赤井クン同盟の一斉攻勢。

まえがき

 ちがう、わざとじゃない、わざとじゃないんです。

 またしくりました。

――――――――――

  ―――――――――――


 朝、陰鬱な学校のさらに陰鬱な教室。

 高校生とはいえ朝方は眠いものである。おかげで毎朝静けさが満ちている。皆が皆スマホに付きっきりで殆ど会話は耳に入らない。そんな場所だった。


「赤井くん、久しぶりに今度一緒にご飯食べに行かない?」

 しかし今日は違う。廊下にまで響く姦しい喧騒は響いている。

 甲高いその声が朝の気怠い、登校して教室に入ろうとしたボクの耳を突き抜けた。甘く媚びる様で、しかし甲高く不快な声。『同盟』を名乗るうちの一人だと分かる。

 一斉攻勢を認めたのは間違いだったかもしれない。眉間を押しつつ思った。


「最近そういうことしてないなってふと思って」

 扉を開ける。そこには想像していたよりもほんの少し凄惨な光景が広がっていた。筋肉隆々、燃えるような赤が特徴の赤井クンの周りには捕食しようとする蛇のごとく『同盟』のカラフルな色が纏わりついていた。

 顔を覆うように手を当てて瞼を閉じる。視覚的にも、しくったかもしれない。

 あれの横に座るのかとため息がこぼれた。


「それに近頃は他のヒーローたちも来ているし、一度少し息抜きしましょう?」

 しかし座らないという選択肢はない。鬱陶しい限りで、あの席に座り込んだとしてまともに本も読めないことは想像に難くない。しかし小説を立ち読むするのはかなりつらい。それに授業があるからいつかは座らねばならない。

 心して座す。嵐の中にいる赤井クンに絡まれぬよう。『同盟』からいらぬ不興を買わぬよう。おじいちゃんに習った得も知れぬ謎の呼吸法を用いて、存在感を消す。

 うねうね動く『同盟』たちをぬって歩みようやくボクの席にたどり着く。

 すでにボクは一週間後『同盟』を阻止しようと決心した。


 ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ、すごく煩い。イヤホンをつけ、結構な音量でハイテンポな曲を流してくるのに時折甲高いのが突き抜けてくる。目を開けてみるとはらりはらりと、インクをぶちまけたような目にいたい色が舞っている。赤井クンの机が真隣りのお陰で連中、ボクの机に何度も当たってきやがる。

 おかげでおちおち寝ることもできない。

 不満がたまって、しかしこれを認めたのはボクだから言うに言えない。

 本当に失敗した。後悔が胸を占めた。


「――うぉっ、朔夜お前居たのかよ!?」

 しばらくしてSHR始まりのチャイムが鳴る。今まで赤井クンに付きっきりだった彼女らも渋々自らの席に戻る。それでようやく赤井クンはボクに気付いた。今まで壁のように彼を囲んでいた連中がいなくなったことに視界が晴れたからだろう。

 どうせなら気付かない方がよかったかもしれない。連中との取り決めに赤井クンと関わっていけないというものはない。ただ厄介なことにはなりそうだったから。

 女の嫉妬を藍色に教えてもらったから。


「おい、朔夜おい、お前何企んでんだおい」

 SHRだというのに騒がしくボクの身体を揺らす赤井クン。いつからキミはそんな不良になってくれたのかと失望の念を抱かずにはいられない。

 そしていい加減気付いてほしい。いくら揺すってもボクが起きないことを。


「お前、もしかして、能力を使って洗脳したのか、アイツらを」

「――ちがうから」

 しかし赤井クンの阿呆らしさと言うものをボクは感情に入れ忘れていた。いきなり力強くボクの身体を抑え、不穏なことを言い出したから仕方なく顔を上げる。こんな仕様もない色ボケ連中の所為で獄中生活なんてこと死んでも御免だ。


「むしろキミが、あの人たちを洗脳したんじゃないのか」

「は? なにをいって――」

 こちらに非があると信じてやまない赤井クンに少し現実のヒントを教えてやることにする。と言ってもすべてはボクの主観。コレに惚れるだなんてやっぱりどう考えても洗脳以外理解できない。この、高校生でさらには男子だというのにボクをお姫様抱っこして運んでくれた常識無しを好くなんて意味不明だ。

