誤解と暴走
まえがき
この話で日常パートは終わりです。
日常パート書いてみたけど苦手過ぎる。
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「朔夜はたしかに頓珍漢なところがある」
彼は自信満々な顔をして話を始めた。それまでのヒステリーは鳴りを潜め、冷静沈着に言葉を連ねる。先程までは典型的な狂人のような振る舞いをしていたというのに、今では碩学の教授のような理路整然とした話口調をしていた。
「しかしだ、たかが数十万円のために人類と敵対するほど頓珍漢じゃなかった」
かと思えば告げられるのは単なる侮蔑、罵倒の類。この男はここまで巧妙な手を取ってまでボクのことを罵りたいのか。首を傾げ、しかし一層真剣な表情をしている赤井クンを泳がせてみることにする。
人間と言うのは錯乱するととことん錯乱する生き物だし。
「お前はヴィランが拷問される様も見てきたろ」
赤井クンのまっすぐな瞳がボクの身体を突き刺して行く。しかし彼の言葉はボクとは全く違う方向へと吹っ飛んでいく。いや、しかしそれも仕方がない。
ボクは尋問の時にヴィランとなった理由について「お金」とだけ答えた。しかしその時はピコのあまりの震え具合を哀れんで、ピコのことについてはまったく口にしなかった。ボクは「ピコに騙されてヴィランになった」とは一度も言っていない。
「それを知っているお前が、しかし今はヴィランになっている」
そこを彼は知らない。そしておそらく想像もついていないのだろう。普通ヴィランと言うのは元来破壊衝動を持つ人間に、ヴィランの契約者が近付いてきて契約をすると考えられている。そしてヴィランもヒーローも契約者と自ら望んで契約する。
だからこそ赤井クンは混乱しつつもボクが望んでヴィランになったと信じてやまない。なにせ契約者が詐欺師なんていう事例が空前のものだから。
「それには当然、人類と敵対すること以上のリターンがあったんだろうな」
だからこそ赤井クンは根本的に捉え違っている。
たしかにボクは女に変身して自主的に月収三十万を手に入れようとしていた。しかしそれはヴィランとなってしまい、クーリングオフが出来ないことを知ったうえで諦めた故の行動。ヒーローに捕まる前に少しでもお金を稼ごうとした結果である。
「月収三十万などとは比類にならぬほどのリターンが」
ボクは不労所得の月収三十万については結構喜んでいた。福祉制度もしっかりとしているようだったし、なんだったらアルバイト感覚でもあった。そこにはリターン云々、デメリット云々は存在しない。
だってヴィランになってしまったら、一般人に戻ることはできないから。
「そこでお前がヴィランになると同時に、女になれることが関わって来る」
人差し指を立てて滔々と言葉を述べる赤井クン。キミの考えは事実とは大きく異なっているけれど、たしかにキミはロジックで考えていることは分かった。妄想と現実を区別できなくなったわけではないらしい。
「ノーリスク、そして金を使わず自由に女になれる」
ボクがヴィランになって得たものは、月収三十万と、【魅了】と言う能力と、小ぶりな胸などの女性化。しかしボクが悪辣ながらも、破滅主義を抱いている危険時積ん物でないことを知っている赤井クンは女性化が最も重要なことだと考えるだろう。
そしてそれはおそらく、ボクの容姿が女性的なことも影響してるだろう。
「知らないけど、異能で女になったんだ。子供だって産めるかもしれない」
いきなりの気持ちの悪い言葉。思わず鳥肌が立つ。しかし真剣な顔をしている赤井クンに他意はなさそうだ。もしあったらボクは本当に悲鳴を上げていた。
しかしやはり赤井クンはボクの女っぽい容姿を念頭に入れている。ボクの華奢な身体や、全く日焼けしていない白い肌。そして一番は長く艶やかな髪の毛。あと男女どちらが着てもおかしくない服ばかりを着ていることであったり。
疑われることは、不快であるけれどそこまでおかしいことでもない。
