赤井クン同盟なる理外の存在

まえがき

 ちょっとだけ更新をしくじりました。

 具体的には『ボクと赤井クンの客観的な関係性』の前にこの話を挿し込んでしまいました。本当に申し訳ないです。

――――――――――

  ―――――――――――




「なればこそ」

 その瞬間。その一言。今まで冷静沈着に思えた若葉色の瞳の中に、力強い感情が露わになる。そこには溢れんばかりの歓喜があって、そこには抑えきれぬような興奮があって、しかしその感情が爆発一歩寸前のところで理性に押せつけられているような瞳だった。空気もあからさまに変化する。


「私たちの誰かが赤井くんと交際関係に至ったとしても問題はない、と仰るのですか? 私たちが赤井くんを奪っても、そこに文句はないと?」

「……まあそうだね。別にボクは赤井クンの所有権を持ってるわけじゃないし」

 脅すような口ぶり。明らかにボクの言質を取ろうとしているそんな言葉に少しだけ怯える。けれども彼女の言葉はボクにとって別段の問題がないもの。だからこそ彼女の尋常ならざる様相に目を向けつつも肯定する。


「意地と恥ずかしさでそう言ってるんだったらやめた方がいい」

 真剣な顔つきで提案する元ヤン先生。その顔を見てそれほど赤井クンのことを知らぬだろう彼女も、ボクが赤井クンとの関係を持っていると思っているらしいことが分かる。本当、なんでこんなことになっているか分からない。


「そう言うことじゃないから」

「では私たちのいずれかが、あるいは私たちがあなたの幼馴染である赤井くんを占有してしまってもよろしいと?」

 人間に対して所有権を有することは日本国憲法的に駄目な気はする。でも別に赤井クンにボク以外の恋人ができるというのはどちらかと言うと歓喜すべきことだろう。近頃はピコのせいで女になれるようになってしまったから、下手をすれば本気でボクと交際を持ちかねないと考えていたから。


「むしろボクが聞きたいくらいだ。あんなヤツと付き合っていいのかい?」

 ボクは別に赤井クンが誰と付き合おうと構わない。赤井クンがボクより先に彼女を見つけるというのが些か癪に障るが、そこで足を引っ張るほどボクは性悪じゃない。

 しかし、しかしだ、このような美人たちが赤井クンと言う地雷で塗れた男をどう惚れさせようかと思案するというのがあまりに奇怪。おそらく彼女らの中では赤井クンと言う物件に対するバブルが怒っているのだろう。そこが心配だ。


「キミらは赤井クンの表面的な部分しか知らないだけで、あれは結構性格が悪いからね。表で口に出せない程度には罵詈雑言を吐いて来るようなヤツ」

 赤井クンだ、別にアレがとんでもない売女や悪女に引っかかったとて、あの鬱陶しさを前にすれば女側が改心するに違いない。赤井クンの性格からして、ファムファタールと呼べる女はおそらく地球上には存在し得ないと思われる。

 しかしだ、彼女らのような少なくとも良き心で溢れている稀有な女性たちが、赤井クンの筆舌に難い精神性に蝕まれるような姿は見たくない。


「おまけに筋肉が彼女みたいなヤツで鬱陶しい。挙句顔だって美形な方ではあると思うけどでもキミらにふさわしい程じゃない」

 しかも赤井クンの本態的悪辣の相貌について知り得るものはただボク一人。おそらく彼の両親でさえ赤井クンの根幹をなす悪意について知りえていないだろう。だからこそだ、ボクのわずかな倫理は彼女らが赤井クンと付き合う可能性を滅却せよと訴える。ボクに残った善心が必死に訴えるのだ。


「しかも粘着質なところがある。だから別れるのも大変だと思う」

 もはやボクがほんの少しまで抱いていた、重力に耐える気力さえも奪われる鬱陶しさなどは消滅していた。今あるのは記憶の中から掘り起こした赤井クンの悪性について、そして彼女らに対する慈愛の心と警戒すべきと言う魂からの自戒。


「どう考えたって不良物件。考え直すべきだ思うよ」

「それは……赤井くんが奪われたくないという意図での発言ですか」

 しかし不幸かな、もはや若葉色は赤井クンに対して半ば教信者の如き妄信を抱いているようだ。猜疑心によって薄く瞼の降りた眼孔の中、そこに隠れた瞳の中にはあろうことか怒りが溢れている。それはあれだけボクが「行為はない」と言っていたのにもかかわらず、未練深く赤井クンと付き合うことを阻止してくる卑小さへの憤怒か。それは信奉している赤井クンを貶されたことに対する憤懣か。

