完全不審者 ロリコンの赤井クン

 二限が終わり休み時間。

 ボクらのクラスは体育であったので皆が皆そそくさと体操着から制服へと着替えている時間。ボクは見た目が見た目であるから個室のトイレで着替えていた。


 しかし、と学ランのボタンをつけ、髪の毛を直して一呼吸。

 どうにも今日は赤井クンが酷く怒っている。思ってみれば不可思議なことだ。

 今日は『同盟』の連中が赤井クンにまとわりついている。しかしそれは怒るようなことではない。だって彼女らは全員が全員個性的な魅力を持つ美人。シベリアの如き凍てついた恋愛遍歴を持つ赤井クンにとっては喜ばしいことではないのか。

 そも、ボクはたしかに赤井クンについて連中に語った。しかし連中とて往来で「赤井くんってロリコンなんでしょ?」なんていうわけがない。

 だからそのこともバレているとは思えない。

 一体赤井クンはなにに怒っているのか、それが分からなかった。


 綺麗になったトイレに座り思案する。ピコは入り口のところで待たせてあるため、静かに物事を考えられてとても良い。しかし不可思議なのは変わらない。

 ボクに怒りの矛先が向けられるのは良しとしよう。赤井クンの経験則から言ってもなにか彼におかしなことが起きれば、大概はボクに起因しているし。

 でも怒るのは分からない。

 考えて考えて、しかし分からないまま。


 ならばすっぱりと忘れてしまおう。それが一番正しきことだろう。

 ボクは個室の扉を開く。ピコを待たせているのも悪いし。


「……はっ?」

 しかし五秒ほどでまた個室の鍵を閉める。

 一瞬何か見てはいけないものが見えた気がして。悍ましき光景が、恐ろしき光景がそこに広がっていたように思われて、反射的に扉を閉め鍵を閉めた。

 一体今のはなんだったのか。手を顎に当て考える。

 緊急通報が出来るように片手にスマホを携えて。

 とはいえ先程まで体育をやっていた。脱水で幻覚が見えていたのかもしれない。なにか良くないものを幻視しただけに決まっている。ボクは鍵を開け、扉を開く。


「……ぇ、ほんものだ」

 幻ならば実体はないだろう。だからとりあえず腕をフルスイングしてみる。同性幻なんだから好き勝手してもよい、そう考えて。しかしパチッと音が鳴り拳に反動がやって来る。ようやくそれが本物であると気付く。

 途端少しの恐怖が訪れる。


「言っとくけどこれは赤井の方が悪いからね。トイレの扉開けたらそこに大男が待ち構えてるんだから。恐怖しか感じないわよ普通」

 コイツ覗きでもしようとしていたのか。

 思わず身を抱え、赤井クンを枯れたミミズでも見るかのごとく目で見つめる。

 そうしていると赤井クンの肩に乗っていたピコが、ゆっくりボクの下に降りてきた。トイレの前に突っ立っていた赤井クンに対して毒吐きながら。


「ちょっと、おと――幼馴染同士で話をしようや」

「ぇ……どこからツッコんだ方がいい?」

 言葉遣いがおかしい。「しようや」ってなんだその胡散臭い台詞は。続いて言い換えをした意味が分からない「男同士」で良いじゃないか。そして最後に赤井クンがここにいる意味が分からない。

 どう見ても不審者。この状況でなにを平然な顔をしているんだか。

 ……いや、ないのだろうな。

 性犯罪者と言うのは自らが悪いことを自覚していないヤツがたまにいるらしいし。

 兎角、話を聞こうじゃないか。


「覗き?」

「ちげえよ、なんで今更お前の着替え姿なんて見なきゃならんのか」

 言っていることは一見合理的。

 赤井クンの部屋。ゲリラ豪雨でも降ってきて、ボクも赤井クンも傘がない時は、近い赤井クンの家に毎度避難させてもらっている。その時には着替えることもある。

 そこは正しい。

 ただ、その時のボクと今のボクには一つの相違点がある。


「女になってるからって、無理やり襲おうとしたの?」

 今のボクは女。尋問されたけども懲りずに金稼ぎを継続中。

 それを知る赤井クンが、襲われれば泣き寝入りする事しか出来ぬだろうボクを無理やり襲おうとしている。その可能性は未だあった。

 赤井クンは良いヤツだ。でも良いヤツでも性欲が爆発してしまうことがある。今まで知らなかったが、それが赤井クンという人間なのかもしれない。

 初めて知った幼馴染の一面に悲しくなって、そして肥溜めでも見るような目で見てしまう。こうなってしまえば最終手段も視野に入れておくべきか。


「違う違う、俺はあいつらの、ヒーロー部の奴らを聞きてえんだよ」

 たしかピコが言うには、女のボクがキスをすれば相手を完全に洗脳できるらしい。そのことを思い出し、襲われかけたらそうしようと決意していた。その頃に、赤井クンはボクの肩をがっしり掴み、すごく紳士な目でそう語った。

