似非不良、瑞希

まえがき

 なんだか今日すごくブックマークしてくれた人がいました。

 評価してくれた人もいました。通知欄がすごいことになってました。

 皆さん評価、ブックマーク、ハート、そしてご覧いただきありがとうございます。

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 佐倉の血を引く人間は数多い。

 だから家の中でも各々で小さな集団が作られている。

 集団は大抵年齢や性別と言った分かりやすい指標で区別され出来上がる。稀に特別な条件があって作られるグループもあるが、大概は世代間でのグループである。例えばお母さんや伯父さんなど、おじいちゃんの息子娘世代の集団とか。ボクのお父さんのように嫁入り婿入りをした人たちのグループとか。顔は良いくせに彼氏彼女がおらず独り身の大人たちの寄り合いとか。結構いろんなグループが出来ている。

 そんな中でボクが所属していると明言できるのは、おじいちゃんの孫世代グループと高校生・大学生のモラトリアムを謳歌する青春世代のグループである。性別不詳であるから、男性グループ女性グループはともにオブザーバー参加だ。


 そして先程青春世代グループことモラトリアムズの一員である瑞希によって招集を掛けられたところ。現在は走りとも歩きともいえぬ絶妙な速度を以て廊下を移動している最中である。


「……アンタ大分気持ち悪い動き方してるわよ、それ」

「廊下を走ったらいけないって教わらなかったの」

 イメージとしては競歩を想像すればわかりやすいだろう。失礼だとは思うがちょっと滑稽を抱いてしまうあの不思議な歩き方。それを今実践している。


「どうせ遅れてるんだから急がなくてもいいんじゃない?」

 まったくこれだからピコは駄目なんだ。流石詐欺師とでも褒めてあげよう。


「瑞希の声聞いてたろ、正気なのか?」

 瑞希という人間の本性は別に不良ではない。おじいちゃんの指導によって礼儀作法を身に着けたお嬢様である。いつもはボクよりもへらへらしているけれど根本はずっと礼儀正しく大和なでしこをしている人。そして怒らせるとおじいちゃん譲りの恐ろしい一面を見せる人間でもある。


「アレは怒らせると恐ろしいんだぞ」

 むかし不良になろうと努力している瑞希を散々馬鹿にしてやったことがある。不良のために努力をするなんて本末転倒なことをしてどうしたんだい、見たなことを毎日毎日言ってやったことがある。その結末は、思い出したくもないほど恐ろしかった。

 だから電話がかかってきた時、若干怒気を孕み、そして怒りを隠そうと大分言葉遣いがお淑やかになっていたことに恐怖を覚えた。そしてだから急いでいる。


「そもそもボクは真面目な人と相性が良くないんだよ」

 自分で言うのもあれだけど、佐倉家で一番不良をしているのはボクだ。礼儀作法もちゃんとできないし、頭もそこまで良くない。倫理観がちょっと欠けてるのも自覚してるし、性格の悪さもほんのちょっとだけ自覚している。もちろんそれはピコの悪辣さの一万倍希釈くらいのものだけど、それでも佐倉家ではかなり不良だ。

 ここには御子息御息女ばかりが溢れかえっているのだから。


「ほんと、なんでこんな離れた位置なのさ」

 瑞希に言われてやってきた宵さんの部屋。そこはボクの部屋からは大分離れた場所にあり結構な時間が掛かった。その扉の前で軽く一息つく。

 そして引き戸の窪みに手を掛ける。


「ごめん、ちょっと遅れた」

「ちょっとじゃないよね」

 そこには若干青筋を浮かべた瑞希が仁王立ちで立っていた。


 □


「女男が不良に説教されてやんの」

 お菓子をつまみながらテレビを眺め、そしてケラケラボクを笑うのは宵さん。どうにも伯母さんの襲撃で宵さんを見捨てたことを根に持っているらしい。大学生でファッショナブルな格好をしている爽やかイケメン風のくせに、随分ねちっこい。


