アルバイトとモラトリアム組の攻勢
当然……かは分からないけれど基本的に人間というのは目的をもって集合する。阿婆擦れでかつ脳細胞が数少ない憐れな脳内ドピンクカップルとかでない限りは。
遅刻し瑞希に久方ぶりに本気で怒られてしまって話が逸れてしまったけれど本来は話すべきことがあったのだ。いまだ睨みを聞かせてくる瑞希の視線から身体を逸らしながらも本題へと入り始めた三人と同じく姿勢を整える。
「今年もシフト表をもらってきました」
神社というのは年末年始になるととても忙しくなる。
日本人というのは世界的に見れば宗教というものから一番遠い人間たちに思われることだろう。ボクらは平然とクリスマスを祝い、正月を祝い、豆を投げてお盆をしてハロウィンを楽しむ。その上受験の時には神社に向かう考えてみれば意味不明な人種。だからねじ曲がったイデオロギーを持っていたり、異常なほどに引き籠り癖が付いていたりしない限りはお正月には初詣にやって来る。
そしてあろうことかここいら周辺に神社仏閣の類は佐倉の神社くらいしかない。川崎大師とかのような特別なの知れた神社では全くないとかでは全くないけれど、妙に規模が大きく神楽殿まで備えられているこの神社。それになんらかのオカルトなパワーを感じ取る人が多いらしく近くに住まう人たちはここへと必ずやって来る。
するといつもはさびれているらしいこの神社にも活気が訪れる。そして同時に神社に忙しさを運んでくる。最後に銭を持ってくる。
だからこそ佐倉の縁者は年末年始に集められると言っても過言ではない。もちろん一年に一度の縁者の宴はかなり大きく開かれるのだけれど、しかし参加した縁者は漏れなく神社の仕事に駆り出される。そしてそれは未だ高校生のボクや瑞希、大学生の月華さんや宵さんも駆り出される。なんなればボクよりも一つ世代の低い小中学生たちも殆ど無理やりに仕事を持ってこられてさせられる。
「楽しい楽しいアルバイトの時間です」
先程の悪鬼羅刹もかくやという凄惨な表情をしていた瑞希は早くも平生のような、軽薄な笑みを浮かべながら数枚の紙を机に広げた。ただやっぱり感情をすぐに捨て去ることはできなかったのだろう。紙を机に置いた時、恐ろしいくらいに大きな音が鳴り響いた。こんなのでビンタされたらボクは本気で死んでしまうかもしれない。
とはいえ恐れていても仕方なくその紙を拾い上げる。
それはアルバイトのシフト表。
「相変わらず健全なシフトだこと」
年末年始の神社の仕事はそれ自体はそこまで難しくない。ただあまりに煩雑でペースが少しでも崩れてしまうと、すべての部分が総崩れになってしまう様な地獄の如きせわしなさがある。そのためにこの神社をまとめているおじいちゃんは事前にボクらの労働場所と時間を記したシフト表を、佐倉家内の小グループごとに配布している。
といってもおじいちゃんは結構現代の倫理観に適合した人である。血のつながった者による手伝い、といってしまえば無限にボクらを労働させられるところを、労働法を順守して仕事を割り振っている。だから一番忙しいだろう大晦日正月の深夜早朝に働くことはない。
「割がいいから何時間でも入りたいのになぁ」
そして人が大量にやって来るからこそ、おじいちゃんはみんなにお賃金を払ってくれる。しかもお年玉とは別で。その上かなり高時給。見た目筋肉にしか興味のなさそうな格好をしているおじいちゃんだけれど、源泉徴収も行っているらしい。なんともまあ見た目仙人現職神主の、ファンタジー世界からやってきたような出で立ちのおじいちゃんだけれどすごく世俗的だ。
税制とかよくわからないからおじいちゃんがしてくれるのは嬉しいけど。
「おじいちゃんはすごく優しいからね。ボクらに配慮してくれてるんだよ」
「……まあ、な、お前にはすごく優しいだろうけど」
そんなことを言っているけれどボクは結構おじいちゃんのことを好いている。
