ことの顛末 Side元ヤン先生
まえがき
四月以降はおそらく更新頻度が落ちます。
申し訳ないです。
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この高校でよく話題になる少年、佐倉朔夜が保健室に抱え込まれてから一週間。とても男だとは思えぬ滑らかな肌に酷い傷が数多に走っていたのを見たときは、退廃の思いを抱きかねないほどの魅力が満ちていたと覚えている。
それは人には見せられぬ姿。痛々しいとか悍ましいとかそういった理由からではなく、あまりに魅力的すぎるのだ。美少年や美少女を殺戮する人間が歴史上に何度か出てくるのもあれを見れば頷けてしまうほどの物がそこにあった。
女でないことが酷く惜しい。これを専制国家に送り込めば、国の一つや二つを乗っ取ることだってできただろう。いや、それは今のままでもできるかもしれないが。
いまだにそのことが脳裏に浮かぶ。あのどうしようもなく残念な性格と言動がなければ男にも女にもモテた事だろう。外見に反して内面はかなり滅茶苦茶なものであるらしいことを人伝えに知っている。話を聞くに内外がちぐはぐな生徒だ。
六限が終わるチャイムの音。廊下から零れる騒がしさが保健室に流れ込む。
「失礼します」
引き戸が滑らかに開かれる。途端喧騒が強くなり、その後凛々しい声が聞こえた。
これはたしか藍川と言う女だったはずだ。青っぽい色合いが特徴的でヒーローをしているお嬢様と言った風貌の女子生徒。凛々しく、二年の女子から「騎士」と称される正義感のある生徒。しかし先日その噂とは真反対の姿を彼女は目撃した。
ラップトップから目を離しその生徒に目を向ける。その冷静沈着な様は先の傾国の少年をあれほどまでに傷だらけにし、ヒステリーを起こしていたとは思えない。
人と言うものは案外心に闇を抱えているものなのだろう。
養護教諭が思案していると、その背後から続々と人が入り込む。
保健室がカラフルになった。そして例の少年もやって来る。
「できれば失礼してほしくないが」
首を傾げ、そういえばこの連中は恋争いをしていたのだと思い出す。適当言って面倒を回避しただけで、あんな約束事を覚えていなくてもよかったのに。
面倒そうに、しかし自らそれを言った手前、いやいや彼女は口を開く。
「それで、その様子を見る限り――なんでどっちも顔死んでんだよ」
とはいえこの教員に女としての絶世の美貌を持つ男子高校生と、幾段劣るものの個性あふれる美を持つ女子生徒の恋の対立と言うのに関心がないわけではなかった。むしろ時折夢想し笑いを零すほどに興味津々であった。無論それは部外者としてだが。
ゆえに保健室に流れ込む総勢六人の少女少年を興味深く眺めていた。
そして彼女は『同盟』と力強く自称した生徒達の顔が暗いことに気付く。幼馴染側で、しかも男が勝ったのだと驚く。しかしそれは同じく死んだ顔をした少年の登場によって疑問に変わる。
これは想定していなかった事態だ。口から出る言葉とは裏腹に、彼女の心はウキウキわくわくに包まれていた。
「……なにも聞かないでよ」
悟りを抱いているかもしれない。死んでいるようにも見えて、しかしその美貌を加えると仏のようにも見える表情をした長髪の少年は穏やかな神性を孕んでいた。
静かに遠くを眺める少年の顔は芸術品にも思われた。
「なんだ、もしかして赤井ってヤツはすでに彼女持ちだったのか?」
それではあまりにつまらない。ほんの少しの失望を顔に現す彼女。
じっとりと睨む少年の目線を押し返す眼力には依然好奇が溢れている。
「……はぁ、それだったらまだよかったよ」
「……本当、自信なくす」
大人げなく、少年少女の不健全な恋の争いに瞳をきらめかせる彼女。その視線に当てられて当の五人は大きくため息を零した。中学生だという白の少女が唯一けろりとした顔をして、頬を膨らませていた。
しかし退屈な養護教諭と言う職に就く彼女には刺激を強く欲していた。かつてはやんちゃをしていた彼女。自らの意思を持ってこの職に就いたとはいえ、あまりに禁欲ばかりの生活を送っていた。だからこそ今彼女の貪欲は爆発していた。
