とあるファストチェーン店と誤解

まえがき

 昨日投稿できなかったため、本日は朝と夜の二回更新です。

 注意してください。

 そして読んでくれてありがとうございます。

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「俺はお前のことをトランスジェンダーなんじゃないかと思ってる」

「は?」


 どうしてこんなことになっているのだろうか。

 慢心、あるいはそもそも赤井クンの策略なのではないか。


 東北の方にあるおじいちゃんの家に向かう前日。それまでボクはクリスマスの時にじっくり見られたあの破廉恥な格好について追及されることもなく、そのまま田舎へと飛び立って逃げ切れると確信していたのだ。だからこそ家でボクはゴロゴロしながらピコと時折言い争いをして怠惰の喜びを享受していた。

 そんな時だった。お母さんから突如として投げ掛けられた「赤井君が話したいことがあるんだって。明日には向こうに言っちゃうんだし話してきなさいよ」と言う台詞。当然ボクは反抗した。それ以上は追及するなと言ったのだから。しかし母というのはどこの家でも相当強かな人なのかもしれない。

 気付けばボクは身一つスマホ一つで家を追い出された。

 そしてヤツは家の目の前に突っ立っていたのである。お母さんが聞いたというのは電話越しじゃなかったのね。


「も、もう一度言ってくれないか?」

 今は近くの有名なハンバーガーチェーン店、その店内席にて。

 ボクと赤井クンはポテトやらハンバーガーやらをテーブルに広げ対面していた。そしてボクを連れ出してくれた赤井クンは今、ボクを深刻な顔で見つめていた。

 ヤツの顔面はたしかに深刻である。この暑苦しさはおそらく人類に比類ならぬもの。しかし今回の”深刻”の意味は意味合いはそう言うことではない。神妙とかシリアスとか、そういった意味合いでの深刻な顔。


「俺は、お前がトランスジェンダーじゃないかと思ってる」

 やはり幻聴、だろうか。


「別にお前を苦しめようとしてるわけじゃない、バカにするつもりもない」

「いや、ちょっと待ってよ、なんでいきなりそんな突拍子もないことを……」

 遂に気でも狂ったのか。インフルエンザにかかると時折正常な判断が出来なくなってしまう人がいるらしいというから、赤井クンはそうなのかもしれない。そもそも高熱の時は良く分からないことを真面目に思ったりするものだ。


「……いやわかんない。キミ普通にしてても熱いし」

「落ち着けよ、今更俺が昨夜のことを傷つけてどうするんだ」

 気持ち悪いほどに柔らかな笑みを浮かべる赤井クン。その明かされた額にボクは思い切り手を当てる。浅黒い肌にボクの白く華奢な手が触れると、そこからは普通人間の体温ではありえないほどの熱量を感じ取った。

 しかし思ってみれば赤井クンは常に発熱している面倒な能力の持ち主。手を当てたところでそれが平熱であるのか高熱であるのかは区別がつかない。と言うかそもそも彼とは十年近くの仲だが、彼が風邪やらで学校を休んだことは一度もなかった。


「じゃあ、本当におかしくなっちゃったんだ」

 なればこそ考えられるのはただ一つ。本当に心が壊れ気狂いになってしまった。

 それに赤井クンが正気を失うには十分すぎるほど、ボクは彼に対して結構なことをしてきたとは自覚している。もちろんそれが彼を狂わせてしまったとは言い切れないだろう。言っても所詮はボクみたいな子供のお茶目な悪戯だもの。それで心が壊れるとは思えない。第一壊れるんだったらもっと早く木端微塵に吹き飛んでるだろう。

 友人がイカれてしまったことに憐れみを覚える。


「キミは疲れてるんだよ。少しはヒーロー活動休んでもいいんじゃないかい?」

 心なしかボクの声には自然と赤井クンへの憂いが乗り込む。ボクも聞いたことのないほど柔らかなボクの声。思わずボクが驚いてしまう。

 でも確かに赤井クンのことを虐めすぎてしまったかもしれない。このまま法廷で争ったらボクが絶対に負けるので、とりあえず赤井クンからの心証は少しでもよいから良くしておこう。万万が一には示談で済ませられるように。


