佐倉家でのこと

 一年ぶりのおじいちゃんの家。しかし相変わらず家というには豪華である。元々佐倉と言う家が代々神主をやっていたりもするから神社の隣に位置している珍しい家。

 そんな家の入り口の鳥居の下、二人の老人と幾人かの若手がボクたちを出迎えた。


「おぉ、よく来たなぁ」

 一番初めに手を上げ声を上げるのがボクのおじいちゃん。御年八十何歳である。しかしその身体つきはその年齢に見合わず筋骨隆々の肉体美を誇っている。どこか赤井クンを彷彿とさせる程度にはガチムチ。

 ボクの祖父であるからおじいちゃんと呼んでいるけれど、見た目だけならば老師と言った様相。中国拳法の達人かあるいは仙人のような容姿をしている。これが神主をやっているとは誰も思わないだろう。


「お父さん、お久しぶりです」

 お母さんとおじいちゃんの談笑。その間、おじいちゃんの横で仲睦まじげに立っている夫婦を眺めた。この人たちはお母さんの一番上の兄夫妻。


「私たちの甥と姪は素直でかわいいね」

 光沢艶やかな細く嫋やかな黒い長髪。ボクよりも幾分長い長髪を持つ人。それがボクの伯父さんである。線も細く華奢な身体つきであり中性的で神性を湛えている容姿でありながら、しかしボクとは違ってその嫋やかさと清潔さの中に男を見いだせる姿をしている。恋愛ゲームから出てきたのかと思うほどのとんでもない美形。

 ボクと要素は大して変わらないのになぜ男性的な要素が残ってるのだろうか。ボクは初対面の人には必ず女だと思われるのに。顔を合わせるたびに不思議に思う。


「うちらの子供は反抗期まっしぐらでゲームばっかりでね」

 その横にいるショートカットの大柄な女性がボクの伯母さん。骨太で大分ごつごつした体つきの人。豪快に笑うその人は華奢な伯父さんとはだいぶ印象が違う。昭和に生きる肝っ玉母さんと言う印象をどうにも覚える。随分世俗の感が強い人。

 彼女は暇しているボクら四人に寄ってきて頭を撫でまわそうとボクらに近付いて来る。豪快な身体つきでありながらも、そこからは予期せぬほどの俊敏さで以って。


「先に中に行こうか。あの様子じゃあ大分長く話していそうだからね」

 ボクらに肉薄する伯母さん。同性の月華さんや不良少女こと瑞希みずきはなんの抵抗もなく抱きしめられる。ボクもすでに諦念を抱き無抵抗で抱きしめられる。しかし大学生になりそれも異性の人に抱きしめられることに抵抗を持っている宵さんは必死に逃げ回っていた。しかし悲しいかな、現代的な大学生である宵さんは結構華奢な人。スタミナがあまりに足りていない。

 毎年おなじみの光景。


「宵さん頑張って」

「ちょっと、おい! お前は一応男だろ! たすけろよおい!」

 助けてくれたことは嬉しいけど「一応」という言葉がイラつくので助けない。

 ボクは断固として男であるから断言してほしかった。



 □


 使われていない一室。本来ならば月華さんと瑞希のように、あるいは宵さん達のように一部屋には何人かで寝泊まりする。いくら大きな家だとしても流石に個室を用意しようとすると部屋数は足りなくなってしまうからそうなった。

 しかしボクだけは個室を用意される。理由は至極簡単、ボクの性別とそれに相反した容姿がすごく面倒になることを予想されたからだ。

 例えばボクの容姿に従って女性陣の部屋に入れてみるとしよう。別にボクがそういったことをしたいと願うことはないのだが、しかし高校生の男子を女性陣の部屋に入れるのは外聞が良くない。

 ではボクの性別に従って男性陣の部屋に入れてみると仕様。するとどうだろうか、そこいらの女性よりも女性的な容姿をしているボクに、まかり間違って欲情してしまったらそれは大問題である。しかもボクには赤井クンを惚れさせた実績がある。

 それらを鑑みて、ボクは中学生の頃から一人部屋となった。だからこそ、一人で使うには広すぎるほどの部屋を独り占めしているのだ。


「――アンタって貴族の生まれなの?」

 荷物を置きスマホやモバイルバッテリーや充電コード、その他諸々を部屋の畳の上に広げる。そして広がる静寂に心を融解させ安寧に身を寄せる。

 スマホを開いてゴロゴロ。畳の独特な匂いに心をくすぐられ、心地よさが現れる。家とは違う空気に身体を順応させるために仰向けになって深呼吸する。イグサの匂いに若干いけないハッパを吸っている感覚になっていた頃、ピコが口を開く。


