ヒーロー部の人達 女難

新たなる日常

 関東の方へと戻る頃には学校もようやく冬休みを明ける。

 襲撃を受けたあの日。木端微塵に粉砕され、無残な産業廃棄物と化した校舎も元の姿を取り戻しそびえたっている。それどころか少し小綺麗になっている。

 数えてみても二週間と少し。その間にあの陰鬱だった校舎は建て替えられた。それは悪質な突貫工事事業者によって行われたわけではなく、トタン張りであったりテントを張られた事実上の蒼空教室になっているということでもない。これは数少ない特殊なヒーローたちの奮闘のお陰で立て直されたのだ。

 赤井クンとは違って国家に直接属する稀有で地位の高いヒーローたち。建物直したり、破壊されたものを元に戻すと言った能力を持った彼らが直してくれた。ボクは一度も顔を合わせたことはないのだけど、赤井クン曰く『嫌味な奴ら』らしい。


 意識を教室の方へと戻す。すると大分色合いの良識的になった教室の姿が目に入る。なぜその色を採用したのかと思うほどのパステルグリーンは消え、陰鬱さの根源である所々のひび割れ落書きもない。そして一番意識が向かうのは教室の扉だろう。赤錆がほんの少し見え隠れして、これまたパステルグリーンに彩られた扉。そして金属製が故に異様に重かったあの扉。あれが今ではベージュでプラスチックのような材質の扉へと様変わりしている。

 そもそも校舎内部のひび割れ水漏れ黒ずみの類が消え去っていた。おかげで同級生たちも「年末どこに行った? なにした?」という典型的な会話よりも先に「あれそれが、どうこうになっていた」というような話をする。特に扉については助詞やボクのような非力男子からは盛大に歓迎された。あれ本当に重かったから。

 ほかにもいくつか細々とした変化点は存在する。ガラスがきれいになっていたりとかの些細なもの。それらにクラスメイト達は歓喜していた。


 しかし授業が始まると一変、その歓喜は失望に呑み込まれ見失われた。

 学校施設自体は大幅に向上された。所々から溢れかえる陰惨さと狭苦しさが産む刑務所が如き雰囲気。それらはすべて消え去った。しかし学校の本質とは勉学に励むため、教師から学問を賜ること。その本質はなんら変わっていない。

 例えば今滔々と話をしてくれる現代文の先生。一体どのような手法を使っているのかまるで分らないが、心底真面目に聞いているのに一切話が入ってこない。挙句気付けば、どうしてこの話になっているのかも不明だが「五臓六腑」という話題だけで三十分が虚空へ消えていた。この人は時間を操れるのかと本気で考えた。

 それくらい授業の質は終わっている。高揚した気分がその現実を受け止め切れずに余計に、退屈を覚えてしまうのである。もはや真面目に聞いてる――振りかもしれないけど――のは隣で背筋を伸ばす赤井クンくらいしかいない。

 本当、ご苦労なことだ。気持ち悪いくらいに生真面目なヤツ。お年寄りだから現実を突きつける前に退職させたいという気持ちは分かるが、ちょっと迷惑。赤井クンの所為で先生は「聞いてくれる生徒がいる」と息巻いているのだから。


 ただ改まって悪くなった部分というのは見られない。教師の質がアレなのは元からの話であるし、まだ気付いているだけかもしれないけれど悪いところはない。だからおおむね皆は満足していた。ボクもそこには同意する。

 しかしある二点が、ボクの歓喜は打ち消されてしまった。

 それは年が変わったのと同時に行われた少しのクラス編成替えが原因だった。


 首やら肩の痛みをほぐすために首を回す。そのついでにクラスを見回す。目に映るのはいつも通りのクラスメイト達……と増えた藍、若葉、山吹、赤銅色。そして教室背後のロッカーに身体を傾けクラスを眺める新たなる副担任の姿。彼ら彼女らはボクが目を向けるとかなりわかりやすく顔をそむける。


 小規模なクラス編成替えで変化した二点。

 一つはヒーロー部に所属する二年生がこのクラスに集結したこと。

 二つ、現役ヒーロー兼教師をしている人間が新たに副担任になったこと。


 元々赤井クンしかいなかったヒーローが、五人も増えていたのである。

 もし赤井クンと関りを持っていなかったら彼女らがヒーローだとは気づいていなかっただろう。なにせヒーロー部という存在自体がこの学校では公にはなっていない。赤井クンの口が軽さがなければヒーローがいることさえ知らなかっただろう。

 兎角ヒーローが増えていた。そしてその原因は、おそらくボクだ。

 そんな頃、退屈が漂う教室にうるさいチャイムの音が響く。休み時間となった。


「こういうのってもっと分かりづらくするものじゃないの?」

「HAHA! どうしたんだいシスター、お前らしくない顔じゃないか!」

 そんなものだからボクは赤井クンに声をかけた。明らかに首班だろうし。

 しかし返ってくるのは鬱陶しい赤井クンのより鬱陶しい言葉である。薄黒い顔に気色の悪いほどの微笑みを浮かべ、漂白された眩い歯を見せつけてくる。いつもならばそんなことはしないのに、サムズアップをすごい勢いでしてくれる。あげられるのはすごくアメリカナイズな派手な声。

 年末年始の内に、ハンバーガーとコーラの食べ過ぎ飲み過ぎで脳が溶けたのかもしれない。アメリカ人に失礼かもしれないけど。


「鏡見たらどう、らしくなさを体現してるよキミ」

「この筋肉を見てもそう言えるかなっ」

 あきれ果ててそれでも赤井クンを問い詰めるために黙らせようと画策する。しかしその画策はヤツの筋肉を以て粉砕せられた。突如として腕をまくり力こぶを見せてくる赤井クンの悍ましさに思わず目を背ける。

 あまりに露骨な話題逸らしだけれど、不快が勝って席へと逃げ帰る。今日コイツはボクに対してだけINT値マイナスな対応をしてくるのだと割り切る。今考えれば元から赤井クンにそれほどの知能など見えなかったし。


「第一、キミが隣にいるんだからなにかするわけないでしょうに」

 挙句は無視。ならば端から黙っていればいいものを。

 消化不良な感はあるけれど、おとなしくボクの椅子に逃げる。


「お前、自分の立場を再認識した方がいい」

 そして机と太ももの間で小説を開いたくらいで赤井クンは喋りだした。よりにもよって栞を取ったちょうどに。なんて嫌なタイミングで話しかけてくるのだろう。


「はいはい、そうですね。赤井クンにお仕置きされちゃうかもね」

 襲う無気力。そして謎のタイムラグ。実は目の前にいる赤井クンは偽物で、本当はハンブルクあたりにいるのかもしれない。

 ボクは適当に返した。


 □


 お昼休み。ギャルに戻った瑞希と下世話話をしようかと椅子を運んでいた。そんな頃、ボクはヒーロー部の藍の髪色女子に肩を叩かれる。なんだかデジャヴを覚えつつ、身構えながら振り返る。

 後ろでは「イケメンの次は美女に告白されるんだ」と笑い声が聞こえた。本当にこいつら、意地が悪い。正面から言えばいい――いや彼女らは正面から言うことになんらためらいを覚えない鬼畜である。碌なことにならない。

 恨めしさを抱きつつ、ボクは振り返る。


「佐倉さん、ちょっと時間ありますか?」

 藍色の女子は美しく微笑んだ。凛とした顔であるが桔梗のように鉄仮面のようなものではなく、そこには慈悲による微笑が浮かんでいた。肌で感じられる雰囲気も温和なものでヒーロー部だというのに随分フレンドリーだと思った。


「勇一くんと仲が良いと聞いて、お話を聞きたいなと思いまして」

「んー……いいよ、話してあげるよ」

 少し悩む。温和な空気を出しているが彼女はヒーロー部。なにか悪辣なことを企んでいるかもしれない。しかしボクの脳裏には一つ思い浮かぶことがあった。

 それは赤井クンのかつての様々な痴態についてである。

 現在碌に会話をしてくれない赤井クンに、ボクは不満を募らせていた。なにを言っても聞いても「HAHA!」と笑うだけ。授業の質問をしてもそれだけの赤井クン。不満はすごい勢いでたまっていた。

 だからこそ、ボクは赤井クンの恥辱を彼の仲間に晒してやろうと思った。相手はヒーロー部の人間であるが、仲間のゴシップネタというのは聞きたいに決まっている。人間なんて大概がそんなもの。なにかされる前に「赤井クンの恥ずかしいことを教えて上げられるのになぁ、残念だなぁ」と言えばいいだろう。

 さすればボクは一石二鳥。ヒーロー部になにもされず、かつ赤井クンの尊厳を傷つけることができる。ボクはそれからすぐ返事を返した。


 そしてボクは、赤井クンの言葉を思い知ることとなる。

 ヴィランというのがどういう扱いを受けるのか。


 

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