「……なんだその声。悍ましい」

「いやいや、明らかにキミは疲労困憊みたいだからね。友人を、労しき幼馴染を憂うのは当たり前じゃないか」

 酷く当たり前なことである。そんなことボクだって知っているのに、それをなんだ悍ましいとは。ボクが今までしてこなかっただけで、悍ましいなんて言うのはひどいじゃないか。ぷんぷん。


「俺は真剣に朔夜のことを考えてだな……」

「そこがだよ、そこからしてキミの正気が失せたことを証明してるじゃないか」

 ボクを訝し気に、そして咎めるように目を向けてくる赤井クン。どうにも彼は客観視と言うことをできていないようだ。正気でない人は己が正気でないことに気付かないらしい。そんなことを今日実感として初めて知った。


「ボクの心は実は女の子で、性転換を願ってたと本気で思ってたらそれは狂気だよ」

「……いや、だがな」

「だがなじゃないよ。それが分かんない時点で狂気に染まってる」

 いったいこれは十年間近くボクのそばにいて、ボクの何を見て生きていたのだろうか。少なくともボクに告白をしてきたくらいにはボクのことを見ていた筈なのに、どうしてそんな推論が真面目に浮かび上がってくるのか。女だと間違えられることは嫌だし、女装することだってそこまで好きじゃない。それを何度も言ってきたのに。

 いや、あるいはそうか。


「そうか、キミはあれか、妄想と現実の区別がつかなくなった類の狂人か」

 現実にそのタイプの狂人が存在するのかは知らない。しかし創作にはそういう狂人はごまんといる。もはや一般的な狂人と言ってもいいくらいにはいっぱいいる。

 それにやはりヤツはボクに告白をしてくれたヤツであり、いつぞやには本気で襲われかけたこともある。これがボクを女であると望み続けるには十分な動機が存在している。なるほどそういう訳だったか。


「哀れとしか言いようがないね」

「――違うわアホが!」

 赤井クンが胸元に掛けていた青色の綺麗な石ころをポテトやらハンバーガーやら、チキンナゲットやらコーラやらが散乱する机に投げつける。そんなことをしたものだから石は粉砕されてしまう。そしてその瞬間、周囲の音が一瞬にして消える。

 石が割れた場所を中心に球形の半透明の青白い膜がボクらを囲い込んでいた。

 これはヒーローたちが持っている『消音石』の効果。この青白い膜につつまれている限りボクや赤井クンの声がその向こう側に届くことがなければ、向こう側の声もこちら側に届くことがない。本来は秘密の話し合いをするときに使われるべきもの。


「滅茶苦茶なこと言ってくれるから言わせてもらうけどな、だったら朔夜、お前はなんであんな丈の短いミニスカートなんて穿いてたんだよ!」

「……いや、女装させられてることはいつものことじゃないか」

 あまりに熱意高らかに叫ぶ彼の気迫に押し込まれてしまう。ただミニスカを着ていたことと赤井クンに本気でトランスジェンダーだと思われることを天秤にかければ、さすがに後者の方に傾いてしまう。だからボクは反論する。

 いやだけど。それを認めるのはいやだけど、でも事実だし。


「ずっと昔から思ってたけど、お前女装するの結構好きだろうが!」

「はぁ、だから妄想を押し付けるなって言ってるだろ」

 そろそろ変身した方がよいだろうか。どうにも赤井クンは正気でない。いつ襲われるか分かったものじゃない。……いや、変身したところで何かできるとは思えないけどね。だってボクの能力【魅了】だし。悪化する予感はあるけど。


「第一そう考えればお前がヴィランになった理由も辻褄が合うんだよ!」

「はぁ、そうですか」

 赤井クンは人差し指をびしっとボクに向ける。威風堂々、複雑怪奇に絡まり合った事件の真犯人を見つけ出した探偵の如く、自信満々にボクに指をさした。

 ふむ……面白そうだから聞いてやろうじゃないか。

 弱み握れそうだし。




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