喫茶Natureと仲間?たち


 学校の裏門を通り抜けた先にある丘の上。喫茶Natureはそこにあった。

 高校のグラウンドを作るために生み出された人工的な小さな崖の一番高いところへと歩を進め、そこから上へ上へと昇って十分。ちょうど広場のようになっている円形の交差点があるところの近く、十二月ももうすぐ終わるというのにその活力を青々繁る葉に秘める大きな一本の針葉樹の隣。そこにひそかに建っていた。

 クリスマスな装飾をされたその大木と、僅かな光と明るく楽し気な声が漏れ聞こえるその喫茶店のテラス席。薄暗くなり赤と白のきらめきが目立ってくる大木の根元、一人鳴海先輩はコーヒーカップを近くにおいて参考書を開いていた。

 日が暮れて少し前の空は燃えるような色を見せていたのに、いつの間にか深海の如き濃く見ているだけで吸い込まれそうな独特な色合いを見せ始めていた。宵の一歩手前、異界との接続も閉ざされた寂しい世界。そこで鳴海先輩はその綺麗な顔を喫茶店から漏れる柔らかな光に照らされて、物語的な姿をしていた。

 それにボクは見とれていた。邪魔しないように静かに動いて、けれど足元を見ていなかったせいで無様に転ぶ。


「あら、大丈夫ですか佐倉さん」

「あぁ、その……へいきです」

 見つかってしまった。しかもちょっと喜劇的に尻餅をついた姿勢のボクを。それがどうにも恥ずかしくて、けれど心配してくれる鳴海先輩を無視することもできず顔を俯けながら静かに答えた。

 それから間もなく近付いてきた鳴海先輩は転んだままのボクに手を差し出した。見惚れながらも鳴海先輩の手を掴む。ちょっと柔らかかった。

 

「うふふ、いらっしゃい」

 思ったよりも強い力。小柄なボクの身体は軽々引っ張り上げられる。そしてボクは鳴海先輩にエスコートをされて喫茶店の入り口に連れて行かれたのだ。


「ようこそ、私たちの秘密基地、喫茶Natureへ」

 見たことのない無邪気な笑みを浮かべた鳴海先輩がすごく印象的だった。

 


「はいはーい、みなさん、注目してくださいね」

 広い喫茶店の中には四人の人がいた。ボクよりも幼そうな立ち姿の少女たち二人がテーブル席に筆箱を乗せノートを広げている。この中で唯一成人しているだろう中年のオジサマはカウンターの向こうでなにか作業をしていて、歳の近そうな見た目をしている少年はエプロンを身に着けカウンターで粛々スパゲティーを貪っている。

 お客の二人、店主一人にアルバイト一人だろうか。そんな彼らに鳴海先輩は声を掛けた。途端各々がしていた作業を止めこちらに振り向いた。……スパゲティの少年はこちらを向きながらいまだ食べるのを止めないけれど。


「新しく仲間になってくれた佐倉さんです、仲良くしてあげてね」

 鳴海さんの柔らかな手に押し出され、ボクは視線が飛び交うその場所へと歩みを進める。このそれほど統一性があるとは思えない集団が一体なんであるかは分からない。いつの間にかボクは彼ら彼女らの仲間にされていてちょっと既成事実を作られていることが不穏だったけれど。


「えっと、よ、よろしくお願いします?」

「ふぉー! 後輩なんて久しぶりなのだ!」

 途端テーブル席を囲んでいた女の子の片割れである、茶髪の小柄な女の子が大声をあげて近寄って来た。それから彼女はボクの顔を凝視して、ボクの身体を凝視して、それからボクの肩にぶら下がっているピコを見て首を傾げた。


「……なんでこんなにリンセンタイセイなのだ?」

「リンセン……?」

「なんで変身しっぱなしなのだ?」

 ……やっぱりすぐばれるじゃないか。小柄な少女はボクの身体をじろじろ舐め回した後すぐさまそんなことを言った。ピコは本当に職務怠慢が酷いのかもしれない。

 疑わしいけれど自らを「ヴィラン」と言った鳴海先輩の仲間であるのならたしかに変身している必要もないだろう。おそらくお給金も出ないし。

 ボクは変身を解いた。ネックレスに軽く触れ『解除』と念ずるだけで良い。けれどやっぱり変身や解除のたびにどこかからやって来る眩い光がボクの身体を包み込む。もうちょっとこの演出を抑えることはできないのだろうか。毎回、目が痛くなる。


「うぉぉ……あれ、全然見た目変わってないぞよ?」

「ちょ、ちょっとこのおバカ。もうちょっと礼儀を考えて」

 変身は解かれた、のだろう。ボクも服を脱いでみたり胸を触らないと見た目では判別がつかない。けれど胸の辺りから発せられる束縛感が薄れているので解除できたに違いはない。しかしやはりボクでも判別できないのだから、それは見ている側にとっては区別できるものでなく、目の前で変身の前後を凝視した少女は再び首を傾げた。