「なにがあったんだよ? 聞かせろよ、な?」
「……じゃあ話しますよ」
俯いているばかりの六人のうち、少年が口を開いた。
鼻息荒く詰め寄る彼女を相変わらず半眼でねめつけながら。
□
『同盟』による一斉攻勢を初めて二日目。
今日こそは赤井クンは連中に付きっきりで自らに構う暇もなかろうと朔夜は考えた。あれほど『同盟』は躍起になって息巻いていたからそんな暇もなかろうと。
朝早く、とりあえず一週間ほどすべてのSNSでブロックをした頃のことである。
朝の散歩を終え、過剰な量の朝食を口にかき込み、いつもの学ランを着て、艶やかな髪を整えリュックを背負う。玄関に着きローファーを吐き、扉を開ける。そうして学校へ向かう憂鬱な第一歩を踏みしめる。……その寸前に彼は赤井の顔を見た。
「うぇっ!? なんでキミここにいるの!?」
朔夜は驚愕した。いつも平日は学校の教室でその日初めの顔を合わせをしていた。
しかし今日は違う。玄関の扉に寄りかかるようにして赤井がそこにいた。挙句その顔には不気味に口角が吊り上がった笑みが張り付いていた。
間髪開けず朔夜は悲鳴を漏らす。
軽くホラーだと、涙目になった。
「昨日お前に心配かけたからさ、寂しい想いをさせないようにな」
ミントの爽やかな香りが朔夜の鼻腔に流れ込む。
筋肉質な身体つきに、かなりの身長を持つ赤井は妙な香水をつけていた。
「ほら、早く行くぞ?」
気持ち悪い笑みに、まるで汚物を見るかのごとく朔夜は目線を送る。柔らかく手を掴まれ感じたことのない悍ましさが小さな体を突き抜けた。
しかし学校に行かねばならぬから仕方なしに赤井について行った。
手をつないだまま、朔夜の一日は始まった。
学校にたどり着く。しかしいまだ朔夜の手は赤井の熱く厚い手に包まれたまま。
教室に足を踏み入れると『同盟』の四人が赤井と朔夜を囲い込む。何度かその小柄な体に辛辣な目線を向けられたが、しかし恋に盲目な少女たちは一人の少年を無視して男らしい体つきを愛おしく眺める。
朔夜はぎゅうぎゅうと赤井に詰め寄る『同盟』の少女たちからはじき出された。
ようやくの安寧。
しかし息を零したその瞬間、朔夜の視界はぐわんと急激に動いた。
「ごめんな、ちょっとこいつが寂しがってるみたいだからさ」
「ひぇっ?」
抱き抱えられている。それもお姫様抱っこをされている。それに気付いたのはあんぐりと口を開く若葉色と、鬼の如き目を向ける藍色を眺め、その背後でなにか納得したような顔を見せるクラスメイト達を眺め尽くした後。ようやく気付いた。
それくらい朔夜は混乱していたのである。
「なな、なにしてるの、なにしてるのキミ」
「長年の付き合いの中で、俺はお前をないがしろにしていたみたいだ」
甘い声、甘い笑み。耳元で囁き、可愛らしい顔にかかった前髪を丁寧に払う。小さく頭を撫でてから、硬直する『同盟』たちを押しのせ朔夜を席に座らせた。
すでに朔夜の顔は恐怖と悍ましさに青く染まっていた。あわや泡を吹いて気絶してしまいそうな、そのような表情を浮かばせていた。
「お前もこうやってスキンシップをしてただろ? だから俺もこうしてしてる」
「――ぅぇ」
わざわざ窓と椅子の隙間に入り込み、背後から朔夜を抱きしめる赤井。その顔はとても爽やかで、そのうえどこか蕩けている。普段堅物で、笑うことはあろうともこのような顔を見知らぬクラスメイト達は眼を剥いた。
「お前もこんな気持ちだったんだな。お前が、可愛くて仕方なく思える」
「ぶくぶくぶく」
頭を撫でつつ、遂には朔夜の髪をなでながら耳たぶを食む。
時折吐息が耳の中に入り込む。
敵愾心を秘めた目を向ける。その中で朔夜はすでに死にかけていた。
泡を吹き、悍ましいことを平然と、立て続けに行う赤井に対して抵抗もできずにされるがまま。魂はすでにここでなくどこかここではない場所へと飛び去っていた。
しかしこの拷問は未だ終わらない。
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