「子供を産むとかは置いておくとしても、お前が女になりたいと願ってたのならヴィランになって女になれることは喜ばしいだろうな」
間違いじゃないけど、でも結構重大な勘違い。
「だから、教えてくれよ朔夜」
より真剣な瞳をボクに向ける赤井クン。ただひたすらに、まっすぐに、その誠実な瞳をボクに当てつける。昔からよくよく見たことのある赤井クンのどこまでも実直で真剣な目。そしてボクが嫌いな目。
「俺はお前のことを今まで弟のように思ってきた。朔夜を家族のように思ってる」
あんなにも狂気に触れたことを言っていたのに彼はどうしようもなく真剣なのだ。その癖ボクをどこまでも気遣う様な目線で、どうしようもなくくすぐったくなる。
昔からこの視線を受けるたびにボクの人間的未熟さを教えつけられるようですごく嫌な気分になった。それに……いやそれは良いか
「別に俺はお前が女になりたいと願っていても、バカにすることは絶対にない」
「……はぁ、分かったわかったからそんな目で見ないでよ気持ち悪い」
酷い興ざめ。別にボクは意図的に赤井クンにトランスジェンダーであると思わせているわけじゃない。ただここで誤解を解かないのは倫理的に大きな問題があるし、第一赤井クンに本気で女扱いされてしまう。
ちょうどよいし、そろそろ誤解を解くことにした。
「いいかい、第一にボクは女になりたいと願ってはいない」
人差し指を突き立てる。
まず、第一にボクはトランスジェンダーでは無いこと。
「第二に、ボクは女々しいかもしれないがそういう男だっているんだ」
続いて中指を立てる。
確かにボクは女っぽいがしっかり男である。少なくとも今は自分でそう思ってる。
「第三に、この髪の毛はボクのおじいちゃんの趣味だ。ボクの趣味じゃない」
薬指を立てる。
多くの人がボクを女子だと勘違いする第一要因の髪の毛。率先的に手入れをしている大切な髪の毛。今では短髪のボクをまるで想像できないほどに馴染んでしまったが、初めはおじいちゃんの願いである。「お願いだ、可愛らしい孫娘の姿を見たいんだ」とお願いされたことを覚えている。
ボくは孫息子なんだけれどね。
「そして第四、お金以外にヴィランになった理由があるというのは正解だよ」
小指を立てる。
服の中に隠れているピコが、仲間を売りやがってと言わんばかりに藻掻き始める。
しかし彼もそれについてはまるで分らないだろう。
赤井クンの目が一段鋭くなった。
「…………朔夜、俺がそんなに信用できないか?」
少し長い沈黙が霧散した頃、彼はなにか苦しそうな顔をしていた。
「それはボクの台詞だろ。キミがボクのことを信用してないじゃない」
その目には疑いの感情が浮かんでいた。そしてどこか悲しむような感情が浮かんでいた。なにか拳も震えている。
「いや、そうだな。変なことを聞いて悪かった」
「納得するまで別に話してやってもいいんだよ?」
しかし彼は立ち上がった。自ら消音石の効果を打ち消して、途端耳には騒がしさが久しぶりに入り込んでくる。その顔には納得がいかないという思いが前面に出されていながら、しかし彼は店を出る準備をし始めた。
そしてボクが投げ掛けたその直後、店から去ろうとボクの横を通り抜けた時。
「だからと言ってお前が世界に混乱を与えるのなら、俺は絶対に許さない」
あったのは怒り。あったのは失望。あったのは悲嘆。それがボクの身体に無理やり押し込まれる。一瞬心臓を握られるような感覚がして、恐怖が身を縮こませる。
「よいお年を」
彼がいなくなってもボクの心臓は酷く響き続ける。冷や汗がだらだら流れる。
赤井クンと言う人間がヒーローであってボクがヴィランであるということ。それを、ボクは初めて実感した。
「アンタ、絶対に説得できてないでしょ」
しばらくして服の中から顔を出したピコに言われて、また心臓が鳴り始めた。
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