ボクと赤井クンの客観的な関係性
「元から怪しいと思っていたんです。ただの幼馴染では無かろうと」
「すごい付き合いが長いだけの幼馴染ですけれど」
若葉色と山吹色、そして赤銅色に囲まれる。小白ちゃんは先ほど締め出され、そして先程狂気を振りまいていた藍色女は隣のベッドで縛り付けられている。元ヤン先生が直々に「これを野放しにしておくわけにはいかない」と言ったのだ。
しかしそれで根源が立たれたことはない。残る彼女ら三人も真面に見えるだけで本質の所では小白ちゃんや藍色女とはそう遠いものでもない。
「付き合いは長いからボクの中では結構特別な人だよ。でも赤井クンは――」
小白ちゃんの口から飛び出した突拍子もない推論を彼女らは共有しているらしい。そしてそれを一切疑わず完璧なものだと信じ切っている。ボクが心の底から赤井クンに思っていることを募っても疑わしき目を向けるだけ。
まず大前提として彼女らは間違っている。ボクは男好きじゃない。
「佐倉さん、私たちは決してあなたのことを馬鹿にすることはありません」
「……その配慮はありがたいけど、見当違いも甚だしいよ」
それだというのに彼女ら三人が向ける視線は憐れみと、そしてなぜか尊敬。義憤にかられボクの手を持ち頬を赤らめボクの心に訴えかけようとしているさまは、彼女らの善性をありありと示している。ヒーローをやっているくらいだから彼女らが善人であるということは端からわかっていた。……ただそれが悪質な勘違いというだけで。
確かに今時のジェンダー感覚であったり性自認云々の問題が広まって、そういったことに寛容になったことは事実だろう。しかしその中でも声を大にして自己について口に出せない人が多いだろうことも分かる。
ただ残念ながらボクはヘテロだ。ゲイじゃないし、トランスのビアンじゃない。
「第一ね、赤井クンなんてヤツにどうしたら惚れるって言うのさ」
そして一番理解できないのはそこである。彼女らは赤井クンになにかボクが惚れる要素があるとでも思っているようだが、そんなものは何処にもない。気持ち悪いくらいに几帳面だし、正義面が鬱陶しいし、顔が暑苦しく、肉体も目障りで、存在が暑い。見ているだけで悍ましさでクラクラしてくる輩にどうして惚れようか。
「確かにボクは赤井クンに対して悪戯はしたよ? キミらもそれを見てそんなことを言ってるんだろうけど、悪戯は赤井クンが童貞チキン野郎だからやってるだけ」
赤井クンはボクにとってどこにも逃げようとしないサンドバッグ。ボクがなにかそれっぽいことをすると、彼は必ずしどろもどろになる。その後ようやくボクを突き放し文句を言う。その間彼の頬は赤く染まっている。そんな反応が面白いからやっているだけで、赤井クンが好きだからやっているわけじゃない。
ヤツが手を出してこないと確信しているからである。
「しかし――」
「あー、お前たち、一生ここで話してるつもりなのか?」
議論は平行線。ボクが否定すると若葉色が「例えば~」とボクの過去の行動を論拠に「こんなことをしているのに、恋愛感情はないんですか?」と事細かに追及が及ぶ。しかしボクは「赤井クンが面白いから」の一点張り。一向にこの議論の終結の兆しは訪れない。そんな時だった、心底呆れた顔をした元ヤン先生が介入したのは。
「そうじゃないならお前たちが何故ここに来たのか、お前たちがこいつになにを聞きたいのか。それをまず言ってくれないと終わらないだろ。もう五限は始まってるが」
元ヤン先生の立ち振る舞いの割にずいぶんきれいな指が掛け時計を指す。先生の言う通りすでに五限が始まってから五分近く傍合っており、ヒーロー三人組は分かりやすく目を丸くする。こいつら夢中になって気付いてなかったのか。
「そしてその後にこいつが返答をする。それで終わる話だろ?」
「……分かりました、平行線のままでもいけませんからね」
渋々と言って若葉色は頷いた。流石に無限に時間を浪費して延々続く議論をしようとは言わないらしい。赤銅色は不満げな声を漏らしていたけど、この場を取り仕切るのが理性ある若葉色で助かった。
「私達は、ヒーロー部と小白は赤井くんに恋をしているんです」
「まぁ、文脈的には分かってたけどさ。理解できるかは別だけど」
淡々と始めようとする若葉色だが、まずボクにはそこが理解できない。だって赤井クンを想っているなんて、それこそ統合失調症か洗脳されたかのどちらかとしか思えない。それを現役でヒーローをやっている連中が口走っているのだ。
