当日のお昼、開き直りと来訪者?

「うぅぅ、なんでボクだけこんな目に」

 そして訪れてしまったクリスマス当日。まだ日は冬の澄み切った天空を突き抜け、燦燦とボクらを照らしてくれているような頃。クリスマス会にはまだまだ時間はあったのだけれど、すでにみんなサンタ服を身にまとっている。おかげでボクも例のミニスカサンタコスプレをしなければならず、羞恥心が凄まじい。


「いいじゃないですか、可愛らしいですよ宵桜さん」

 主にクロと鳴海先輩の目から逃れるようにカウンター裏に隠れる。うずくまってクリスマス会が始まる前に終末のラッパが、世界中に響き渡るのを願っていた。そんなところにヤドリギでボクに対し中途半端な態度を取る桔梗がやってきた。

 この桔梗という女子中学生は、こちらを哀れむふりして大笑いをするような性格の悪いヤツ。でも率先的にボクを滅茶苦茶にしてこないから比較的ましでもあるヤツ。


「キミのがこういうのは似合うと思うんだけど?」

 しかし今日の場合は明らかに煽りだ。そもそもこんな格好、女子高校生がしたって破廉恥に思われるだろうに、それを元男が着ているのだ。もちろん一番最後のは桔梗も知らないと思う。ボクはそのことを言ってなかったし。だけど、だけど鳴海先輩と同じく防御力豊富な服を着ている桔梗の口元は若干吊り上がっているもの。

 だからこそ何度もボクは提案する。女子中学生の若いうちだからこそこういう衣装は着られるのだと熱意をもって伝えた。なにせ悲しいことだが桔梗とボクの背丈はほとんど同じ。なんだったら桔梗は殆ど胸がないし衣装の交換は可能。


「いやいや、私は宵桜さんほど可愛らしくないので」

「着なきゃわかんないじゃん」

 代わりに女子中学生が今まで来ていた服をそのまま着ることになるが、こんな破廉恥な格好をするくらいだったらそっちの方がましだ。前者は桔梗に変態と罵られることだろう。でも後者はボクが元男だと知られたら警察署に連行されるレベルだ。

 どちらがましかは言うまでもない。


「第一、ぷぷ、高校生だとは思われないから大丈夫ですよ」

「……そういう問題じゃないんだよ、わかる?」

 どうして先輩も桔梗も似たようなことを言ってくれるのだろう。しかもこっちは確実に笑ってくれているし。一体どうしてやろうか。鳴海先輩にやられっぱなしなのはもう諦めているけれど、桔梗にやられっぱなしなのはむかつく。年下のくせに。


「キミも胸ないから着れるよ」

「……それ、自分で言ってて悲しくならないんですか」

 なるわけないじゃん。ボク元々は男だもん。

 キミ一人でその荒涼たる平野を悲嘆しているがいい。


「お前いい加減諦めて出て来いよ」

 憐れなくらいに小さくなって、自らの胸をペタペタ触る桔梗。それを無感動で見ていたボクに、クロが頭上から声を投げ掛ける。薄暗く陰険な顔に似合わないサンタ帽子をかぶってカウンターにのしかかっていた。


「クロ、ボクは一番キミに見られたくないんだよ」

「悪かった、俺の脚本が悪かったから拗ねるのはもうやめろ」

「それだけじゃないよ」

 ボクのクロに対する基本姿勢の大前提には、例のクソみたいな脚本がある。だからそもそもボクはクロに対しての態度が悪い。だが今ボクがクロから隠れている行動にそれが占めるウェイトは極めて小さい。

 ボクはあの日破廉恥な格好を見られた時に見惚れられたことが一番いやなのだ。赤井クンのような筋肉がありヒーローのくせに人畜無害な人間であったらば、それを散々煽りに煽ったことだろう。しかしクロという人間はピコに負けず劣らず悪辣なタチである。そんな奴に惚れられても楽しくないしただただ気色が悪いだけ。


「何の関心もない相手に見惚れられても気持ちが悪いだけ。可愛かったら否応なしに見惚れてしまうその無様な童貞精神を直してほしいね」

「ど、どっ……うるせえ! さっさと働け!」

 ばんばんばん、と正しいことを言ってあげたのに怒りに任せてクロはカウンターを叩く。しかしクロの無様さと桔梗の哀れさを見ていると別にミニスカサンタコスをしていたところでどうでもない様に思えてきた。

 ボクが正しいのは事実であるし、ボクがコレを着ているとすごく可愛らしいというのも事実である。それは認めてやっても吝かではない。あからさまに似合っていないクロやあまりに平坦過ぎて女装を疑われてしまう桔梗に比べたらよほどまし。

 それに今女であることも事実だし。


「平坦過ぎて男か女かも分からない桔梗と、単純に不細工なクロの代わりに働いてあげるよ。だから感謝してね」

「調子に乗りやがって」

 毒づいているけれど、ボクがちょっと妖艶な振る舞いをしてみれば硬直してしまうザコである。敵にもならない路傍の石以下。ただ別に面白いということもない。


「といってももうお昼だけれどね」

 カウンターを挟み口撃戦を行っていたボクとクロ、そして足元でいまだ小さくなっている桔梗。それを今まで横目で見ていたマスターさんは苦笑いをしつつ、片手に結構な量のナポリタンを持っていた。


「三人ともサボってたなのだ」

「はっは、バカ言え、俺は一人だけサボってる宵桜を注意していただけだ」

 突如としてクロの背後に現れたチョコは頬をぷっくり膨らませている。そしてぽこぽこクロの背中を叩いているらしくぱすぱす音が鳴っていた。


「大丈夫よチョコちゃん。ちゃんと三人にも動いてもらいますから」

「……ボクは精神的なストレスを抑えようとしてただけです」

 クロがサボっていたというのは分かる。仕事をしているふりして大して何もせず、最後の最後でボクにちょっかいを挟んできただけ。バイトなのだからもっとキリキリ動いてほしいものだ。それに対してボクは精神的ストレスを抑えようと努力していた最中。精神崩壊を必死に防いでいたのだ。クロと同類と思われたくはない。


「まったく、若いのにサボるなんて駄目な奴だにゃ」

 日向で丸まっている猫には言われたくありません。

 いつの間にか三匹に増えていた猫を少し殴る。


 □


 鳴海先輩はすごく厳しい人だった。ただでさえ危うい恰好をさせられているのにきびきび動くことを要求して、恥ずかしがって裾を抑えるとニヨニヨ微笑みながらちょっとだけ怖いことを囁いてくれる。……一番怖いのはその笑みだけどね先輩。ボクには先輩にそっちの気があるんじゃないかと思って怖いよ。

 いや嬉しくはあるんだけどね、でもちょっとやだ。


 そうこうしているうちに外は薄暗くなってしまった。もうすぐクリスマス会の始まる時分。緊張が酷く心臓はバクバク、羞恥心がぶり返しまたボクはカウンターへと引き籠った。そしてまた桔梗が近くにやってきて、そのあとしぼみ胸をペタペタ。クロがカウンターにのしかかり上から顔を出してぺちゃくちゃ文句、そのあとチョコがポコポコ殴り始める。

 凄まじいデジャヴに襲われて、それでもクリスマス会は開かれてしまった。

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