佐倉という血筋

帰省

 東北へと向かう新幹線の中。漂う独特な匂いと、トンネルに入る度に覚える耳の閉塞感にそろそろ嫌気がさしてきていた。


 年末。帰省の時期。

 ボクの家系は年末年始になるとおじいちゃんの住まう家に帰省する。東北にあるその家はボクらの家系のルーツであるらしく縁者は一斉にその家へと戻る。

 人数も多く、すごい騒ぎにもなるけどそれを毎年するのがボクらの一族だった。


 車内販売で売られているちょっと高いアイスの異様な硬さに慄くピコを眺める。電車宵が酷いのでいつもは退屈していたのだけど、今年はピコがいるお陰でちょっと楽しい。高速で流れて行く車窓を眺めてあんぐりしていた様子も面白かった。

 ファッショナブルな服を纏って、スマホを自然と弄っているピコもこういう様を見ていると妖精なのだなと思う。「とかしてよ!」と叫んでいるピコにこたえてアイスを手で包む。かなり冷たいお陰で手が痛くなる時は、ピコを握って温める。面白い悲鳴も聞けるし温まるしで一石二鳥。

 しかもこいつはずいぶんスイーツには目がないみたいで、食べさせないよと脅したら逃げようともしないのだ。流石にボクだってそこまで鬼畜じゃないのに。

 健気なこった。食い意地が張ってるだけだろうけど。


 努めて何事もないような表情をしてピコを虐める。

 そんな頃、隣からぼそりと呟く様な小さな声が聞こえた。


「相変わらず綺麗よねぇ」

 隣に座るのはすらりとした体つきの美人さん。威圧的なキツイ顔つきでありながらも魅力的な美貌を持つおねえさんだった。その人はボクの腕あたりを眺めていた。


「これでなにもしてないなんてズルいなぁ」

 口から零れていると気付いていないのかもしれない。ぼそぼそほんの少しダウナーな声が聞こえてくる。くぁーっと欠伸を出しているところを見ると結構ずぼらな人なのだと再認識する。


「まぁ、性格は悪いからいいか」

「……さっきから漏れてますよ、月華つきはさん」

「あれっ?」

 ダウナーな声、凛々しい顔。それに見合わぬ間抜けな声を漏らしたおねえさん。

 この人はボクの親戚。月華さん。


「なにを考えてたんですか、なんか罵倒されましたけど」

「んー、天は二物を与えずって考えてたよ」

 にへらと笑う彼女には先ほどまでの凛とした印象をまるで思えない。表情と言うのが大分印象が変わるのだと否応なしに実感させられる。


「でも一物は与えられてたね、なら見た目とソレで二物を与えられてるじゃん」

 急にさしこまれるおっさん臭い生々しい台詞にため息がこぼれる。

 天然、と言うよりは人の良いおじさんが美人の皮を被っているような、そんな人。

 それが月華さんという人だった。


「アンタと同じ血ってことね」

 プラスチックテーブルの上、溶けだしたアイスの縁をぺろぺろ舐めるピコは言う。

 ボクは月華さんほど中身と外見が不一致じゃない。もしピコが変人と言う意味合いで言っているなら認めても吝かじゃないが、月華さんはただのずぼら女子。

 おっさんはずぼらだけど、ずぼらはおっさんじゃない。……なんだか数学でこんな感じのあった気がする。十分条件、なんたら条件とか意味不明なやつ。


「ズルいなぁ、ズルいなぁ」

「月華さんもいろいろ天の恩寵を受けてますよ」

 チビで可愛いのならいくらでもいる。でもモデル体型で綺麗な人は少ない。レアリティは月華さんの方にあるだろうに。月華さんはボクの腕に頬擦りし始めた。

 それを無視してボクはアイスを食べる。

 ピコは目を離すとすぐお菓子を食いつくしてるデブ根性旺盛だから。


「……そんな可愛い顔して、嫌味、嫌味なの」

 濃厚な味に舌鼓を打つ。久しぶりに味わうこの幸福感。頬が緩む。まだお昼だというのにアイスを食べているという贅沢と背徳感もあるだろう。

 しかし突如、幽鬼の如き声がその恍惚をちょっとだけかき消してくれる。


「月華、嫌味じゃないよコレ。鏡見たことがないだけなんだよ」

「見た事あるよ? ボク、文明人だよ?」

 反対側から同い年の女が首を突っ込んでくる。色彩を失った瞳を見せてくれる月華さんに向かって、なにかボクが非文明に生きる野蛮人であるとでも紹介してくれた。

 挙句帰り際にアイスまで食べていきやがった。


「うそつけ」

「え? なんでそんな真剣な顔で?」

 この女はボクと同い年の親戚。その上同じ高校に通っている。挙句クラスも同じ。これは下世話な井戸端議会を主宰する議長をしている。瑞希みずきという女。そして異様なくらいに下世話で薄情な奴。