 一寸の誤解の余地がないように、それ以外のことを思っていないと訴えかける目を向けられる。そのあからさまな誠実さに疑念は強まる。


「あいつら急におかしなことし始めたけど、お前なんか企んでるだろ」

 とはいえ襲われたら襲われたで最終的な手段をボクは持っている。だからとりあえず赤井クンの言を聞いてみることにした。

 向けられる真摯な目に、ほんの少しの敵意か懐疑が浮かべられ、ちょっと苛つく。


「……企んでるのは百で向こうなんだけど」

 疑われうることをしたことは認めよう。しかし冤罪を向けてくるのは許せない。

 今回はボクは部分的な被害者。一斉攻勢とかを言い始めたのは『同盟』側で全てが主体的に行われている。ボクは最後にそれを許容しただけ。


「でもサクヤが遠因を作ったのも事実よね」

「……お仲間さんはこう言ってるが?」

 しかし何故か曖昧な台詞をピコが履いてくれたおかげで、赤井クンの疑念は強まる。あたかもボクが主犯であるかの如き目を向けてくる。

 後で〆ることが決定事項となった。


「連中がしたいって言ってたことを認めただけ、それ以外はなにもしてない」

 ヤンデレの藍色女を作ったのはボクではなく赤井クン。いたいけな中学生小白ちゃんを誑かしたのも赤井クン。直接的に関わっているのはボクではなく赤井クン。

 なのになんでこいつはボクに責任を押し付けようとするのか。

 やっぱりリア充は碌でもない生き物。滅すのが吉だろう。


「まず最初に言っておくけどあの人たちはボクがなにかをする前から、キミに対して好意を抱いていた。信じられないけど、藍色女は狂気的なくらいに恋していた。だからボクは昨日アイツに襲われたんだよ、女狐とか言われて」

「お、おい、なんだ」

 むかつく。赤井クンのくせに本当に生意気でうざい。なんだか怒りがどうしようもなく湧き上がってきた。不快で不快でたまらずに、ボクは赤井クンの襟元を掴む。くるりと身体を回して、トイレの側に赤井クンを押し込む。


「第二に、ボクは連中にキミのいろんなことを話した。どういう女がタイプなのかとか、好きなもの、趣味、性癖、スリーサイズとか諸々。でもそれしかしてない」

「はなしをき――ってお前何してくれてんだよ! なんで性癖なんて話した!?」

 まったく、赤井クンはそうやってわたわたしていればいいのに。あまり抵抗らしい抵抗をしない赤井クンをトイレに押し付ける。


「第三に、元々ボクを敵視してた彼女らがボクのキミに対しての態度を――ボクがキミで遊んでるだけで別に恋心なんていないことを――知ってキミにアタックしようと決心したみたい」

「お前、絶対俺の性癖なんて知らないよな? 確実になにか勘違いしてるだろ? おい、おい聞けよ」

 黙れお前がロリコンだと言うことは知ってるんだ。スマホを見て、ブックマークを見てそれを確認している。大分アブノーマルの入ったロリコンだと知っている。


「ボクはヴィランだ、だから立場が弱いことは重々承知しているさ」

 赤井クンが抵抗してくれなかったおかげでボクは、優位を取った。

 トイレに座る赤井クンに身体を倒して冷たい声で語り掛けて上げる。

 もうこの際、赤井クンに対しては徹底的に嫌がらせをすることにした。


「でもね赤井クン。ここで今ボクが悲鳴を上げてみるとしよう」

 赤井クンの顔がぴきりと面白く硬直する。


「キミのような大男とボクのような奴がトイレの個室で二人きり」

 若干身体が震えて、ボクを押し返そうとするが、しかしその手は空を舞う。ボクに触れた瞬間叫ばれるかもしれないと気付いたのだろう。


「ボクは結構怒ってるんだ。元からヒーロー部の連中は嫌いだったけど、」

 そう、これでいいんだ赤井クンは。

 ボクに牙をむかないで優しくしてくれるだけでいいんだ。


「とはいえキミのことは良く知ってるからな。付き合いだって長い、こんなちんけなことで関係を崩そうとは思わないよ」

 しかし厳しくし過ぎてしまうと赤井クンが逃げてしまうかもしれない。こんなに面白くて大切な玩具を逃がすなんてこと絶対に許せるわけがない。


「だからキミは、そのハーレムを黙って喜んでいればいいんだよ。分かったかい」

 最後にご褒美とばかりに微笑んでやる。彼を立たせ、トイレから蹴り飛ばす。


「じゃあ、ほら、行って行って」

 飲み込み切れないと言った顔をしていた赤井クンを無理やり教室に送り出す。



「むかつくむかつく、むかつくなぁ」

「生理、生理なの? それとも更年期? ねえねえ?」

 けれども送ってから怒りが再燃した。

 ピコも油を注いでくれる。


「なんでそうなったのかは知らないけどキミも相変わらず鬱陶しいな」

 今のボクはたしかに女。でも生理なんて来たことがないし、おそらく今後も来ることはない。あと更年期って高校生でなるものじゃないし。


「ていうかアンタもしかして自覚ないの?」

「なに」

 そんなとき、ピコがクスリと笑った。


「あはっ、ならいいや、言わない方が面白そうだし」

 赤井クンも赤井くんなら、ピコもピコ。

 よくわからないことを吐くピコを無視して教室に戻った。

 

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