 その時、その少女と共に丸テーブルに座っていた青い髪の凛とした顔付の少女が茶髪の少女の頭を無理やり掴んでボクに向かって頭を下げさせた。


「すみませんちょっとこの子、お頭が弱くて。会長さんと同じ高校の方ですよね」

「は、はい」

 凛とした少女は礼儀正しくボクに向かってお辞儀する。ただちょっと彼女との隣で「うごご」と声を漏らしながら必死に抵抗している少女に目が行く。


桔梗ききょうって名乗らせてもらっています! このバカはチョコって言います」

 桔梗と名乗った彼女はたしかにその紫と青が入り混じった独特のグラデーションの髪色に似合う名前。チョコと言われた少女も、それほど濃い茶髪でないとは言っても、ミルク多めのチョコレート菓子のような色合いをしていた。


「それから、あそこでカウンターの掃除をしている人がマスターです! この喫茶Natureを経営している方です。実質上の監督役のようなものですね」

「ち、違うぞ後輩一号。マスターは参謀本部長だぞ」

 カウンターを布巾で拭いていた少しだけ白髪の混じった渋みのある顔つきのオジサマ。マスターと呼ばれる彼と目が合うと少し会釈をして、目の前の茶と青紫の不毛な絡み合いを見て苦笑いを零した。例のピコをどこかから運んできた凧揚げおじとは違ってすごくカッコいい渋めのナイスな人である。


「こらこら、キミたちの後輩ちゃんが困っているよ」

「そうだぞ、出しゃばり紫とアホ茶色」

 優しそうで染み入るような低くそれでも柔らかな声に耳が心地よくなる。それから続いて今までナポリタンを食べていた黒髪の男子高校生らしき人が茶々を入れた。

 出しゃばり紫。たしかにいきなり個々の人達を紹介し始めたあたりそういう性格であるのだろうか。そしてアホ茶色。失礼だと思うがたしかに見ていると抜けている。黙っていればいいものを余計なことを言ったおかげで頭をぐりぐりされている。けどどこか茶色の子はボクと同じ匂いがする。主に、絶えぬ反骨精神の面で。


「……あそこの黒いのは♱漆黒の堕天使ルシファー♱です」

「る、るし?」

「おい、バカ野郎なんでそっちで紹介しやがったんだよ紫っ!」

 漆黒のなんとかと紹介されたその男子は顔を真っ赤にすると、ナポリタンをカウンターにおいて立ち上がり指をさして怒鳴り始める。珍妙な名前だとボクがその人の科を凝視していると今度はボクに向かって「そんな目で見るんじゃねえ!」と叫び始める。不思議な人である。


「通称クロです」

「最初っからそっちを言ってんだよブス」

 どうにも口が悪い人だし情緒が不安定のようにも思える。けれどなんだろう、悪口を吐いた途端後ろを振り返って頭を抱えなにかに震えている。一体どうしたんだろう。ちゅうに――不思議な人である。そしてなぜかマスターさんに慰められている。

 あんまり悪い人でもないのかもしれない。


「そして最後に会長さんです! 私たちをここに集めた立役者! 実質的なここのリーダーですね」

「うふふ、よろしくねぇ」

 そうして最後に紹介したのは、いつの間にかクロという男とマスターさんの近くのカウンター席に座っていた鳴海先輩。会長と呼ばれているあたり去年くらいにこのグループはできたのだろうか。


「それで、おねえさんのお名前は?」

「お、おね……いや別にいいですけど」

 おねえさんという言葉にちょっと心がもやもやする。けれど悪意を持って言われないのならばもうおねえさんとかお嬢さんとか言われるのは許容しているし諦めている。そうでもしなければ出会う人間全員に説明しなければならなくなるし。昔はそれでもプライドにかけてやっていたけれど、最近はもう疲れてやめた。

 それにもう察しはついているけれどここではみんな偽名を使っているらしい。でなければ漆黒のなんたらなんて名前にはならない。だからちょっと困る。


「うふふ、ここでは本名は駄目よぅ」

 名前名前、どうしようか。ボクはあんまりネーミングセンスがないみたいだからちょっと不安。下手をすればルシなんたらなんて言う名前をずっと使わなければならなくなるのだから。ソロソロ周りを見回して、しかし目に入るのはチョコという少し間の抜けた少女の期待に煌めく瞳。そして彼女は少しずつにじり寄ってくるのである。

 流石に気圧される。



「――宵桜」

 そんなときクロがそんなことを言った。


「青みがかった黒髪に、ほんのり色付いたピンク色。宵桜でいいじゃないか」

 ふむ良い名前である。ちゅうに――不思議な人のくせになかなかやる。使わせてもらうことにしよう。あっぱれであるクロ。

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