カラフル連中による尋問(?)

 五限の終わりを告げるチャイム。それが遠くからうっすらと保健室に入り込み、時の流れを自覚する。もう五限が終わったのかと思いそろそろ授業を受けようかとベッドから立ち上がった。全身の傷もピコのお陰できれいに無くなっていた。どうにもピコは治癒魔法かなにかを使えたらしい。

 そして紙束につきっきりの元ヤン先生に感謝を伝え保健室から出て行こうとして。


「お前どこに行くんだよ」

 捕まえられたのである。

 当然ボクも五限が終わったから授業に出ようと思ったのだけれど、ピコによって傷が治ったことを知らない元ヤン先生はボクをベッドの上に押し倒した。

 いかがわしい空気は一切ない。


「今度勝手に動いたら四肢を縛り付けてやるからな」

 脅し。別の意味で危険。しかし力が強い先生の言葉に渋々従いベッドの上で息を吐く。スマホを開いてごろごろする。先生があんなに言ったのだから仕方がない。


 そんな時だった。

 カラフルな連中が保健室になだれ込んできた。寝心地の悪いベッドに寝転がっていて特段の反応をすることが出来ず、その内にその連中はボクを取り囲んだ。

 それは見知った人間であった。


「な、なんですか」

 藍、若葉、山吹、赤銅、そして白。ピコと元ヤン先生を入れれば緑と金色。異様なほどのカラフルさにすこし目が痛くなる。ごろごろ狭いベッドの中を蠢いていたから起き上がって髪形を直し、そうしてボクを見下ろすその連中に声をかけた。


「おい、お前ら何してんだ! 病人を囲んで!」

「うちの部長とはだいぶ仲がよろしいみたいですけれど、少しお話しません?」

 ボクを囲むカラフル連中を話そうと怒鳴り上げる元ヤン先生。しかしこの連中は元ヤン先生の肝が冷えるような怒号を平然と無視する。その内に一番理性のありそうな顔をしている若葉色の女子がボクの耳元でそんなことを囁いてきた。

 鳴海先輩のようなことをしてくれている。しかし鳴海先輩のそれとは違い大分悪意の籠った言葉と声が耳孔に流し込まれる。


「以前は、うやむやになってしまいましたからね」

 そして今度は腕を組む小さな白の少女――小白ちゃんがかつての如く、瞳を緑と黄に輝かせる。その顔には自信満々な笑みが張り付いていた。

 ボクのお腹の上で寝転がるピコは、小白ちゃんの睥睨に途端白毛玉になった。


「も、もう全部話したよ! なにをする気なんだよ!」

 ボクらを囲い込むカラフル連中。その正体はヒーロー部に所属する二年生。その内部長である筈の赤井くんだけがハブられボクを囲い込んでいる。そして中学生であり尋問官をしている小白ちゃんの登場にちょっと怯えて声を出す。赤井クンがいたらば情状酌量もあるだろうが、赤井くんがいないとまずいことになりかねない。

 ヴィランというのに対する尋問は、普通苛酷なものになる。だから今ボクがのうのうと生きているのに赤井クンの力があったことは簡単に想像できる。


「いや、今はそれを聞きたいんじゃないんです」

「……じゃ、じゃあなんで小白ちゃんもいるのよ」

 疑わしい。だから小白ちゃんを眺めてみたのだけれど、その瞳は緑色に輝いた。どうにもそれが真実らしいことを知る。


「佐倉おねえさんと赤井おにいさんがどんな関係なのか知りたいんです」

「はぁ?」

 真剣な顔つきで小白ちゃんはボクの肩を力強く掴む。気付かぬ間にボクとほとんど変わらなくなっていた身長の小白ちゃんが、吐息がかかるほどの距離で口を開いた。

 その阿呆らしい言葉に思わず声が出た。

 しかし小白ちゃんの表情は今まで見たことがないくらいに迫真のもの。鳴海先輩ほどでないにしてもぽわぽわした女の子だったのに、今ではすこし慄いてしまうほどの気迫を全身にまとわせていた。真剣、なのかもしれない。


「おさなな――」

「うそよっ! 嘘に決まってるっ!」

 意図は分からない。けれど事実は言おうと思った。別に今更赤井クンとの関係性を聞かれたところでなにを思うところもない。それになにか恥ずかしい関係であるわけでもなかったし。だから「幼馴染」と言おうとした。

 その途端である。先程ボクを殺しにかかってきた藍色女が突然叫ぶ。


「そうです、ただの幼馴染なわけがないですよね。こちらは証拠があるんですよ」

「いや、ボクと赤井クンはおさな……え、なんでこれ小白ちゃんが持ってるの?」

 いきなり近くで叫ばれたから頭がぐわんぐわんする。ボクを殺しかけておいて今度はコレかと忌々しく思っていると、今度は小白ちゃんがなにかを突き出してきた。最新のリンゴ社スマホだ。やっぱりお金持ちの家なんだなと画面を見てみる。

 そこにあったのはクリスマスの日、ボクと赤井クンが喫茶Natureで向かい合って座っていた時の写真である。男を誘惑するような恰好のボクが写っていた。

 

「そもそも怪しいと思っていたんです。佐倉おねえさんそこまでお馬鹿じゃないですから、だってお金だけを求めてヴィランになるのはおかしいです」

 お馬鹿で悪かったな。


「そこで最も望んでいたものは他にあるのでしょう。それ以外に考えられません」

「それ、キミの持ってる写真の時、赤井クンに言われたんだけど」

 コレも二度目になって来るとそれほど面白みはない。むしろボクとしてはあんな破廉恥な格好を小白ちゃんが知っているという事実に羞恥心を覚える。一体どこでその写真を撮ったのかを聞きたいのだが、彼女はまるで話を聞いてくれない。せめてそれを下げてほしい。元ヤン先生に見つかりかねない。


「それは女性化。昔から佐倉おねえさんは男性的になるのを拒んでいる様に思えましたし。それだから私は「おねえさん」と呼んでいました」

「……それ、ほんとうに余計なお世話だよ」

 退屈な推論。しかしちょっと衝撃的なことを知る。ずっとずっと小白ちゃんに「ボクはこれでも男なんだ、だから「おねえさん」じゃないよ」と言っても「佐倉おねえさん」呼びであった。それがボクがトランスを疑っていたというのだ。

 あまりに余計すぎる。ボクはこの容姿にコンプレックスを抱いていたけれど、別に女の子になりたいわけじゃない。

 しかし小白ちゃんの推論の中核は次の言葉に集約されていた。


「そして――赤井おにいさんと付き合いたかった。そうでしょう!」

「……は?」

 小白ちゃんがバグったと思った。


「佐倉おねえさんはきっとこう思っていた筈です「赤井クン、どうしてこんなにもキミを思うと心が揺れ動いちゃうんだろう。ボクは男の子なのに、どうしても頭の中から離れてくれない。こんな思い、しちゃいけない」と。そんなところに女の子になれる機会がやってきたのです! それを逃すわけはないですよね!!」

 身体をゆれ動かしながら、小白ちゃんの顔は徐々に赤くなる。興奮によってか鼻息は荒く、いつもは落ち着いた口調であるのに今は矢継ぎ早で言葉遣いも少し荒い。


「でも、おねえさんは「ボクが赤井クンに恋してるなんて言えないよ」と思ったのでしょう。それは分かります。同性の愛なんていまだに忌避されているものですから」

 分からないでほしい。ボクも分からないし。


「ですが聞かねばなりませんその本心を! 私達の同盟の方針を決める為に!!!」

「ど、同盟?」

 そして小白ちゃんの興奮が頂点に達したのだろう。幾分小柄に見える彼女は天に向かってこぶしを突き上げ自信満々に、そして鼓膜が痛くなるほどに叫びをあげた。


「そうですっ! 赤井おにいさんを抜け駆けすることなく愛する私達の同盟に、力強い敵が出来たのか否かを判別せねばならないので――」

「うるせぇ!!!!」

 今度は鼓膜が破れたのかと思った。天を突く彼女の背後に羅刹が現れた。そしてそれはまるで蛇が捕食者に絡みつくが如く小白ちゃんに、その腕を絡ませる。どこか官能的で絶対的に恐怖を覚える悪鬼の動きは白の少女を震わせる。今まで白い肌を主に染めていたというのに、今では青や紫な顔色になっている。

 悪鬼も同じく顔に青色を浮かべていた。ただそれは怒りによるもの。


「じゃかしいわ! ここは保健室だぞ、とっとと出ていけ」

「あぁっ、まって、待ってください! まだ、まだ聞けていません! これを聞かずにどうしてのうのうと生きていられるでしょう」

 遅れてそれが元ヤン先生であることに気付いた。あまりの覇気に人ならざる異形が現世に顕現したのかと思ってしまったから安堵する。そしてあれほど狂気的なことをしてくれた藍色女も鬼神をその身に宿した元ヤン先生を見て口を噤み身を縮めた。

 その姿は明らかにカタギの人ではない。絶対に反社。

 ヤが付くにはつくけれど、ヤンキーではないヤの付く人に思えた。


「離しなさい! この鬼婆! 悪魔! 魑魅魍魎! やくz――」

 元893先生に抱き抱えられ外へと連れていかれる憐れな白色。バタバタ暴れ抵抗し、最後の最後で口撃で以て抵抗した彼女はあえなく保健室から締め出された。

 小白ちゃんのとんでもない罵詈雑言によって空気が一段冷え込む。


「それで、お前たちはなにをしに来たんだ」

 養護教諭の顔は憤怒に染まっていた。顔色を失った藍、若葉、山吹、赤銅に人を殺したことがあるかの如く眼孔を向ける。山吹の少女は軽い悲鳴を漏らした。

 恐ろしい。恐ろしいが力強い味方だ。ボクは歓喜する。

 これでこの奇怪な連中も帰ってくれるだろうと歓喜したのである。



「コレが薄汚い女狐なのか、確認しに来たんですよ」

 しかし女難は未だ続くのだとまざまざと教えつけられる。


「清楚のふりをした淫売であるかを確認しに来たんです」

 藍色女は元ヤク先生を前にしても、ボクを指さし冷たく宣言する。


 ほんとに向こうでお神籤を引いた方がよかったのかもしれない。

 助けてほしいです、神様。

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