1-7 王女アンメルシアは聖女と再開する


「ひいいいいっ! 助け、助けてぇぇぇっ!」


 私の魔力により暴走状態となった魔道馬車が、ガリガリと石畳の床とエルフ共を削りながら王城を目指し進んでいく。

 ああ、なんて楽しいのだろう!

 なんて素敵なのだろう!


 ちぎれたエルフの身体が吹っ飛び、弾け飛んだ頭が建物の窓に突き破る光景についニコニコしてしまう。

 そんな私に運転手の男が泣き付いてきた。


「たたた、頼む、お嬢さん! ぼぼ、僕はここまでやったんだ! あ、あいつらは何人でもはね飛ばしてやる、だ、だから僕だけは助けてくださいぃぃっ!」


 ひぃひぃと命乞いを迫る男。

 醜い豚らしくおんおんと泣きながら、アクセルから足は話さず頭を座席につけて土下座する。


「知っての通り僕には可愛い妻がいるんだ! 五歳になったばかりの息子も! 王都での商売が終わったら、い、一緒に人形遊びをするって約束したんだ!」

「あら。人形遊びとは?」

「人間の身体をバラバラにして遊ぶ玩具だよ! 最近開発された、人間の腕や足を千切っても死なない魔術をかけた人間さ! いまは人間も少なくなって貴重品になってきたから……そ、そうだ、君にも一個プレゼントしよう。それで僕の家族と一緒に遊ぼう! だ、だから僕だけは助けて……助けてぇ……」

「ダメでーす」

「そんなああああっ! う、うわあああああっ!」


 涙ぐみながら暴走する魔道馬車。

 ちょっと苛めすぎたかな? と思った私は、仕方ないので震える彼の手を握り、優しい言葉をかけてあげる。


「安心してください」

「は、はひっ?」


 私とて<聖女>と呼ばれた人間だ。

 虫相手でも、慈悲をもって接するべきだろう。


「あなたはここで死にますが、寂しい思いなんてさせません。愛しい妻子も、息子さんも、すぐにあなたの元に届けてあげますから。ね? みんな仲良く、お人形にして遊んでさし上げますから」


 男は白目を剥いてしまった。失礼な話だと思う。



「ひ、姫様、申し訳ございません……!」


 王都アンメルシア中央、王城アンメルシアの一角にて、王女アンメルシアは純白のドレスに零された一滴の水滴に、あら、と目を細めた。

 目の前には小刻みに震えるメイド。

 式典の準備に慌てふためき、水差しの水をほんの一滴ほど零してしまったのだ。


「ほ、ほ、本当に申し訳ございません! 私、なんという粗相を……」

「構いませんわ。わたくしは優しい王女ですから、あなたの罪を許しましょう」


 アンメルシアは柔らかに微笑み、メイドの頬を撫でて優しく告げる。

 ほっと胸をなで下ろしたメイドは、周囲の者達の強ばった表情に気がつかない。


「ところであなた、ずいぶん可愛い顔をされてますね?」

「は? え、ええ、ありがーーいやああああっ!」


 ほんのり頬を染めたメイドの顔を炎で焼き払い、腹を蹴り飛ばしたアンメルシアは不機嫌さを隠さないまま溜息をついた。


 大切な式典だというのに、今日は不愉快なことが立て続けに起きていた。

 二ヶ月前から準備していたドレスが今一合わず、ようやく納得いくものが選べたと思えば水をかけられる始末。下賎な召使いに汚された服など着れるはずがない。

 それに城下町では、ドレス選びに比べれば些事だが、衛兵の惨殺事件が起きたらしい。


「まったく。躾が行き届いてないのではなくて? ヴァネシア」

「はっ! 大変申し訳ありませんでした!」


 直立不動で敬礼するのは、王女近衛騎士長ヴァネシア。

 王女お付きの近衛騎士である彼女は、王女を守る国の剣であり盾だ。決して裏切らないという意味では重宝する道具だが、融通が効かないのがたまに傷。

 その証とばかりに、ヴァネシアは顔を焼かれ悶絶するメイドの首を刎ね、床を血で汚してしまう。


「ちょっと、ヴァネシア? わたくしのドレスが汚れたらどうするのです」

「っ、た、大変申し訳ありません」

「まったく。きちんと掃除をしておくように。……わたくしは部屋で一休みしてから向かいます」


 ヴァネシアに呆れながら、王女は私室へ戻る。


 己を映す鏡を見つめ、まったくもって愚か者ばかり、今日は大切な式典を成功させねばならないのに誰一人として理解してくれない、と小さく愚痴る。

 そういう時、王女は過去を回想して心を落ち着ける。

 思い出すのは、聖女をなぶり殺しにし続けた当時の記憶だ。




 あの聖女は人類根絶の意味でも役に立ったが、女としても実にいたぶり甲斐のある相手だった。

 魔力さえ供給すれば、煮ても焼いても死なない。そのうえ精神異常耐性により心が壊れることもない。


 だから女としての尊厳も徹底的に使い潰した。

 子を宿すべき場所を徹底的にいじくり回して慰みものにしたはもちろん、その綺麗な髪をすべてそぎ落とし、耳をえぐり眉を剃り、その舌に鉄釘を打ち込んでやったまま人類種の前に晒したのは本当に楽しかった。


