徹底抗戦の後、湿気とおじいちゃん
宵さんがボクらを追い出し一人酒盛りを始めようとしてから数時間が経った。しかしボクら三人は一人だけ楽しそうなことをしようとしていた宵さんへの制裁を決定、なにを言われようが宵さんの部屋に居座ることに決めたのである。
お陰で彼と同室である彼のお父さんが途中この部屋にやってきたものの、ボクらの尊き結束と力強い制裁を鑑みたその人は宵さんのことを諦めた。宵さんはそのことに悲嘆の叫びをあげていたが、しかしボクらに感謝してもらいたいものだ。
ボクらは心の底から宵さんを心配し、アルコールに体を蝕まれようとしていたところを身をもって死守してあげたのである。感謝こそすれ嘆く部分などどこにもない。
「お前ら、俺の大人としての門出くらいおとなしく祝ってろよマジで」
現在ボクら四人は未だに小さい机を四方から囲みにらみ合っている。しかしその机の上にはシフト表ではなく幾数枚ものトランプのカードが散乱していた。
いまは大富豪をしていた。
「私を裏切って勝手に酒盛りしようなんて絶対に許さない」
宵さんと月華さんは年度基準で言えば幼馴染。宵さんはすでに二十歳になったものの、しかし早生まれの月華さんは未だ十九歳。だからまだお酒は飲めず、どうにもお酒を飲むときは一緒に飲もうと約束していたらしい。
それだから月華さんの怒りはボクらの中で一番大きい。
というよりそもそも宵さんに怒っているのは月華さんだけだ。
「私と宵の仲はそんなものだったの」
重苦しいことを言う月華さん。そして場に出される怒りの階段革命。
先程から宵さんと月華さんは絶えず大富豪争いを続けては都落ちをするということを繰り返している。もうすこし、冷静になって欲しい。
「第一お前らも抵抗してんだよ、さっさと解放しやがれよ」
「面白そうだし?」
「他人の不幸は蜜の味って言うしねぇ」
もう何度目かの都落ちを経験した宵さんはボクらに向かって口汚く問いかけてくる。しかし別に宵さんを止めようとしたことに何か深い目的があったわけじゃない。ボクは単に人が嫌がることをしてやるのが大好きなだけ。意図はない。
「隙を見せるのが悪いんだよ」
似非快楽主義者の瑞希と、真正快楽主義者のボクがいる目の前でそんな面白そうな姿を見せてくれるのがいけない。そこはボクを責める以上に自責してほしい。
「あぁ、そうだよな、瑞希はともかく朔夜はこういうヤツだった」
試合は決着し、再び手札が配られる。都は十数分間隔で応仁の乱の如く荒れ果てて、あるいは一時期のパリの如く血なまぐさい革命が何度も行われどんどんどんどん荒廃していく。その様子を富豪と貧民であるボクらは傍から静かに眺めていた。
燃える京都を大阪で眺め、燃えるパリをロンドンあたりから眺める。そんな気分。
「そう、私はともかく朔夜はそういうヤツ」
「なんだよそれ、キミも同罪でしょ」
ボクらは大富豪が弱いわけではない。ただポイント制で勝負している手前、第一次大戦の西部戦線が如き様相を呈する都をわざわざ苦労して取りに行こうとしないだけ。安寧を欲してこの地位にしがみついているのである。
「第一狡さでいったらキミのがタチ悪いよ」
良識ある革命家というのは普通政権トップや貴族しか狙うことはなく、小ブルジョワや都市労働者を襲うことはない。このゲームの世界設定は不鮮明だけれども、一時期のカンボジアや文革期中国、スターリン時代のソ連でない限りは安心できる。
とはいえ大貧民が革命を成功させているあたり現実世界ではないのかもしれないけど。ナロードニキは失敗してたわけだし。
「またまた、お上手ですね」
部屋には赤熱した金属のような色合いが流れ込んでいる。それはもちろん夕暮れの色合いなのだけれどボクには都が燃える色に見えた。そうこうしているうちにまた革命がおこる。こいつらどんだけ武力闘争が好きなんだ。レーニンなのだろうか。
「――今年はどんな食べ物が待っていることやら」
遅れて遠くから宵の兆しが漂い始める。
おいしそうな匂いに心は踊る。
良い匂いが脳に届いて、一年前のどんちゃん騒ぎを思い出して頬は緩んでくる。
「お前……いや、今の方がまだましか」
「ん?」
えび、かに、松前漬けにそもそもぬか漬けの野菜とかもたまに食べると結構おいしい。そもそもお米だっておいしいし、久しぶりに会う人たちと平生のわずらわしさから解放された乱痴気の中で大騒ぎする。それもすっごく気持ちがいい。