ちょっとセクハラジジイみたいなところもあるが、孫の女男という意味不明な存在を心の底から愛して、一年ぶりに会えたことにはしゃいでしまっているのだろう。神職をやっているから、男女と言うことには結構厳格な人だけど、中途半端なボクにも優しくしてくれるイイ人だ。
だからおじいちゃんが良く言われようとしていることに気分を良くしてそんなことを言ってみると、帰ってくるのは宵さんの憮然とした顔と声。
「別に性格は悪くないとは思うけど……私たちには厳しいよね」
「朔夜には馬鹿みたいに甘いけど」
「……別におじいちゃんも無条件で甘い訳じゃないからね」
曖昧な顔をして笑う月華さんと、明らかに棘のある宵さん。礼儀作法をおじいちゃんから厳しく教えられたことがなく、甘々な扱いを受けているのは重々承知している。ただ別にどんな時も甘いという訳じゃない。
ボクの特異な体質によって役割が大きく違うだけ。
「神楽のことは特に」
「神楽なんて私には無理だから、そこだけは認めてあげる」
今までぶすりとして全く喋る気配のなかった瑞希もようやく口を開いた。ピコや赤井クンがさんざん指摘してくれた体質のことがあって、ボクはかなり幼い時から神楽を舞っている。そしておじいちゃんは神楽のことになるとボクに厳しく指導する。ほんの少しでも忘れたりしたら烈火のごとく怒られる。
だからボクは礼儀作法が身についていない代わりに、神楽の舞が骨の髄まで染み込んでいる。そして忘れない様にと毎月一回くらいは家の中で舞ったりもする。
「巫女服を着て人前で神楽を踊るなんて、俺は恥ずかしくて出来ねえな」
「……なにかボクが女装癖で露出癖があるみたいな言い方しないでくれよ」
しみじみと口に出された宵さんの台詞がちょっと認められずに文句を言う。
ボクも巫女服にはもう慣れてしまったけど、女装癖があるわけじゃない。鳴海先輩にミニスカサンタコスを着させられたけど、ボクはしっかり抵抗した。その上で隔絶した精神的物理的な力を持った鳴海先輩に無理やりされたんだ。
女装癖では絶対にない。
「朔夜は絶対に呼びに行くから、遅刻しないで」
「さすがに、こっちのことはすっごく重要だからね。遅刻しないよ」
「私たちのことは重要じゃないんですね。ならいいですよ呼びに行かないから」
弛緩した空気の中、思わずボクは口を滑らせて瑞希に睨まれる。大口をたたいてしまったけれど確かに今までボクはずっと瑞希と同じ時間同じ場所のシフトにされていて、毎度毎度のこと瑞希に呼ばれている。だからそれはごめん被りたい。
媚びた笑いを瑞希に向けて上げると、大きな舌打ちで出迎えてくれる。心優しい従姉だこと。もう感涙してしまう。
「ともかく、これでシフト配布は終わりだな……と言うことで帰ってくれ」
「え?」
話し合いが終わった途端宵さんがいきなり立ち上がりボクら三人を部屋の中から押し返そうとする。当然唐突なその行為にボクら三人は団結して抵抗する。
いくら相手が齢二十の男だろうとこっちは三人いるのだから流石に押し込まれることはなく、逆に宵さんを押し返す。
「いきなりなにしてんのさ?」
いきなりの凶行に首を傾げる。気でも狂ったかと。
しかし宵さんは不敵に笑うばかり。
「俺はもう二十になったんだ、分かるだろ?」
「……まさか」
ニヒルに笑い始めたその様子に、ある一つの想像がやって来る。
「ひ、姫初め……ふべっ」
「そんなわけねえだろバカ、酒盛りだよ酒盛り」
いきなり叩かれる。酷いよ酷い、ぷんぷん。
第一、変なことを言い出した宵さんのが悪いでしょ。
「酷い! 飲むときは私と一緒にって言ったじゃない!」
「悪いな、先に呑ませてもら、もら……早くどっか行けよおまえら!」
嫌がる宵さんの声にボクは歓喜する。
人が嫌がることをするのがボクは大好きなんだ。だから、宵さん。アンタに酒は一滴たりともの増してやらない。決めたもんね。
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