 あるいは彼女らの目には科学技術によって特殊なフィルターでも埋め込まれているのかもしれない。その程度に『同盟』の赤井クンに対する好意を信じていない。


「では赤井、俺の言ったことをもう一度行ってみろ」

「えっ、……ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 訝しんだ目を向ける赤井クンは、先生の一声によって口を封じられる。挙句無駄にでかい身体をきょろきょろさせて無様な姿をさらし始めた。

 やぁっぱりボクを疑うからこうなるんだよ脳筋。

 べー、と舌を出してやった。


「俺はお前にも言ってるんだ佐倉、赤井を煽る権利はお前にはない」

「……それはそれは、失礼いたしました」

 ボクは寝ていただけなのに。赤井クンに揺らされただけなのに。

 そして赤井クンにちょっと不穏なことを言われたから反論しただけなのに。

 暴論教師め。だから嫌なんだ教員と言うやつは。


 □


 学校で生徒同士がコミュニケーションを取るのに本来許されるべき時間は休みの時間と、授業中に作られるディベートやらの時間くらい。しかし休み時間は朝の通り『同盟』の連中が赤井クンに付きっきり。授業も英語でのコミュニケーションの類でしか赤井くんとは関わらない。

 だから今日、ボクは赤井くんとは全く関わらないで済むと思っていた。

 赤井クンは少なくともボクなんかよりは大分優等生の部類だ。成績ではボクの方がちょっと高いけど、でもこれは授業をしっかりと受けている……少なくともそういった風を演じる程度には真摯なヤツ。授業中に絡んでくるとは考えていなかった。


『おい』

『なに他人面しやがってんだよ』

『おい』

『説明しろ』

『おい』

『聞いていますか』

『おい』

 スマホは十秒に一度ぶるぶる震える。授業中であからさまにスマホを見ることもできず代わりにピコに呼んでもらっていた。そして知るのは赤井クンが授業中であるくせに狂ったようにメッセージを送って来てくれていることだ。

 いつの間にキミはそんなに不良になったのか。


「『お前の女装写真ばら撒い――ってアンタ巫女服以外で女装した事あるの?」

 しかし頼んだのがピコと言うのが大きく間違っていた。

 まだボクの女装を煽ってくれたのならよかっただろう。しかしコイツは、ボクが今まで赤井クンに話してもいない巫女についての言葉を口走ってくれたのである。


「『巫女?』『巫女ってなんだよ』……あぁ、赤井にあのこと言ってなかったのね」

 言ってねえよ。だから黙って。

 赤井クン、普段はボクに煽られるだけ煽られているのに、女装関係になって来ると鬼の首を取ったように馬鹿にする言葉を投げ掛けてくるのだ。最初はボクが女装すると顔を真っ赤にして硬直していたくせにである。どの口で煽ってるんだと言いたい。

 そして決まって言うのが「女装癖」という単語である。そんな癖ボクには無い。


「とにかく面倒臭いからアンタら自分の口で喋ったらどう? お口あるでしょ?」

 なぜ「アンタら」呼ばわりされないといけないのか。ボクは一度もメッセージを送っていないのに、なんで狂ったように送って来る赤井クンと一括りにされるのか。

 酷い、理不尽だ。


「へぇ、やっぱサクヤって女装の方が似合うわね」

 おい、まて、なにがあった。


「恥ずかしがっちゃって、アンタって意外に可愛いところあるよね」

 赤井クンの大きな鼻息。んふふ、とにやけているらしいピコの声。

 なにが起こっているか分からない。分からないがなにかボクの尊厳に対する侮辱を覚えて怒りが沸き立つ。プライバシーと言う言葉も知らない不届きもの、赤井くんに対しての罵詈雑言が脳裏を回る。


「あららら、こぉんな恰好しちゃって、若いって羨ましぃなぁ」

 ボクは解した。

 この男が不倶戴天の仇であることを。

 あとピコも相容れぬ存在だと知覚した。

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