赤井クンとボク

 『同盟』を称するヒーロー部の女性人たちが過ぎ去ったのは五限も半分くらいは過ぎたという頃。あれほど過激に追及をし、面の顔が厚くも赤井クンの様々な情報をすごい剣幕で搾り取ってくれた。好きな食べ物から好きなタイプ、果ては性癖まで、一体赤井クンになにをしようかと恐ろしくなる質問までされた。

 しかし帰る時はあっという間に帰っていった。「では一週間後、また話し合いましょう」と言って、妙に艶やかな顔を露呈させる三人は穏やかに保健室を出た。扉を開ける瞬間、片方の耳と頬を赤く染める白と藍が倒れ込んできたのには驚いた。こいつら長時間聞き耳を立てていたらしい。その執念にやはり恐ろしさを抱く。しかしそれでも彼女らは帰っていったのである。

 まさに嵐のようであった。

 同時にほんの少しだけ赤井クンに悪いことをしたと思う。ちょっと尊厳を徹底的に粉砕しうる情報も渡してしまったし。でもまあ大丈夫だろう。尊厳が破壊されても死にやしない。でぇじょぶだ。


「……お前、実は性別を騙っていて女だったりしないよな」

「どうしてんですか急に」

 耳の中にこびりついた『同盟』の甲高い声色がようやく消え始めた頃、元ヤン先生がボクの肩に手を掛けながら疑わしげな声を漏らした。しかも強く疑っている風な目を向けてきている。なにを失敬な。

 失礼な元ヤン先生の手を払い強く睨む。


「ボクは心の底から純度百パーセントの男ですけど」

「ならよくもあんなことを女に言えたもんだな。サイコパスかよ」

「よくそんなこと言えたな、半分以上は女のくせに」

 呆れるばかりの元ヤン先生は払われた手でボクをはたく。

 本当に失礼。ボクだってちょっとは反省してるのに、サイコパス呼ばわりは酷い。

 あとピコは本当に許さない。覚悟しておいてほしい。


「赤井とかいうヤツに謝っとけよ」

「ぜ、善処はするよ?」

「へ、ん、じ、は?」

「……はい」

 酷い言論封鎖をされたように思われる。これだから教師と言う連中は根が腐っているんだ。自己意識と言うものを社会的地位と脆弱な権威によって封じ込め、理性から外れたところにある非合理性の常識なるものによって思想を押し付けてくるのだ。

 無理やり謝ることにさせられた不満に頬は自然と膨らんだ。こうして講義をしたのだけど、先生は一瞥もなく書類の束へと目を落としてしまった。

 やるせない気持ち。仕方ないのでベッドでふて寝することにする。

 捕まえた途端白毛玉になったピコをわさわさ撫で繰り回しながら。


 □


「朔夜、だいじょ――なにしてんの?」

「んぁ?」

 六限終わりのチャイムが鳴って十分もしないうちに赤井クンがやって来た。SHRもあったというのにかなり急いでくれたようである。

 ベッドを囲むカーテンを開けた時表情には切迫が現れていた。息切れもあってどれほどボクを心配してくれたのかを実感する。しかし当のボクはピコに煽られた怒りにかられ、俯けに寝転がり白い毛玉を撫でまわしているばかり。赤井クンが抱いているような焦燥はなかった。


「なにも、ないけど」

 この意識の格差になにも思えないほどボクの感性は死んでいない。流石に申し訳なく覚えて白毛玉を布団の中に隠して、作り笑いを赤井クンに見せる。そんなことをしていると何故か安堵したような顔を見せた。

 意味が分からない。怒られると思っていたが安堵されるとは思わなかった。


「そうか、なら安心した」

「……なんでキミ、にじり寄って来るの」

 気持ち悪さを覚える。

 しかも何故か赤井クンはボクに近付いてきていた。

 胡乱気にその様子を眺める。


「おい、おいちょっと、なにしようとしてるのさ」

 赤井クンは寝転がるボクに腕を伸ばす。あまりの奇行に今までじっと眺めているだけだったボクも思わずその手を払いのける。コイツは保健室で元ヤン先生もいるというのにおっぱじめようとしているのか。

 とんでもない精神を持っていらしい赤井クンを汚物を見るような目で眺める。

 しかし都合よく赤井クンは言語能力を失ったらしい。


「――うわっ!? なに、なにしようとしてんだよ!」

 失語症の赤井クンは逃げ損ねたボクをその暑苦しい筋肉を以て抱え上げた。突如襲う浮遊感に悲鳴を上げて目を瞑る。赤井クンと接する部分が熱くなる。

 それでも姿勢が安定した頃には状況を判断するために目を開く。

 するとそこには笑いこける妖精が一匹、半眼になってボクをねめつける人間が一人。そして顔を覗き込んでくる筋肉が一個。そして自らを見てみれば赤井クンにお姫様抱っこされているのである。

 羞恥に襲われ、抵抗のために暴れる。


「うちのヤツがお世話になりました」

「まず、まず他人に感謝する前にボクを下ろせ、はやく、早くしろ」

 ボクにはまるで反応してくれないくせに、元ヤン先生に対しては会釈する赤井クン。その悪辣さに憤慨し命令口調で訴えかける。なにをどうすればこんなこっ恥ずかしいことをしてくれたのかと。加えて赤井クンの身体を殴る。


「ねえ、まって、まって、歩ける、ボク歩けるよ?」

 会釈をした後、赤井クンは身体を翻し保健室の扉へと歩を進め始めた。ここまで赤井クンに対し横柄な態度に出ていたボクも流石にこの状況になると懇願するに至る。野郎にお姫様抱っこされるなんて男としての矜持の危機である。

 挙句それを見ず知らずの後輩先輩同級生に見られてみろ、ボクは羞恥で本当に死んでしまうかもしれない。だから赤井クンの胸板に弱々しく手を重ねて上目遣いで頼む。せめて下ろしてと健気さを演じながら。

 赤井クンはこういうのが性癖であると知っていたから。


「ひぅ――」

 扉は無常にも明けられる。平然とした顔をして赤井クンは廊下を歩き始めた。

 今は放課後になったばかり。部活動に向かう生徒も、帰路につく生徒もまだそこら中に溢れかえっている。その中でお姫様抱っこされている人間は目につくのだろう。ボクは色々な人に好奇心に満ちた目を向けられた。

 もはや悲鳴も出せなかった。


「おねがい、おねがいだから、やめて」

 校門の辺りまで連れられたころ、ボクはもう本心から懇願していた。

 羞恥によって叫ぶこともままならず、震える声で頼むことしかできない。

 市中引き回しを味わっているような気分だった。



 それから解放されたのは高校から駅まで向かう道の中間くらい。ピコの持つ不可思議な力によって傷は治癒したことを力説し、腕をまくりお腹を晒してみたところでようやく解放されたのである。

 その間に百人くらいには見られただろう。

 ほんとうに赤井クンって大っ嫌い。性格悪すぎ。


「どうして早く言ってくれないんだよ」

「おまっ、おまっ」

 しまいにはそんなことを平然と吐きつつ肩を竦め「ヤレヤレ」と言わんばかり。言語能力を失いかけるほどの憤怒が心を埋め尽くす。

 しかもヤツはすたすた先を歩いていきやがった。


 嫌いだ嫌い。大っ嫌い。

 なんでこんなイカレ野郎を好きになるやつがいるんだ。

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