「朔夜、これはあなたのことを考えてでもあるんだからこっち向いてよ」

「いやだって宵さんが――」

「今は朔夜のことを言っているんです。よそ見しないでください」

 表情の欠落した瑞希の正面で正座をさせられている。しかもボクのことをしっかり見てくれているらしく、ちょっとムカついて偉そうにお菓子を貪り食っている宵さんを睨んでいると肩を叩かれた。反抗しようとしてみると肩を掴まれ結構な力で握られる。今時説教で体罰なんてなんて時代錯誤なんだろう。


「ねえ、私は不良をしてるけどさ遅刻とかはあんまりしないよ」

「あんまりって、遅刻して――ごめんなさい」

 一瞬悪鬼羅刹だか阿修羅だかが瑞希に宿ったような気がする。面相も般若のような凄惨な様子で思わず謝ってしまう。赤井クンに襲われて、しかしその時も残っていた反骨精神はもはやすでに粉々となっていた。


「遅刻しても、言い訳なんてことはしない」

「い、イギリス紳士を見習ったんだよ」

 イギリスの人が遅刻の言い訳に猫やらなにやらを使うのは有名な話である。そして日本人はイギリス人のことを英国紳士とか言う風に言ったりする。つまりは遅刻に言い訳することは紳士的な行為ではないのか。

 恐怖による涙を粉末になった反骨に掛けてこねる。反骨精神が丸っこくもちもちに固まってきたころ、ボクは再び瑞希に超克する。目は逸らしてたけど。


「瑞希ちゃん許してあげようよ、朔夜ちゃんはあんまり賢くないんだから」

「ぶふっ」

 月華さんはボクをやさしく助けてくれる、と思っていた矢先更なる攻撃が加えられた。ボクが普段から数十分程度の記憶さえできないほどの馬鹿だと思ってたのだろうかこの人は。だとしたらすごく悲しいんだけど。

 今日は忘れてたけどピコと話していたこともあって、本当にたまたまなのに。あと宵さんは水を吹き出してないでなんか言えよ。


「この状況で懲りもせずに言い訳するバカには言って聞かせないとだめでしょう?」

「いた、いたたた! いたい頭割れる!」

 背後に回った瑞希はボクの頭を拳でぐりぐりとし始める。小学生以来感じていなかった痛みに思わず悲鳴を上げてしかし全く止まる気配がなく暴れて抵抗する。本当に痛くてしかし全く逃がしてくれない。


「まあバカなことに違いはないが、今までに朔夜に言って効果があったことがあるか? 今まで咎めて朔夜が変わったことがあるか?」

「た、助けたいのかバカにしたいのかどっちなんだよっ」

 ポテトチップス片手に、笑いながらボクのことを馬鹿にする宵さんに声を上げる。若干こっちを助けようとする意図は感じ取れたけど、やっぱり不快。


「そう、だ。気付かなかった。朔夜って馬鹿だったんだ」

「ふぅ、ふぅ、たすかったぁ」

 ようやく頭から手を離されて心安らぐ。

 なにか全員から哀れむような目を向けられているが、しかしそんなことに意識を向けるほど余裕はなかった。呼吸を整えまだ痛みの残る側頭部を撫でることばかりに意識は向けられた。


「…………もういいよ、朔夜。本題に入ろう」

「あれ? 許されたの?」

 大きな間が開いてボクは瑞希直々に赦される。

 ようやく安寧を取り戻した。


「アンタ、恐ろしいくらいに馬鹿だったのね」

 なにかに慄いているピコの姿に首を傾げながらも、座布団を四枚運んできた月華さんにお辞儀をして一つの低い机をみんなと共に囲む。


「今度ティータニアに伝えておこうかしら。契約したヤツが頭の病気だって」

 そして気付けばなにかとんでもない誹謗中傷をピコに浴びせかけられていてまた首を傾げる。なにがどうなってボクのお頭がイカレていることになったんだ。今日だってボクの代えがたき反骨精神によって瑞希の説教を回避できたっていうのに。

 褒められこそすれ、貶される筋合いは全くないだろうに。

 ピコの方が病気なんじゃないだろうか。

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