 何より最高だったのは、その哀れな姿を捕えた仲間達の前に晒し、その眼前で処刑してやった時だろう。

 とくに<魔法使い>エミリーナを目の前で殺してやった顔は最高だった、とアンメルシアは口元を歪めて笑う。


「思えば思うほど、玩具として捨てるには勿体なかったですわね。……ずっとわたくしの手元において、人類最後の記念品として弄び続ければ良かったのですわ」


 記念式典として、御父様や御母様そして姉妹達に良いところを見せようと処刑したのは失敗だった。

 しかも式典はその後、人類種の最後の反乱により泥を塗られる始末だ。


 エルフ種は長寿故に、名誉や体裁を重んじる。

 お陰で王女アンメルシアは人類殲滅の立役者でありながら、人類に反逆された歴史上最後のエルフという汚名まで背負うことになってしまった。


「まったく。最後の最後に、底意地の悪い聖女でしたわね」


 ……でも、その汚名も今日までだ。

 アンメルシアは完璧な美しさをもって式典を執り行うことで、その汚点を払拭したい。


 王女はいつだって、誰よりも美しく可愛くありたい。

 そのために、自分は完璧でなくてはならない。

 完璧さとは、美しさを最も端的に表現するものの一つだと彼女は信じている。



 過去を思い返している間に、ヴァネシアが新しいドレスを持ってきた。

 傷一つ無い純白のドレス。

 おそろいの白い靴。

 白。

 一切の穢れなき姿は、完璧さと美しさを備える自分に最もお似合いの色だろう。


 聖女の顔を思い出したことで、些か気分もよくなってきた。


「まあ良いでしょう。本日の式典をもって、わたくしは第三王女から次期女王に内定するのです。寛大な心をもって許しましょう。……ふふ。見ていてください、愛おしき御父様。御母様。そして私の姉妹達。……私は本日をもって、本当の意味で、この国を美しい姿へと変えてみせますわ」


 王女はうすら笑いを浮かべながら祈りを捧げ、近衛騎士長ヴァネシアを伴い、舞台へ向かう。


 父上より復興を任された、かつて魔王戦の最前線であったはずの花の都は、いまや彼女を称えるための都となった。

 王城のバルコニーより顔を出せば、民衆達が万雷の拍手で迎えるだろう。

 王女のための都。

 王女が百年かけて築き上げた、完璧なる美の象徴。

 王女を愛してくれる素敵な民。


 その全てに囲まれながら、去年、聖女と醜い人類種に傷つけられた汚れをぬぐい去ろう。

 そう信じて、王女がバルコニーより顔を出し、太陽の下へと躍り出たそのときーー


 雲一つ無い青空に、ふっと薄暗い影が落ちた。


 何事だろう、と王女は空を見上げて、


「……え?」




 馬車が、空を飛んでいた。




 その馬車は馬の代わりに銀色の箱を構え、ドゥルルルル、と不快な音を醸し出していた。

 魔力暴走を起こし、負荷に耐えきれなくなったのだろう。鉄の車輪が弾け、荷台も何もかも空中分解し藻屑となって降ってくる。


 ヴァネシアが魔術盾を構える前で、馬車はべしゃりと潰れて瓦礫になった。

 業者らしいエルフがべしゃりと下敷きになり、首筋に壊れた木片が突き刺さったまま絶命する。


 その異様な光景に、けれど王女は目もくれない。


 王女が見ていたのは、空。


 太陽を背にしてふわりと飛んだ黒衣の女から、なぜか、目が離せない。


「まさか……?」


 女がゆるりと着地した。

 その顔を見間違うことは、王女だけはあり得ない。


 優しい茶の髪に、王女と並ぶくらいの背丈。

 人間としては標準的なのに、愛嬌と可愛さの混じる幼めな顔立ち。

 世界から寵愛を受けたはずの女は、王女の前でその表情をーーにいぃぃぃっ、と愉悦極まりない笑みへと歪め、腹を抱えて笑いだす。


「ああ、ああ。……落ち着いて。落ち着いて。静まりなさい、私の心。私の身体。私の魂。……ダメよ、ダメです。すぐに殺しちゃうなんて勿体ない勿体ない勿体ない!!! ああ、でも、でも、でも! 私はもう、喜びを抑えられません! あは、あはははははっ! いひひひひっ!」


 ヴァネシア達が遅れて、剣と盾を構える。

 それでも女は笑いが止まらず、けらけらと壊れた魔術具のように笑い続けて顔をあげた。


「……聖女、レティア?」

「お久しぶりです。ええ、五体満足であなたの前に立てるのは、本当に久しぶりです!!! さあ、私は戻ってきましたよ。王女アンメルシア……っ!」


 かつて<聖女>と呼ばれた女が、血塗れのメイスとともに、復讐の産声を上げた。



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