「なに言ってるのよ、急に」

 一体なにをとち狂ってボクを貴族の生まれだと考えたのだろうか。そのあまりに馬鹿らしく子供っぽい微笑ましい間違いにボクは鼻から小さく息と音を漏らす。


「だってこの家大きすぎるでしょ。アンタの家の五、六倍は軽くあるわよ?」

「それはそうでしょ、向こうは首都圏こっちは本当の田舎。土地の値段が違う」

 たしかにこの家は大きいだろう。神社まで含めるとボクの暮らす家の二桁倍近くは大きな敷地を持つ家だし。とはいえ東北のさらには殆ど山奥の土地なんて、おそらくだけど都心の一畳分くらいの値段しかないだろう。だから別に富豪ではない。


「それにアンタと血のつながってる連中、みんな顔が良すぎるのよ」

 たしかに佐倉の血を引く人は大抵、というよりであったことのある人は皆端正な顔つきをしていた。ボクも女としては相当の美人だし。男としては微妙だけど。


「アンタは違うけど、他の人は風格みたいなのがあるし」

 たしかにおじいちゃんには風格はあるだろう。おそらくそれは覇気というヤツだ。

 たしかに伯父さんや伯母さんにも風格はあるだろう。前者は現実離れした容姿に神をも思わせて、後者はその豪胆さから溢れる威圧のようなもの。


「あの不良の子はちょっと違うかもしれないけど、みんな気品があるじゃない」

「……あぁ、そういうこと」

 ならばなるほど、ボクに風格がないというのは認める。

 ボクは今まで礼儀作法について正式に学んだことはない。面倒臭かったし、それ以上に教えてくれるはずのおじいちゃんはすごく甘かった。


「おじいちゃん、ボクにすっごく甘いから厳しく言われないんだよね」

 ボクは今まで礼儀作法を正式に学んだことがない。あるのは学校やらネットやらで学んだ付け焼刃のものでしかない。しかしボク以外の佐倉家の人は違う。

  佐倉家は現代においても古式ゆかしい風習やらを守る珍しい家系。そしてかつて家が栄えていた頃の影響で、佐倉家の人間は礼儀作法を教えられる。月華さんや宵さん、そして瑞希も小さい頃はおじいちゃんにみっちり絞られていた。

 その間ボクはおじいちゃんに甘やかされていた。


「まあボクも礼儀正しくしろって言われたらできるんだけどさ。付け焼刃のビジネス的な礼儀正しさと、古くから残る伝統的な礼儀の違いはあるよね」

 親戚のみんなはそれが骨身にまで染み込んでいる。あの瑞希は今の不良女子になるために努力をしていたほどに礼儀作法が奥深くにまでしみついてしまっている。

 彼らの礼儀は生活に馴染み実践として取り入れられている。

 ボクのその場しのぎの礼儀作法とはまるで違う。


「それに貴族じゃないけど庄屋を代々してきたらしいからね。ちょっと地位は高い」

 佐倉家は分かり辛いとは思うけれどイギリスでいうと少し権威的なヨーマンの家系。それがボクらの佐倉家である。いまや神社を守り経営するよくわからない宗教の家になっているけれど。畑も戦後に無くなったらしいし。


「……わかりずらいわね」

「ボクも日本の貴族やら体制よりイギリスのことの方が知ってるくらいだしね」

 この辺はおじいちゃんの台詞を引用しただけだからボクもあんまり理解してない。


「いっ……」

「……なんでアンタっていっつも顔の真上でスマホを弄るのよ」

 寝転がりながらスマホを弄りピコと言葉を交わしていた。意識はピコとの会話に向けられていた。だからいきなりスマホが鳴り始めて驚き、顔にスマホが落ちてきた。

 固く平たいスマホが、しかもよりにもよって側面が降ってきた。


「もしもしぃ」

 痛む頬を揉みながら掛かってきた電話に応答する。いきなり瑞希からかかってきて、内容は良く分からないけれどこういうのはよくあることだ。


「姫、たしか一時間も経っていない頃に一緒に集まろうって決めましたよね」

「――――わ、すれてはいないよ、ただちょっと、リュックサックのファスナーが言うことを聞かなくてね、躾直してたんだよ。だからもうすぐで行くよ」

 瑞希のあきれ果てたような声にボクは立ち上がる。

 そういえば宵さんの部屋で集まると決めていたんだった。


「まったく、キミが意味不明なことを聞くから怒られちゃうじゃない」

「よく言うわ」

 従順なファスナーくんに責任を押し付けたことを申し訳なく思いながら、ボクは急いで宵さんがいる部屋へと駆けずり込んだ。

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