地獄での対面

「……さて、これは、どういうことか聞いても?」

「いえ、駄目ですね」

「そうですか」

 果たしてこれを何度繰り返しただろう。時計を見てみると二十分くらい。その間ずっと繰り返していたからおそらく数十回は軽く上回っているだろう。

 なにも聞かれたくはないからボクから一切の言葉発さない。ただ目の前にいるその人が諦めるまで、ケーキを食べコーヒーを飲みシュークリームを食べて時間を潰す。

 ちなみにどうしてその人がここに居るのかは分からない。でもだいたい想像がつく。だって背後で鳴海先輩が分かりやすくボクらのことを眺めているのだもの。


「ただボクからは聞かせてもらうよ、なんでキミがここに居るの」

 ボクはその目の前にいる人――赤井クン。ボクは赤井クンの質問には徹頭徹尾拒絶しながらも、しかしここに連れてきた凶悪犯を口に出してもらうために質問を投げる。そして同時にボクが破廉恥なミニスカコスをしていることを記憶の外に投げ捨てる。あるいは第二宇宙速度で打ち上げる。


「鳴海先輩が、朔夜のことで用事があるからって言われて……」

「ふ~ん、クリスマスなのに暇だったんだね。いやワンチャンあると思ってた?」

 あり得る。コイツヒーローだけど筋肉だから彼女いないけど性欲は有り余ってる。昔赤井クンのスマホのブックマークを覗いてみたら相当ドスケベなものが大量に入っていた。ほんと気持ち割るのを見せないでほしいよまったく。

 汚らわしく思っていると赤井クンはいきなり慌てだした。


「んなわけねえだろ! お前のがワンチャンあると思ってんだろそのかっこ――」

「まあまあまあ! 鳴海先輩がそこにいるからね、キミも認めるとは思わないけど」

 なにかとんでもないことを言ってくれそうな予感がして叫ぶ。


「とりあえずキミの言葉は信じることとしよう」

 だからとりあえず妥協策として彼を黙らせておく。

 クリスマス会。そこに赤井クンがやってきていたのだ。

 

「……」

 長い長い沈黙。重苦しい絶望感。

 赤井クンが白旗を上げるまで徹底的に沈黙を貫き、相手が首を出した時だけ十字砲火を加える塹壕戦もかくやな遅滞戦術。塹壕を駆使した戦術が第一次世界大戦で独仏両軍にトラウマ的な被害を与えたように、この戦術は赤井クンにも被害を及ぼすがボクにも被害がやって来る。それも結構高威力な。


「そろそろ帰ってくれない」

「お前がその恰好について話してくれるまでは帰らねえよ」

 それはコキュートスの穏やかな水面をコーヒーと共に優雅に嗜むようなもの。いくら糖分やらで贅沢成分を取り込んで脳内がハッピーになったとしても目の前の景色がそれを容易く打ち消してくれるのだ。あまりに辛い状況。


「お前、髪なんて染めて無かっただろ」

 しかしこの男は目の前に張られた大量の塹壕を乗り越え、張られた鉄条網を飛び越えて砲兵陣地を駆け抜けこちら側へとやって来る。これはあれだろう、この世で初めて戦車という鉄の塊を目撃したドイツ兵の心持。


「……聞くなと言いましたけど、聞いていましたか?」

 その無謀な吶喊はしかし成功を収めてしまった。この男の遠慮のなさが彼の身体を雨あられと降りしきる銃弾砲弾の類から遠ざける。やがて彼は不躾のボクの念入りに手入れされた髪の毛に触れた。


「お前の家に行ったときには染めてなかったよな?」

 その上彼はじっくりとボクの髪の毛を見つめてくる。鼻息までもが髪の毛にかかり気持ち悪さがボクの背筋を掛けていく。ボクの淡い桜色が入る、黒と青とが入り混じった髪の毛がどんどん穢されて行く。

 この男はどうにもセクハラなるを知らないらしい。


「触らないでもらっていいですか?」

そもそもこの男はそもそもが暑苦しいのだから離れてもらいたい。いくらこんな格好をしているからと言って元々ここは暖かいし、こんな発熱野郎が近くにいると暑くてたまらない。離れてほしい。


「それにお前のお母さんは髪染めるのなんて許さないだろ」

「キミのお母さんは他人の髪に勝手に触るなんて許さないだろうが」

 ありえない暴挙に、しかしこれが無理やりこちらを襲ってくると抵抗などできない。どうにもこの男もこちらを逃がすつもりはなさそうだ。

 いや、しかし髪の毛のことだけだったら別に赤井クンに隠し通さなくたって別に問題はない。ただあるとすればそれを機にこの格好のことにまで追及の魔の手がやって来ることが簡単に想像につくことだろう。この男に遠慮なんてものはない。


