魔法少女チェリーブロッサム
まえがき
この章の本筋はこれで終わりです。(あと一話挟むかもしれない)
――――――――――
―――――――――――
襲撃からおよそ三十分。その短い間にボロボロだった校舎はもはやそれが建造物であったか分からないほどに崩壊しかかっていた。現状はヒーロー達の応戦によってギリギリ持ちこたえている。しかし迅速な避難行動によって全校生徒と教師が校庭に集まり避難の準備を終えていた。
校庭から誰も逃げようとする者がいないのはおそらく赤井クンたちを筆頭に、黄、緑、青のヒーロー部の人達を信用しきっているからだろう。しかし彼らとて巨大なロボットを抑えることで精いっぱい。むしろ押し込まれている様にさえ思えた。
「覚悟しろ! 【炎の槍】!」
赤井クンがむさ苦しい叫びを上げ生み出した炎の槍が、ロボットの関節部分目掛け凄まじい勢いで飛翔する。しかしその巨大さに比例しない俊敏な反射によって槍は腕に払われてしまう。思った以上の小康状態。これ大丈夫なのだろうか。
「大丈夫。赤井くんたちは大丈夫よ。だって佐倉さんがいるんですもの」
「いや、まぁ……はい」
ボクの横には鳴海先輩が立っていた。ボクよりも高い背を使い周りを見回していた鳴海先輩は、ボクが必死に赤井クンたちが戦っている姿を見てなにか勘違いをしているようだ。いや、たしかに赤井クンたちのことを心配していたのは事実なのだけど、鳴海先輩の微笑ましいものを見た時のような笑みは少し不穏。
友人としてボクは心配しているのだけど、鳴海さんはボクが赤井クンに懸想しているがゆえの心配であると勘違いしている気がする。
「緊張しなくても作戦はきっと成功するわ」
頭を撫でられる。ボクは別に作戦の成功の是非に緊張していることはないのに。
むしろボクが今緊張しているのは作戦綱領に記されていた結末を、本当に完遂してしまうのかという可能性に対して。いやむしろ、恐懼というべきだろうか。
例のものは本当に馬鹿げた結末を以て作戦完了としている。それは日給一万円以上の不労所得と引き換えに、学校での社会的立場と男としてのプライドを全力でゴミ箱めがけて投擲するようなものであるのだ。恐れるに決まってる。
「それは、そうですね。成功する気はするんですけれど」
しかも現実はクロが主導して書かれたという作戦と全く同じように展開が動いている。最初見たときはどれだけふざけているのかと思っていたけれど、完璧にこの状況を言い当ててしまっていることがまた心をざわつかせる。
もはやボクもこの作戦が成功するように思えてきてしまう。当然それは最悪の予感としてであって、一切の喜びは介在していない。ボクの胸は絶望で満ちている。
「いい加減とまれ! 【
「そろそろよ、佐倉さん」
一段と大きい衝撃が地面を襲い転びそうになってしまう。途端に赤井クンの身体が炎に包まれ、一つの火柱になってロボットへと吶喊していく。
そんなとき真剣な顔をした鳴海先輩がボクに合図を出した。
「……アンタの力は戦闘能力皆無だから死なないように気をつけなさいよ」
「それを今言うんじゃない」
鳴海先輩の手の上で立っているピコは若干心配そうにそんなことを言ってくる。相変わらず不安な時に限って不安を煽ることを言ってくる。でも本当に心配そうな口調なのでそこまで文句を言うこともない。
心を落ち着かせるために、一つ深呼吸をする。
「――作戦決行よ」
そうしてボクはプライドを捨てることとなった。
変身。
心の中でそう唱える。今回で二度目の衣装までもを変えてしまう完全なる変身。強い光が周りに満ちて、異変に気付いた周囲の人がボクに向かって視線を送る。けれどもう、一度変身をしてしまえばそれを元に戻すことはできない。
胸にふくらみが生まれる。足元はスースーし始め、肩がさらけ出される。やがて背中からは二対四枚の翅が生え始めた。感覚はとても鋭敏になり遠くにいる赤井クンの心臓の音まで聞こえているような気がした。
もう一度息を吸う。そして大きく吐いて小さく吸う。ボクは声を出した。
「――許さない。皆を巻き込むなんて」
ぼそり呟いた声は、しかし思った以上に透き通って校庭を駆ける。