「ほんと、よく刺されずに生きてる、尊敬するわ」

 しみじみ呟く彼女は、するめを食べていた。家から持ってきたのだろう。

 不良で、ギャルみたいな派手な格好をしてるくせに嗜好はだいぶ爺臭い。と言うかするめいか食べながらよくアイス食べたな。食べ合わせ悪いだろうに。


「やっぱサクヤと同じ血ね」

 佐倉の血を引く者は日本中様々な場所に散らばっている。

 南は九州、北は宗谷の方までに散らばる佐倉は、それぞれ近所で集まって帰省することが習慣になっている。南関東に住むボクらは東京、上野あたりで集結し一本の新幹線に乗り込む。だからボクの周りには親戚でいっぱい。

 貸し切りと言うほどじゃないけど、見渡す限りは殆ど顔見知りの人。


「ボクは月華さんみたいな身長が欲しいよ」

「チビだもんね、朔夜って。私よりもチビ」

 だからこそこの席も最初から仕組まれていた。席順を決めたのが誰かは知らない。ただ右に月華さん、左に瑞希に挟まれるこの席は居心地が悪い。

 右からはふわふわとした台詞が九割、一割本当に酷いことが聞こえる。

 左からは九割九分馬鹿にする言葉、五分呆れた言葉が聞こえる。

 とりあえず矜持はめった刺しにされる。


「可愛い可愛い、羨ましい」

「ほんと、黙ってれば庇護欲誘う見た目って羨ましい」

 片や素で、片や悪意で喋って来る。

 タチが悪いといったらありはしない。


「はぁ、お前らそろそろやめとけ、朔夜を虐めてもなににもならないだろ」

 ひょっこり前側の席から男の顔が見える。ようやく表れた救世主だった。


「女子会してるから邪魔しないでよしょう

 この場で唯一の男。宵さんはボクを女子として扱う月華さんを諫めた。

 そしてこの人は月華さんの実の兄でもある。双子だから曖昧だけど。

 なんと心優しき事か。感動した


「「身長が高くて顔もカッコよくて、声も低くて羨ましい」って朔夜以外の背の低い男子に言われたらお前はどう思うよ」

「非モテ男の、嫉妬?」

 しかしこの月華さんと言う人は、凛とした顔をしているくせにふわふわした言葉を喋ってるくせに、根が暗い。半ば腐っていると言ってもいいだろう。

 スイッチが入るとすごい性悪なことを言って、行動にする人なのだ。


「……じゃあ、朔夜も非モテ女の嫉妬って思ってるんじゃないのか」

「は?」

 ぐりんと勢い良く首が回って彼女はボクを凝視する。

 その化物染みた動きにピクリと身体を震わせる。ピコは悲鳴を上げていた。

 宵さん、説得の方法、大分間違ってますよ。


「そんなこと思ってないから。なんでモテないのかなとは思いますけど」

 うそである。こんな化物みたいな女、モテたら逆に怖い。

 たぶんそいつも魑魅魍魎だ。


「朔夜ちゃんは性格悪いけど純粋なんですぅ、あなたと違って」

 ぎゅぅっと抱きしめられて吐いたのはボクと宵さんへの口撃。


「いや、だからな――」

「ちがうちがう、朔夜ちゃ――」

 仕様もない口論をし始めた二人を横目にアイスを食べる。

 持ってきたお菓子を溶けたアイスに付けて食べる。ピコが羨望のまなざしを向けてきたのでちょっと分けてやる。


「アンタって、結構イイポジションにいるよね」

 感謝、とばかりに意味不明な台詞を渡してくれるピコ。


「女子大生と女子高生に、可愛がられて罵られるなんて垂涎ものじゃない」

 ボクはアイデンティティの危機に陥ってるのに、酷いヤツ。お菓子あげたのにこんな仕打ちはないんじゃないか。

 それとも妖精と言うのはそういう文化なのだろうか。


「ハーレムよハーレム。男の夢なんでしょ、知らないけど」

 どんどん適当になっていくピコの台詞に口角が痙攣しだす。

 それは男だとみられているのが大前提としてあると思います。アイスに夢中でこっちを見てくれないピコを突く。


「いくら見た目が女だからって、心は男かもしれないだろ」

「いや、え? ボク心も男だって何度も言ってますよね」

 そして仲間だと思っていた宵さんの良く分からない台詞。

 かもしれなくないです。男です。

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