宵桜と悪魔の手腕と作戦会議

まえがき

 現代ファンタジー週間167位(百位代!)

 好きな事を書いているので展開が遅いですが、見てくれてありがとうございます!

 追記:何故か予約投稿をミスした?ためにほんの少し遅れました。

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 宵桜。とてもカッコいい偽名を考えてくれた不思議な人、クロの言葉は先ほどまで騒がしかった喫茶Natureに沈黙を生み出した。誰もが言葉を発することなく、身じろぎで発する僅かな音も消え去って、ただボクの心臓の音だけが骨を伝って耳に伝わる。その間、良い名前が身体に染み入って馴染みこむ。

 偶然本名とも似通っていた。ボクはさくらだし、朔の夜でもあるのだから。


「さすがは副参謀! カッコいいぞ!」

「ま、まあな。それほどでもねぇよ」

 右手で思い切り天を突きあげ瞳を煌めかせたチョコと呼ばれた少女が途端に叫んだ。いきなり叫びを上げたから近くにいたボクはびくりと身体を震わせる。桔梗という青紫の少女も同じくびくり驚いた。


「むふふ、宵桜、我が後輩よ! 私のことは大魔導士と呼んでくれ!」

 ボクよりも大分小柄なチョコは胸に手を当て偉そうなことを叫んだ。途端それまで驚いて硬直していた桔梗がチョコに向かってヘッドロックを決める。それから間もなく「本当にすみません。この子、とんでもない馬鹿なんです」と告げた後、先ほど以上に強く頭を押さえていた。どうやらさっきの恨みも籠ってそう。


「はいはーい、自己紹介はここまでにしましょうねぇ。それよりもまず宵桜さんのためにやらなければいけないことがあるんですよぉ」

「ちょ、ちょっと、な――会長さん」

 いつの間にか椅子を持ってボクの背後に回っていた鳴海先輩の小さな二拍。そしていきなりボクの頭を撫でまわし始め、髪を手で梳き始める。やっぱりどこか子ども扱いをされていて、くすぐったくて、それでも心地が良くてあまり文句も言えない。

 ただちょっと年下の女の子たちにこの姿を見られるのは恥ずかしくて抵抗する。ほんの少しだけど身じろぎして。でも「動いちゃだめよ」と耳元で囁かれるとその甘さに身体の動きは止まってしまう。


「宵桜さんはですね、早くもヒーローの方々に存在がバレてしまっているんですよ」

「ふわぁ――は、恥ずかしいからやめてください」

 しかも撫でて髪を梳く手がなぜかすごく心地が良い。そのうちにくすぐったさも消え去って来ると、ちょっと表情を保つのが難しいほどの心地よさがやって来る。年下の少女たちの目の前である手前、あるいはボクがそもそも男であるがゆえに、年上の女性に髪を梳かれて頬を緩ませる姿なんて物を見せたくない。

 だからボクは俯いた。見られたくないし今の状況で人の顔を見たくなかったし。


「そこで皆さんの力を借りたいと思っているんです」

「んぅ、だ、だれか、とめて」

 頬の力も抜けてきて唇もだんだん抑えが効かなくなってくる。口からは勝手に吐息が出始めて、思わず声も出てしまう。しかもボクが聞いても全く男には聞こえないような甘く甲高い声で羞恥がこみあげてくる。悪魔の様な仕打ちだった。

 やがてがくがくと脚が震えはじめると桔梗が近くから椅子を持ってきてひとつ「ご愁傷さまです」と囁いてまたチョコの横に帰って行く。

 だったら助けてくれよ。


「数少ないお仲間の宵桜さんを見捨ててしまうのはあまりにもひどいと思うんです」

「い、今もひどいからぁ」

 椅子の上でぐったり。それでも逃げられずにどんどんどんどん撫でられる。ただただ心地が良いのだけれど、ちょっと淫靡でアレな声がボクの喉から飛び出して行ってしまう。もう死にたくくらいに恥ずかしくなる。それでも鳴海先輩はただただボクを撫でるだけ。うふうふ言いながら、やめようとはしないのだ。


「このままでは明日には、ヴィランの力を奪われてしまうんです」

「ん、んんうぅ」

 悪魔の抗いようのない超絶技巧。いっぱしの人間でしかないボクには耐えようもなく、また逃げようもないこの状況でボクの唇は決壊間際。ボクは唯一助け舟を出してくれそうなクロに瀕死の状態で目線を投げ掛けた。助けろこの中二病野郎と。しかし見るからに陰キャそうなクロはすぐに目を逸らす。カスめ、オマエも赤井クンと同じ類の人間か。


「そう、明日です。ちょうどよいと思いませんか」

「あぁぅ――」

 もう口は空きっぱなし。声はずっと出てしまって身体も少し痙攣する。そのまま身体を支えることだって叶わずにを鳴海先輩に身体を預ける。でも悪魔と化した鳴海先輩は「もうちょっと我慢してくださいねぇ」と相変わらずの間延びした声と共にボクの体を再び起こして、また髪を梳き始める。もう地獄だった。


