おかしくなったボクの日常

鳴海先輩の奇行と、密会のこと

 喫茶Nature。住宅街の丘の大きな木のそば、落ち着いた場所にある喫茶店。

 そしてひそかにヴィランの密会が開かれる場所。

 朝方。ボクは喫茶店を訪れる。


「ふふ、佐倉さんは早いですね」

 そこにはすでに鳴海先輩が居た。

 手持ち無沙汰なのか店先を箒で掃いていたのである。思わずボクは凝視した。


 今日は平日。その上朝方。時計を眺めてみればまだ学校でSHRをしているような時間。そのような頃に前生徒会長の先輩がいたこと驚いた……わけではない。それならばなぜボクもここにいるのかという話になる。ボクの性格が少しだけねじ曲がっていることは自覚するが学校をサボるようなことはしない。

 そして事実学校をサボっているわけではない。


「そう、ですね。ボクもやることがなく暇だったので」

 学校は早くも冬休みに入っていた。原因は先日のヴィランによる襲撃である。

 本来ならばあと一週間ほどあった学校も、破壊しつくされた校舎で授業を行うことはできない。そもそもあの襲撃が実は日本を揺るがす大事件でもあった。

 どうにも今まで幾千ものヴィランが誕生していたが、学校を襲ったことはなかったらしい。ゆえに全国的な大事件となり全国波でもそのニュースが流れた。

 ……お陰でボクの生き恥も全国波に載った。最悪だ。

 兎角、あの襲撃は大事件として取り上げられた。


「ふふ、でも近頃世間は危険なので、くれぐれも気を付けてくださいね」

 それによりこの地域の小中高校は休校。安全を確保するため、そしてヴィランが連続的に襲撃することを懸念してそうなった。

 だからボクや鳴海先輩がここにいるのはおかしくない。

 おかしいところはそこじゃない。


「なんです、その……衣装?」

「ホッホー! 佐倉さん、もうすぐクリスマスですからね」

 鳴海先輩はサンタクロースの衣装を身に着けていた。口元には作り物の白髭をつけていて、肩からは白い袋を掛けている。どこから見てもサンタクロースのコスプレ。しかし今日はクリスマスではないしイヴでもない。

 だから凝視する。


「そうじゃなかったら怖いですけどね」

 八月にサンタの恰好をして突っ立っていたらただの不審者だ。今も不審だけど。

 なんだかいつぞやに見た凧あげ不審者おじさんのことを思い出す。

 あの人の縁者だったりするのだろうか。


「……あぁっ、そうね、佐倉さんには言ってませんでしたね」

 首をかしげて訝しむ。いきなり少し大きな悲鳴を上げてあわあわし始めた鳴海先輩は可愛らしかったのだけれど、髭をつけていたりするのもあって微妙な気持ち。

 微笑ましくもおかしな先輩の姿を眺めていると、いきなり腕を掴まれ引かれる。

 気付けば喫茶店の中に連れ込まれ、ボクは椅子に座らせられていた。


「ちょ、ちょっと?」

「ごめんなさいね、そもそも佐倉さんには密会についても説明していませんでした」

 喫茶店の中。椅子の上。先輩は流れるように軽く頭を撫でた。もうこれには慣れてしまって心地よさを無言で享受する。でもそれを顔には出さない。

 嬉しくないとは言わないけど嬉しいとも言いたくない。本当に微妙な気持ち。ただでさえ九割九分九厘男として見られていないのに、この心地よさに素直になってしまったらおそらく十二割くらい男として見られなくなるだろうから。


「おはよう宵桜ちゃん」

「ありがとうございます」

 せわしなくどこかへなにかを取りに行ったらしい鳴海先輩を待つ間に、マスターさんが一杯のコーヒーを奢ってくれる。朝、若いはずの学生は死んだような顔つきで幽鬼の如くふらふら歩いているのに、マスターの姿からは快活さが溢れている。

 羨ましいなぁと思いながらも軽くお辞儀する。


「……マスターさん、先輩ってなにをしようとしてるんですか?」

「あはは、すぐわかるとおもうよ」

 マスターの微笑みは聖母を思わせるほどの大海の如き包容力をたたえている。そこにはこの世の秩序を破壊せしめる人類の仇敵ヴィランとしての風は一切なく、単なる優しい保護者の顔。なんでこの人ヴィランやっているんだろう。

 でもちょっと鳴海先輩の暴走は止めてほしかった。


「てれってっててれってー」

「随分聞きなじみのない効果音ですけど……」

 微笑みを振りまきマスターさんはカウンターに帰っていく。代わりに戻ってきた先輩。いまだサンタクロースの衣装を頑なに脱ごうとしない先輩は、机に紙芝居をとんと立てる。マスターさんちょっと説明をしてください。この人傍から見ているとふわふわしていて可愛らしいけれど、当事者として関わると行動が理解できません。


「鳴海お姉さんの紙芝居コーナー、ぱちぱち」

 その紙芝居には随分と丸っこい字で、先輩の台詞と一字も違わないことが書かれていた。一体だれが書いたのだろうか。ゆるふわな絵柄と色合いだし鳴海先輩が自分で書いたのかもしれない。

 それよりもまずその服を脱いだらとは思う。


「このコーナーは、新しくお仲間になってくれた方へ分かりやすく説明をするコーナーです。だからちゃんと聞いてね、お姉さんからのお願いよ」

「……前から思ってたんですけど、ボク先輩の一個下ですよ?」

 幼児を相手するが如く対応をされて思わず口から飛び出てしまう。しかも紙芝居なんかを読まれているから余計に。しかし鳴海先輩はそんなボクの言葉を軽く笑って受け流すだけ。なんだろう、先輩はボクが年齢詐称しているとでも思っているのか。

 年齢詐称していると疑う気持ちはまだ分かるけれど、それにしてもボクは中学生くらいの背格好はある。……いや、ピコ用なのかもしれない。


「アンタの未熟さを見抜いてるのよこの人は」

 机の上に偉そうに座り込むピコはボクを笑う。しかし考えてみろ、妖精というのは本来無邪気な生き物だし子供っぽい生き物だと聞いたことがある。このあまりに醜く俗世的で邪知狡猾な詐欺師でひねくれたこれは、見た目だけで言うならばただただ可愛らしい妖精に見える。実際の精神年齢は凄まじく高いだろうが。


「うふふ、まずこの密会についてですね」

 なんて哀れなのだろうこのピコというヤツは。生きとし生けるものとして倫理観が欠如している欠陥妖精であるのに、客観視すら出来ないようだ。チビなキミ向けに先輩は滔々と話してくれているのだ。


「密会――またの名を宿り木と猫というの。普段は密会やヤドリギと呼んでいるわ」

 パッと変わる紙芝居の中には木に張り付いて頬擦りする一匹の妖精と、木の下で丸くなる一匹の猫が描かれている。なんともまあ可愛らしい姿だこと。


「その目的は大きく二つありまして」

「んふふー、ぴこっ、ぴこっ」

「うえぁわ!? なんでアンタがここに居んのよ!」

 その瞬間なにもなかった先輩の掌に一匹の妖精が現れた。

 そしてそれはボクが白毛玉モードのピコに邂逅した時の如き、目に見えない速度を以てピコに抱き着く。押し倒されたピコに、幾分小さな青い髪の毛の妖精がへばりついている。しかもピコも知人であるらしい口調で応対する。


「妖精たちを守り、愛でること。その青くて小さな子はテラというんですよ」

「ひさしぶりー、ひさしぶりー、ふへへ、ふへぇえ」

「はなっ、離しなさいよアンタ、邪魔!」

 すごく蕩けた顔で、ちょっと舌足らずな日本語を繰りながらピコに抱き着き頬擦りする妖精テラ。その姿はまさにボクが求めていた愛らしい真の妖精象。テラに押し倒されているのがピコでなく、純情な妖精であったらば萌え死んでいただろう。

 しかし押し倒されているのはピコで、バタつき必死にもがくも動けていないのもピコである。どちらかというざまあみろという思いが浮かんでくる。


「そして猫ちゃんを守り愛し、彼ら彼女らが暮らしやすいように世界を変えること」

「……全く妖精たちは騒がしいにゃ」

 猫がボクの隣に座っていた。気付かぬ間にやってきたその猫は人間みたいに椅子に座る。猫用に整えられたらしいティーカップにマスターさんがミルクを注ぎ込んだ。

 茶色くふわふわな毛を持つ猫。そしてボクと目が合うとそれは会釈をした。


「人間も災難だにゃ。妖精は妖精でもよりにもよってコレに魅入られるなんて」

「……なんて?」

「にゃんてだにゃ。人間の子供、言っていいことと悪いことの区別はつけにゃさい」

 おそらくキャラ付けのために「にゃん」といっているその猫は、滔々と高説垂れる。ピコと同じく可愛らしい見た目をしているのに可愛らしくない性格をしているやつだとすぐわかった。


「は、はい。ごめんなさい」

「うむ、素直なのはいいことにゃ」

 でも理不尽ではないみたい。

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