ヴィランの密会の内情
「この子はハインリヒ。マスターさんと契約をした猫さんです」
「うるさい人間の子供からはブラウンと呼ばれているにゃ。よろしくにゃ」
猫というピコと同程度に自由奔放な生き物のある割に、酷く文明的で礼儀正しい。頭を下げてくれるハインリヒ――今後はチョコに合わせてブラウンと呼ぼう――は少しだけ可愛らしい。ただ人間と同じように座る様はすこし不気味だった。
「ほかにも桔梗ちゃんの妖精ミリや、チョコちゃんの白猫ゲオルクに、クロさんの黒猫アデン・フランクハウスト子爵が、宵桜ちゃんに紹介できなかったメンバーよ」
「あ、あでん?」
「シュヴァルツとみんなは呼んでいるにゃ。でも本物の子爵様だにゃ」
密会に参加しているメンバーは、みんな猫か妖精と契約しているのだな。そう思っていた最中突如耳の中に入ってきた長ったらしく仰々しい名前に首を傾げる。厨二病と契約するくらいだから、厨二病の猫がやってきたのかと思っていた。
しかしブラウンは本物の子爵であると息巻く。猫たちの世界は貴族制なのか。
「あと心配してね宵桜ちゃん。私たちはヴィランだけれど、率先的に町を破壊することはないしヒーローと戦うこともないわ」
「まあ、そうですよね」
クロは分からない。アイツ悪辣だし。でも鳴海先輩が人を傷つける姿であったり、以前見たチョコという少女が策謀することは想像が出来ない。前者はあまりにもふわふわしてほのぼのした人だし、後者はバカだし。
第一先輩たちがヤドリギと呼んでいるこの密会にも殺伐とした空気はない。
「でも密会のメンバーにはいくつかの義務を課してるの。厳しいものではないのだけれど、理外の力を持つ私たちが無秩序にいては大変でしょうから」
紙芝居は一気に警戒色で覆いつくされる。中央には大きく赤色で『あてんしょん』とひらがなで書かれている。
「一つは自然を守ること。これは妖精さんのために。そしてマスターさんのために」
紙芝居には『あいらぶしぜん』と吹き出しが加えられたテラが大きく描かれている。ピコにはそんな兆しはなかったけど妖精は自然が好きらしい。そして喫茶Natureという名前の通りこの喫茶店には観葉植物が多く置いてある。
そこにいる連中がポイ捨てやらなにやらをしていたら評判は落ちるだろう。
「二つ、猫ちゃんの可愛らしさを発信すること。これは猫ちゃんのために」
今度はスマホを持つチョコらしき人物と丸まっている猫の絵。先輩の言っていることもなにを目的にしているのか不明のまま。先輩はまた一つページを進める。
「三つ、時々お菓子や魚――ツナ缶などを持ってくること。妖精さんや猫ちゃんにもご飯は必要ですから。困ったときに助け合えるように」
お菓子は妖精たち、魚は猫たち。前者はピコがボクのお菓子を悔い漁っていたから知っている。しかし後者はいくら何でも猫すぎやしないだろうか。
いや、猫なのだけれどこの猫たちは貴族制を敷いているのだろう?
そもそも本物子爵様がいるというのにツナ缶でいいのか。カニ缶とかでなくていいのか。カニは魚じゃないけどそういう高級品じゃなくていいのだろうか。
けれど鳴海先輩は止まらない。暴走列車の如く進んでいく。あるいは猪のように。
「そして最後に、マスターさんの手伝いをすること。私たちはマスターさんのご厚意でここを使わせてもらっています。ですからしっかり感謝をしましょうね」
「君たちがいると華やかになって、お客さんも来てくれるからそんなことはしなくてもいいんだけどね。会長さんがすごく頑固だから断ってくれなくてね」
コーヒーを淹れていたマスターさんが開いていた席に座り込む。ちょうどブラウンの横、そしてマスターさんは笑いながらボクにようやく声をかけてくれる。もう片手はミルクを上品に飲むブラウンの頭に置かれていた。
しかしこれは当然のこと。マスターさんも契約者がいる以上ヴィランなのだろうが、ここはマスターさんが普通に運営している喫茶店。それは鳴海先輩が正しい。
「そして今私がサンタさんの衣装を着ているのも、マスターさんの手伝いのためなんです。ホッホー!」
しかしそれは分からない。なんの因果があってサンタのコスプレをすることがマスターさんの手伝いになるというのか。そして今まで髭をつけながらしゃべっていたけれど、それは鬱陶しくなかったのかとも思う。
やっぱり鳴海先輩って、大分おかしな人だ。
「そこからは僕が説明するよ、会長さん」
それから「私がいい子にしていた子供たちにプレゼントを贈りますからねぇ」といって先輩は裏の方へと消える。奇々怪々が過ぎる。ほんとに素面なのかも怪しい。
先輩が消えていった方角をじっとり見つめていたその時、ようやく、本当にようやくマスターさんが口をはさんでくれる。鳴海先輩のあまりの奇怪のお陰で半分くらい理解できなかったから嬉しいけれど、少し遅いです。
「ここでは毎年クリスマス会を開いているんだ」
そこでようやく一番知りたかったことを察する。
クリスマス会の準備や練習をしていてあの衣装を着ていたのかと。
「常連のお客さんであったり、近くの子連れの夫婦だったりを招いてね。それでヤドリギが出来た去年から手伝ってもらっていたんだけど」
やっぱり因果を説明してくれるというのは丁寧でありがたい。ボクは幼児ではないし小学生でも中学生でもない。紙芝居形式にせずとも言葉にしてくれれば理解できる。それをマスターさんは分かっている。
そしてボクをちゃんと高校生であると認識してくれている。
先輩もそうだとは思うけど、扱いが明らかに幼児じみているし。ありえる。
「チョコちゃんの提案でね、コスプレをしたらどうかってなったんだ。それで会長さんはサイズ確認を兼ねてあの服を着ていたんだよ」
にしてはノリノリのように思えたけどね。露出度の皆無な一般的なサンタクロースの恰好ではあったけど、「ホッホー!」なんて言うのは舞い上がってる。しかもサイズ確認のためだったらそれで外に出ていなくても良いし。
「だけどその、会長さんて時々天然になっちゃうんだよね」
「……どうしたんですか、その顔。不穏なんですけど」
すこしの不穏を感じ取り、ボクはマスターさんを問い詰めようとする。
しかしそれはすぐに必要なくなってしまった。
「可愛い宵桜ちゃんにはこれがぴったりだと思うの!」
「――その、会長さんにも悪気があるわけではないんだよ」
赤と白の布切れを持って帰ってきた鳴海先輩。色合い的にはサンタクロースであるし、マスターの言葉のようにボクもコスプレするのだろうとは思っていた。てっきりマスターさんが不穏なことを言うからふざけたものでも持ってくると思っていた。
だから一安心――できなかった。
「はは、は……冗談が上手いですね先輩は」
鳴海先輩がそれをひらりと広げてみる。そこにあったのは、鳴海先輩が今着ているものとはだいぶ趣向の違うサンタ服。スカートが付いておりそもそもが女物。その上冬に着るのに馬鹿げたほどにスカートは短く、袖はない。
男のボクにミニスカを着せるとか頭湧いてるよ。冗談でも質が悪い。
「冗談じゃないわ、これを着ればどんな人も宵桜ちゃんにイチコロ!」
「ねぇ、先輩。頭おかしいんじゃないですか?」
それを両手で持ってにじり寄って来る先輩の危ない目。小中高校で出会った、ボクに絶対女装をさせようと躍起になっていた連中と同じ目をしている。この人もそっち系の人だったのかと、ボクは腰を上げる。
ロングスカートだったらまだ許そう。しかしミニスカは、ミニスカは無理だ。だから無理やり着せられる前に逃げれるように、と。いつも役に立たないピコも、いつも通り役立たずにテラに押し倒されて放心している。
「ば、ばかっ、近付かないでよ!」
「うふふ、うふふ、可愛くしてあげるから、ね?」
どうしてこの人はその台詞でボクを説得できると思ったのか。
しかし徐々に追い詰められていく。
「大丈夫よ、変身したら女の子になれるんでしょう?」
「――――」
ちがう、ちがうよ。別にそこはもうどうでもいいんだよ。女装させられたことなんて人生で何度もあるからあきらめてはいるんだよ。でもボクだって男としてのプライドというかアイデンティティがあるんです。可愛くなることによってボクのプライドはどんどんすり減っていってるんです。満面な笑みで言われても困ります。
しかしボクは鳴海先輩にお姫様抱っこされる。この人力強すぎるよ。
「人間、時には諦めることも重要だにゃ」
猫畜生が。優雅にミルク飲みやがって。
□
「相変わらず会長はサンタのコスプレ――」
無理やり着せられてマスターや先輩に破廉恥とも思える露出度の高い恰好を披露する。ただこんなにも肌が晒されることなど今までなかったから、自分の腕で自分の身体を抱きしめていた。そんなとき、最悪のタイミングで厨二病患者がやってきた。
「……は?」
「うぅぅぅ」
そして目が合ってしまう。思わずボクはしゃがみ込みクロから身体を隠す。あまりの恥ずかしさに涙が浮かび、心臓が破裂しそうなほどに拍動する。
「見るなぁぁああ!!!」
思わず絶叫した。
気持ち悪く頬を赤らめ立ち尽くすクロに鳥肌が立った。
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