赤井クンが遂に怒って悪質な悪戯を仕掛けているとしか思えない。
「ですが色恋の所為でヒーローとしての活動に支障をきたしてはなりません」
まずもって赤井クンという人物に対して「色恋」という言葉がかみ合っていなさすぎる。なにせこの十数年間の人生で赤井クンは一度も告られたことのない悲しき非モテ野郎である。幼稚園児の頃にだって告白されたことのない可哀想な奴だ。
それが今はどうだ。この高校でもかなりの美形であるヒーロー全員に一方的な行為を向けられている。どうして赤井クンが洗脳したと思わずいられるか。
「そのため私たちは『同盟』を結成しました。恋愛での闘争をすることを止め、共同戦線を張り、赤井くんが誰かを選んだらすっぱり諦める。そういうものです」
「赤井クンに弱み握られたりしてるの?」
ちょっと本格的に心配になって来た。赤井クンがそんなことをするような奴には思えないが、しかし男という生物は時折性欲に負けてしまう。あるいは女性や女性的ななにかに対する欲望を抑えられない時がある。そして現に赤井クンは一度、男だと知っていてボクに告白をしてきたという実績があるのだから。
赤井クンに脅されて彼女らは「ハーレムごっこ」をさせられているのではないか。ボクの中で赤井クンが度し難い輩のような姿に変化する。
「しかし、そこで問題がありました。赤井くんの幼馴染である佐倉さんです」
「なにも問題はないように思えるけど」
「佐倉さんは赤井くんに魅力がないとばかり言い募っていますが、しかしそれが嘘であると私たちは思っています。その論拠があなたの悪戯です」
ちょっと論理的に攻めてきているのは分かる。トンデモ論を振りかざしてくることもなく、感情から殺しにかかってくるわけでもない。随分まともな方法。ただ彼女らから赤井クンとボクがなにかいかがわしい関係であると疑われるたびに、変なことをするボクと赤井クンの姿が浮かんで気分が悪くなる。
「彼シャツをして「ボク可愛い?」とか、女装させられた時には「勇一クン、好きだよ」と言うとか、家に遊びに行くとずっと赤井くんに抱き着いているとか。うらやまけしから疑わしいことをしていると、赤井くんが言っていたんです」
「……は? なに、それでコイツは「好きじゃない!」とか言ってるわけ?」
「そーよそーよ、サクヤの嘘つき! ビッチ!」
事実の上に事実が塗られ、その上に事実が重ねられる。純度百パーセントの事実の山が盛り上がる。すると今まで傍観し中立姿勢を取っていた元ヤン先生までヒーロー側に突くのである。
そして小早川秀秋の血でも流れているのらしいピコは、勢い付く若葉色の側について酷い罵声を浴びせてくる。誰がビッチだクソ妖精。ミンチにしてやる。
「だから悪戯って言ってるじゃない」
しかもなんだよ、そんなことまで赤井クンはヒーロー部のヤツらに言ってたのかよ。知らない間に愚痴りやがって。キミの所為でこんな目に会っているじゃないか。
「明らかに好意を抱いている佐倉さんを無視することは倫理的に良くありません」
「それは……そうだな。事実上付き合っているみたいだしな」
「付き合ってません。行為を抱いているのも明らかではありませんよ」
ふむふむ、と納得するような台詞を吐きつつ若葉色に同意する元ヤン先生に文句を言う。なにをどう理解したら事実上付き合っているのか分からないし、好意を抱いているのだって明らかじゃない。
「だからね、言ってるでしょ、ボクは赤井クンがドギマギしてくれる姿が好きなので合って、赤井クンそのものが好きなわけじゃない。……と言うかもっと正確に言うのなら他人が驚いている顔が好きなんだよ」
「……それが本当だったら、お前は相当の破廉恥野郎だけどな」
うるさいな。ボクは破廉恥じゃなくて性悪なだけだ。そこに淫らな性の匂いなどまったくない。そこだけは絶対に押し通す。
「だからこそ聞きたいのです。佐倉さんは赤井くんをどう思っているのですか。お答え様によっては赤井くんを奪ってしまいかねないですよ」
脅しが混じり、若葉色はこちらを見極めるような眼を向けてくる。
「だから、なにも思ってないって言ってるよね?」
本当に本当だから、信じてくれよ。
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