 おそらくそれは後者であろう。


「だから、ボクは赤井クンが誰かと付き合おうとしたってかまいやしない。ただキミらみたいな良い心の持ち主で美人さんには赤井クンはもったいなさすぎるってことを心配に思ってるんだよ」

「……それが本当なら、佐倉さんは赤井くんにどんな印象を抱いているんですか」

 そんなに疑うならまずもって疑うに足る論理をボクに見せてほしい。ボクはあまり頭は良くないけれど出来得る限りは反証してやろうと思っている。けれど彼女らはそうやって疑いにかかるだけ。

 なんだかこっちもちょっと苛ついてきた。あまりの話の通じなさに。


「精神的にも物理的にも暑苦しい。視界入れると気持ち悪いくらい。粘着質で一度怒らせると執拗に怒って来るし、偉そうに説教を振りまいてくれるからうざい」

「それは、佐倉さんが過剰に拒絶しているだけだと思いますけど」

 思えば『同盟』を自称するヒーロー部の女子連中に囲まれ、こうやって問い詰められているのも元はと言えば赤井クンの所為。そのことに気付いたボクは赤井クンへと思いのたけをぶつけてやった。恨みつらみを、こんなにも面倒臭い話し合いに巻き込んでくれた悪辣さに対して。

 すると若葉色の気迫も少し緩んだ。過剰な言葉にむしろ彼女がボクを諫め始めた。


「兎角です、あなたは赤井くんへの恋心を一切持っていないんですね」

「そう、そうだよ、ようやくわかってくれたかい」

 ようやく話の方向性も纏まり終わりが見え始めてきた。これが延々続くのかと意識を遠くにしていたがそのことに安堵する。おかげで大きく息がこぼれた。


「では私たちは赤井クンへ、一斉攻勢を仕掛けますがよろしいんですね」

「一斉攻勢……いや、構わないけど」

 彼女らとボクでは少し恋愛観が違うのかもしれない。『同盟』が結託して赤井クンと付き合おうと策謀し、ある一面においては共同戦線を張る。そこは理解が出来る。しかしボクと言う最大の障壁がなくなった後、各人が赤井クンを誘惑するのはおかしいだろうに。でもまあ他人の恋に口をはさむのも面倒なのでツッコミはしない。

 恋愛弱者たるボクには分からないだけで、恋のテクニックの中でも合従連衡のような作戦が効果的な可能性もあるし。


「いや、おい、ちょっと待て、まず一週間は様子見をした方がいいんじゃないか」

「……なんですか、ようやく話が終わろうとしてたのに」

 この長く無気力な議論が終わるかと思われたその瞬間、元ヤン先生が首を突っ込む。あまりの恨めしさに睨んでしまったが、おかげで鬼の形相で睨み返される。


「離れてからわかることってあるだろ、後になって後悔するなんてことない方がいい。しかも幼馴染なくらいには仲が深いんだから」

「そうですね。こうはいっていますが性別云々の問題もありますし、遠くに行って初めて自覚することもあるでしょうね。論を急ぎ過ぎていました」

 なぜか納得し始める若葉色。


「では一週間後、もう一度話し合いをしましょう。そこで佐倉さんが思ったことを告げて、今後のことを考えていきたいと思います」

「……もうそれでいいよ」

 ぐでん。固いベッドに身体を倒していい加減に声を返した。

 

「と言うことで佐倉さん」

「は、はい?」

 すると若葉色が随分と口角を上げてベッドに乗りあがった。それどころかボクを上から抑えつける様に肩を置く。体勢だけなら押し倒されたように見えるだろう。


「赤井クンについて教えてください、ねっ?」

「――いいよ、ボクが知ってることなら」

 しかし若葉色に首を絞められる未来を幻視して、ボクの口は勝手に動き始めた。

 それから、『同盟』による質問攻めにあったのである。

 そしてボクはぺらぺらと赤井クンのことを騙りに語ったのである。


 すまないね赤井クン。ボクがキミの情報をかき集めていたおかげで、そして彼女らの狂気を孕む恋心のお陰で、いまや恥部はさらけ出されてしまった。ただ、許してくれ親友よ。メロスを待ちわびるセリヌンティウスが如く、許しておくれ。

 だって幼馴染でしょボクら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る