「クロさんの能力で、私たちとはちがう危険なヴィランたちが私と宵桜ちゃんの高校を襲うと判明している日ですから」

「よ、ようやくぅ」

 それからすこし。鳴海先輩の言葉通りに撫でられ梳かれることは終わり「はいおしまい、綺麗になったわねぇ佐倉ちゃん」と言ってボクは解放せられたのである。あの悪魔が如き手から逃れたボクはしかししばらく立ち上がることもできず、椅子の上であの快感が冷めるまでを待ち続けた。


「ねえ佐倉ちゃん。あなたの力を教えてもらえないかしら」

「ふぅぅぅ」

 ようやくたどり着いた丸テーブルに身体を倒す。もはや力も入れる気分が起きず喋る気力など湧き上がってこない。鳴海先輩になにか問いかけられたことは分かっても、意識も少し朦朧としていてなにが聞いているのかも分からない。出来ることは、ただ顔を机に付けて深呼吸することくらい。


「あら? どうしちゃったのかしら?」

「……天然ってここまでくると恐ろしいな」

 助けてくれなかったクロが遠くで何かをぼやいていた。


「そこな妖精! 蕩けている我が後輩に変わって能力を教えてくれぬか!」

「ちょ、ちょっとこのガキ! 掴まないでよ!」

 ボクの髪の毛あたりを触ったチョコ、叫び始めたピコ。どうにもなにかピコに窮地が迫っているらしいことは分かったがもうボクには救えるような余力は残っていない。そもそもボクのことを助けてくれなかったピコを助ける必要が果たしてあるだろうか、いや、あるまい。むしろ成敗されるべきである。


「いう! いうから! くるしっ」

「おぉ! すまないな大きな妖精よ。少し力を見誤ってしまったようだ!」

 へへ、苦しんでやがるあの性悪妖精め。ボクはピコの所為で学校では赤井クンに襲われて、先程は鳴海先輩にあんなことをされたのだ。その癖ピコは自分だけ逃げてボクのことを遠くから眺めるだけなのである。すべてはヤツのせいであるのに、すべての苦難をボクだけが味わっている。なんとおかしなことだろうか。

 悪意の根源はボクでなく、ピコにあるのに。


「大丈夫ですか宵桜さん」

 徐々に遠くなるピコとチョコの声。それから「作戦会議をしようじゃないか」と楽しそうにほざくクソ厨二野郎ルシファー。


「生きてますか?」

 そんな時彼らの言葉をボクの横に座り込んだ桔梗がふさぎ込んだ。彼女はボクをちょっと救おうとしてくれた人である。ほとんど見捨てたようなものだったけれど、まだまともな人。

 そんな彼女はボクを気にかけてくる。なんと優しい子だろうか。


「私もちょうど去年くらいにあれをされましたよ。会長さんの撫で方というか髪の毛の梳き方とかってほんとにすごいですよね」

 そうか、彼女もあの悪魔の手の被害者だったのか。あんまり舌の感覚も戻っておらず喋ってしまえばまた滑稽を晒してしまうと思い机に突っ伏したまま。


「あぁでも、見てるとすっごく可愛らしかったですよ。宵桜さん」

 ボクは男です。生まれて一度もカッコいいなんてことは言われたことがないし、生まれてもう数千回以上は可愛いと言われてきたけれど、可愛いと言われるのちょっと複雑である。一応褒め言葉だから嬉しく思うけど、男としてのプライドがあるし。そんな曖昧な感情を覚えていると突如として桔梗はボクの頭を触り始めた。


「ちょっとだけ背も低いですし、本当に高校生なんですか」

「や、やめ、やめろ!」

 まだあの感覚が頭には残っていて、鳴海先輩に比べればまるで心地の良くない桔梗の撫でにも身体が震えてしまう。だからちょっと悲鳴を上げて身体を起こし桔梗の手を掴み上げた。悪気はないのかもしれないけれど、鳴海先輩以上にボクのプライドを傷つけてきている。


「えぇ~、撫でさせてくださいよ~。」

「無理に決まってるじゃん!?」

 両手の指を触手のようにウネウネさせながらにじり寄って来る桔梗。年下のくせにボクを見る眼がなにか小動物を見るようなもので恐ろしい。


「ぴったりな力なのだ! 後輩二号は色っぽいし!」

「――それ男にしか――きか――」

「うふふ――――でも――」

「そうねワタシ――」

 背後でうっすら聞こえる何かの話し合いと、チョコの少し認められない台詞。


「人生の先輩なんです、それなら後輩の行動もどっしり受け止めなきゃだめですよ」

「いーやーだ! 後輩だったら先輩に忖度しろ!」

 うっとりとして、楽しそうな顔を浮かべる桔梗。


 とんでもないところに連れてこられた気がする。

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