『体は恐怖とそれを超える怒りに震え、大切な友人が気付着けられようとしていることに対し少女は瞬間力を得た。現れた純真なる妖精ピコに力を与えられ、少女は魔法少女として生まれ変わる。理性なく破壊を行うばかりのヴィランに対して声高に立ち上がった。その義憤と友愛により立ち上がったのである。』――作戦概要より引用。
「許せない、友達を傷つけるなんて――!」
四枚の翅をはじめて動かす。僅かに動き始めた翅はきらめきを散らし、やがてボクは大きく虚空を羽ばたいた。ボクは今空を飛んでいた。
『正義の心と純真が交わり合って、少女は妖精としての身体の動かし方を会得した。たった四枚の薄くきれいな翅を動かし少女は天に舞う。その美しき髪の毛からは正義の心が煌めく鱗粉となって、不安と恐怖に染まる生徒たちに美しき祝福を与えた。まさにそれは天使の如き姿。かつて海を開いたモーセの如く勇猛でありながらも神秘なる姿。生徒たちは突如現れた妖精少女に目を奪われる。』
「覚悟しなさい! ヴィラン!」
思っていた以上に速度が出てしまい、予想していた以上に早くボクはロボットの目前にたどり着いた。それは四階建ての校舎をもう一回り上回るほどの高さがある。歩くたびに大地は震え、腕を振るえば風圧で窓ガラスが飛び散る理外の存在。
しかしボクは悠然と人差し指を向けた。
『ヒーローたちの窮地に迅速を以て駆け付けた妖精少女。少女は友愛と親愛、隣人愛と兼愛の力を以てロボットと対峙する。美しき力は悪しきロボットの運命を決定付ける。神の宣告を告げるように、傲慢とも思えるほど神々しく指を向ける。少女の神性と清浄と正義は、人類へ迫りかかる悪意の徒に向けられた。』
「【
ボクは叫ぶ。腕を振りかかろうとするロボットに向け、指先からふわりとピンク色のハートが飛び出した。見た目は全く威力はない。しかしそれは瞬く間に手元を離れ、遂に巨大なロボットに着弾する。
『愛の力は桜色のハートとなって具現化した。』
「でてきなさい! ヴィラン!」
ハートは数多のハートに分裂する。やがてロボットをつつみこんだ。
『愚者に対してさえどこまでも慈悲深い心は、やがてその悪しきロボット全てを包み込んでいく。』
「そして悔いなさい! ヴィラン!」
ハートの数々は桜の花びらのように散った。ふよふよ虚空を舞ってからやがて空気の中に滲んで消えた。その中から一見無傷に見えるロボットが現れる。
『少女の力は悪しき者には敵わなかったのか。観衆は息をのんだ。しかしとある少年は気付いたのである。そのロボットが動いていないことを。』
「あぁ、なんと、なんと美しいことか」
静止したロボット。しかしその瞬間不細工な丸々とした顔の辺りから一気に空気が吹き荒れる。ぷしゅーと騒がしい音を立てて、やがてその顔は開かれた。
『愛の力が悪意と狂気に染まったその男を改心させた。』
「許してくれ女神よ」
現れた中肉中背の男。不健康そうな隈を見せるその男はゆっくりロボットを伝ってボクの方へと向かってくる。ふらりふらりとしていて、けれどその姿には多くの非戦闘員が存在する学び舎を襲撃したような狂気は垣間見えない。そこにはボクへの恋慕がありありと現れていた。
「あなたの力を二度使わない様に、力をわたしに奉じなさい」
跪く男。彼はボクに一つの鍵を渡した。
『邪悪は陥落した。少女の愛の力を前に、悪辣は膝を屈した。』
「わたしの名は魔法少女チェリーブロッサム!」
ボクは天に拳を突く。
『その時歓声が沸き立った。ヴィランによってもたらされた混乱を調停する少女、その新たなるヒーローの輝かしい誕生によって。悪意の徒を滅さんとする秩序の使者が現れたことを彼らは声を大にして喜んだのである。』
「悪を挫き正義を全うする魔法少女よ!」
『その瞬間この街に新たなヒーローが生まれた。親愛なる友人たちの、尊き学び舎の、そして愛する人の窮地を怒り恐怖に震えながらも立ち上がった少女は多くの人々を救い、瞬く賞賛の嵐が吹き荒れる。』
ボクはヒーローと戦うための武器【民意】を手に入れた。これがデモクラシー。
「……ほんと、脚本書いたヤツ潰す。」
しかし代わりに個人的な名誉矜持プライドと言うものを代償として支払ったのである。
ボクは腕に顔をこすりつけた。見える視界が全て幻であってくれと願って。あるいはこれが全て夢であることを願って。ボクは非現実に逃避しようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます