は私のためにわざわざ記念式典を用意してくれたそうですね? 是非、私もご招待させて頂きたく思います」
「う、ううっ……聖女、レティア……あなた、一体なにを……っ」
「ふふ。素敵な式典にしましょうね?」
呻く王女の首根っこを掴み、ずりずりと引きずり上げながら私は笑う。
ついでに、顔を真っ赤にしながら震えるヴァネシアを見下しつつ。
「無能なヴァネシア。あなたにもきちんと役目を与えてあげます。ただ、仲間の兵士が操り人形になったのに、自分だけまともに生きてるのも恥ずかしいでしょう?」
「姫様の美しいお体に、傷をっ……私はなんてことをっ……」
「聞いてませんね。まあ、とりあえず一回死んでください。話はそれからに致しましょう」
私は炎から蘇らせた近衛兵達を操り、くいと指示を出す。
絶望するヴァネシアを部下達から放たれた無数の槍に絶命し、そして蘇った。
準備が完了するまで、もう少し。
さて、どのような式典にしてあげようか。私はにまにまと唇を歪めて考え始めた。
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