「お前はどれだけ親不孝なんだ。あの優しいお母さんに背いてそんな不良なことを」

「よっぽどキミのが親不孝だし恥知らずでしょ。華奢な人間を馬鹿みたいな力で抑えつけて髪の毛を勝手に触って、あまつさえ素肌をじろじろ見てくるなんて」

 しばらく互いがどれほど親不孝で恥知らずで度し難いほどの社会不適合者であるのかを論理的に語り、ロジックによって相手を屈服させようとする熾烈な口撃が繰り返される。


「じゃあ髪の毛のこと話したら帰ってくれないかな」

 それからやがてボクが一杯のコーヒーを飲み終わった頃、そろそろ疲れてきたらしい赤井クンにボクは一つの提案をしてみることにした。

 一瞬、隙が生まれ、好機が訪れていた。


「……なんだ、朔夜、髪の毛以上に疚しいことがあるのか?」

 あるに決まってんだろ目腐ってんのかばか。どう考えたって男子高校生がヴィランの力を使ったとて、ミニスカサンタクロースコスプレをして小学生の小さな子供たちと戯れ、そして誘惑しているのだからどう考えたって疚しいだろう。


「殺すぞ」

 第一ボクはこの姿を赤井クンに視姦されていたくはない。いや、そもそもボクが男子であることを知っている人に見られたくはない。散々鳴海先輩には写真までもを取られてしまったが、しかし見られたくなことは本当なのだ。


「頷かないならキミのお母さん呼ぶけど「勇一クンが離そうとしてくれなくて困ってるんです」って。今の状況を見て物を述べてもらいたいね」

 髪の毛を勝手に掴まれ凝視する筋肉ムキムキ身長180cm台の発熱する巨人と、袖なしミニスカコスプレで中学生にも思える華奢なボク。一体大義はどちらにあろうか。警察を呼べばこんなもん即時案で現行犯逮捕できるに決まってる。


「わかった。今日はそれだけで許してやるよ」

「九十九ヵ年はそれ以上聞かないって約束してくれないかな」

 流石にボクの容姿と己の容姿を比較するくらいの力はあったらしい。ようやく髪の毛から手を離して、元の席へと憮然とした表情をした赤井クンは座り込んだ。酷く生意気なことを言ってくれる赤井クンの言葉をぴしゃりと跳ねのけてあげる。


「……じゃあ話せよ」

「話すけど、ちょっと待ってて」

 話すならどうせ髪の毛のことでこちらを疑っているピコも連れてきて同時に話をしようと、一旦赤井クンを放置して厨房でおそらくケーキを貪り食っているピコを探しに出る。一瞬止められかけたけれど、ヤツの腕をすり抜けて厨房に入り込む。

 そしてそこには以前見た時よりも酷くなったクリームの付着具合のピコがいた。


「ピコ、髪の毛のこと教えてあげるからついてきてよ」

「んー、今はいいかな」

「OK、じゃあ行こうね」

 ピコに人権なんてないのだからいいよね。


「よしじゃあ、教えてあげるよ」

 席に座りなにか深刻な顔をしている赤井クンに対して少し微笑みながら人差し指を立てる。そしてクリームでベッタベタのピコを空いた皿の上に放り投げる。



「これはね、ボクの体質なんだよ」

 これで終わり。ちなみに嘘をついているわけじゃない。ほんとにほんと。


「嘘つけよ、俺は朔夜の髪の毛がピンク色になってるとこなんて見た事ない」

 なにか鼻で笑う赤井クンが鬱陶しいが、まああり得る勘違いなので訂正してやる。

 ただ鬱陶しいのも間違いなかったのでボクも鼻で笑ってやる。


「ボクは夜、キミと顔を合わせたことは今まで一度もないと思うけどね」

 ボクの体質はボク自身の名前がすごく端的に表してくれる。


「夜、それも新月の夜に近づけば近づくほど髪の毛がどんどんピンク色になるんだよ。説明するのも面倒だし、鬱陶しくなるから隠してたけど」

「……中学の修学旅行とかあったろ」

「あれは髪の毛を染めてたんだよ。染めてたらピンク色には見えなくなるし」

 朔月の夜、ボクの髪の毛は桜色になる。他にもいろいろとボクの名前には含意があるのだけれど、そういった意図によってボクは朔夜なのだ。


「ただ、それだけだね。キミだってホッカイロ体質でしょ、それと似たようなもの」

 赤井クンは沈黙を保ったまま、ボクをじぃっと見つめてくる。

 しかしそれもすぐに終わる。


「さてと、ではお会計です。ケーキ三つとブラックコーヒー二つ、とチップ頂戴」

 さようなら赤井クン。

 今年はおそらくもう会うこともないだろう。大晦日正月あたりはおじいちゃんの家に毎年行っているから、赤井クンと会う機会もよほどのことがなければない。

 そうして十日くらいが経てばどうせ赤井クンのことだ。これの脳みその記憶領域なんて二バイトくらいしかないだろうから忘れてくれるに決まってる。


「よいお年を!」

 もう会わなくて済むんだから、思いっきり笑顔を見せて赤井クンを送り出した。

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