口の中にちょっと多めに涎が生成され始めて、すんすん鼻腔の神経を研ぎ澄まし一体何が作られているのかを妄想する。
その時、宵さんがこちらを見て、そしてなにかをためらい呆れて笑う。
「朔夜が食気より色気をとったらもう楊貴妃とか妲己とかと変わらないし」
「色気をとっても楊貴妃にはならないよ? 大丈夫?」
なぜに楊貴妃妲己に並んでボクが悪女として君臨せねばならんのか。瑞希の台詞で花より団子的な話をしていることには気づいたが、ボクは男である。色気づいたところでオリーブオイル系男子になることはあっても、色気むんむん美女になるつもりはない。なんでボクの色気が対男用にしかないと思ってるんだろうか。
食気は怒気に敗北する。
「……第一宵さんは自分を心配したらどうですか。ボクは一応モテてるんですけど、皆様方の浮ついた話は一度も聞いたことがありませんよ?」
「「……」」
夕方の落ち着いた時間帯に、静かに沸き立つ興奮のある部屋の空気。それが一瞬にして凍てついた。おそらく瑞希はボクの奥義が聞かぬリア充であるのだろうが、しかし大学生のくせに恋人のいない可哀想な人には効果抜群。ボクも事実上の非リアではあるがモテているのは事実。
「それとも恥ずかしがってるんですか?」
ボクの言葉は夕焼の空に悲しく消えていった。
□
夕日が沈み、もう宴までは幾分もない。大きなこの屋敷のような家にはみなぎるような快活が溢れ、色々なところから楽し気で微笑ましい騒がしさが聞こえるようになってくる。しかし先にボクが主に大学生二人にぶつけた台詞の効果が今も続いているらしく、廊下を歩く二人にはなんら活力が見えない。
「……悪かったよ、そこまで効くとは思わなかったんだ」
「アンタって悪魔なの? 性格悪すぎじゃない?」
楽しい宴の時間なのに、二人だけ悲しい顔をしているのはあまりに気分が悪い。辛気臭さが移ってくるように思えて流石にボクも彼らに謝る。
しかしそれまで退屈そうにボクの服に潜り込み、大富豪の時に他の人の手札を告げて無理やりボクにイカサマさせようとしたりしていたピコが慄然とした声を出した。
「朔夜、やめなさい、それは追い打ちだから」
続いてぴしゃりとボクの言葉を打ち消す瑞希。
一体なにに対しての追い打ちなのかと思って声を投げ掛けた二人に目を向ける。すると二人はなぜだか訳が分からないけれど頭を抱えて震えていた。
「なんでなの、別にボク悪口言ってないよね?」
「……アンタしかも無自覚だったのね。やっぱそういう才能あるわね」
本当に意味が分からないのに真顔でそんなことを言ってくれるピコ。ピコというヤツは感情が表情に分かりやすいくらいに現れる妖精だから、これがおそらく本気でその台詞と同じことを思っていることは分かる。
ただ状況が本当に分からない。戦慄していないで教えてくれよ頼むから。
「そう、そうよ、ただ私たちが無様でお先真っ暗なだけ」
「ははっ、せめてもの手向けに笑ってくれよ」
「……朔夜、頼むから空気を読んでもらっていい」
空気を読むもなにも本当に分からないから聞いてるのに。若干瑞希に睨まれる。
なんだよ、黙ってればいいのかよ。
「アンタみたいなモテモテな人間には分からない悩みを抱えてんのよあの二人は」
しかも妖精に人の心を事細かに教えられるだなんて訳が分からない。キミみたいな倫理観も罪悪感もまるでない妖精よりかは人の心に関して詳しいつもりなんだけど。
どうしてこいつはこんなにイカレ野郎なのに常識人ぶっているのか。
「おおぉ!! お前たち! ここにいたのか」
そんなとき、筋肉質な御老体ことおじいちゃんが向こうからすごい勢いでやってきた。良くも分からない状況にとんでもない覇気を纏った人間がやってきた。
「お前たち今年もまた綺麗に……ぬ、どうしたんだそこの二人は?」
しかし流石にしゃがみ込み身体を抱えて陰鬱な空気はおじいちゃんの覇気を以てしても払いのけることはできない。そして流石にそんな陰鬱な空気を放出している連中におじいちゃんも気付かぬわけがない。
「……わかんないです」
顔を逸らしてそう言うことくらいしかできなかった。
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