喫茶Natureへ向かう

まえがき

 現代ファンタジー週間217位(おそらく今後超えることはないです)

 +祝一日100PV!

 まだまだ微妙な作品ですが読んでくれてありがとうございます!


前話後半を読み飛ばした方へ。要約。

 朔夜は女になっていること

 朔夜がヴィランになっていること

 ピコの存在、を赤井クンは気付きました。それでちょっと襲われかけた。

――――――――――

  ―――――――――――


 ようやく解放され、ボクの心は瀕死。あの後もすこし「式場はどこにしようか」とか「子供は何人欲しい」とか赤井クンが途轍もなく気色の悪いことを囁いてくれたおかげで精神は擦り切れた。スマホのつるつるな液晶に反射したボクの顔はげっそり。なにか酷い拷問にでもかけられた気分だった。

 それでも解放されたことには間違いない。虚ろで朦朧とした意識は今見えている景色と感じている風が幻であるかのように誤認するが確かにボクは解放された。だからこそボクは幽鬼の如くふらふらと『喫茶Nature』へと向かっていた。

 ボクと赤井クンの地獄の絡み合いを一人だけ離れて安全圏で眺めていた薄情妖精ピコと共に、鳴海先輩に教えられた場所へとゆっくり歩を進めていた。


「ピコ、一日目でバレたじゃんか」

 しかし精神が死に掛けているからと言ってピコへ責任追及することは止めない。ボクがヴィランに変身して女にも変身して日常を過ごすことを決めたのは、なにもお金だけの話ではなかった。ピコが研修期間中に「変身しててもヴィランになったなんて思われはしないわよ」と自信半分呆れ半分に言った台詞があったからである。ボクはヴィランになったと思われず、女になったとも思われず生活できて、かつそのうえで結構なお金がもらえると分かってピコの話を受けたのである。

 しかし結果としては一日で赤井クンにバレた。ヴィランであることもそして女になっていることも。だからボクは残っている僅かな気力でピコを責め立てた。

 またホラ吹いたな。


「いやワタシは悪くない。ヒーローがいるなんて知らなかったし」

 一人だけ先に逃げて暑苦しい筋肉にボクが襲われているところを見ていただけピコは、ボクよりは残っている気力を以ってボクに反抗する。そしてやはり詐欺師らしく妙にそれらしいことを言って拳を天に向かって突く。


「ていうか、普通ヒーローが身近にいたらヴィランになんてならないわよ」

 確かにピコにはボクの席の隣に座る人間がヒーローだと伝えた覚えはない。幼馴染がヒーローであるのに、暢気に変身していたのはボクが悪かったのかもしれない。しかし朝に近寄ってきた赤井クンの存在を認識した時点で、ピコはボクに対して変身を止めるように言うこともできたはずである。明らかに異様な熱を放っている異様な人間から少なくとも自分だけ逃げるみたいなこともできたはず。


「もうお昼ぐらいには赤井クンがヒーローだってことには流石に気付くよね、あんなに馬鹿みたいに熱出してるんだからさあ」

「……そうね」

 意識の朦朧とした中での限界を振り絞った論理武装はピコを襲う。その上どうにもピコはピコで精神的に大きく削られていたのか今日はあまり反論して来ない。いつもなら鬱陶しく騒ぎ立てて認めないだろうに、今日は粛々認めるのだ。


「ヒーローがヴィランに気付ける力があるって知らなかったんでしょ」

「……はぁ、そうよ。知らなかった」

 陽が沈みはじめ薄暗くなり始めた世界。疲労しきったボクはとぼとぼアスファルトを歩き、ピコはぐったりボクの肩に雑巾のように垂れ下がっている。珍しく非を認めたピコに対しても、もうそれほど怒る気力もなかった。


「まぁ、仕方ないよ。もう起きたことだからさ」

「……なによ、いつもは鬱陶しく言ってくるくせに」

 スマホで地図を開いていることさえ億劫で、もう地べたに倒れ込んで眠りたいとも思ってしまう。ピコはピコで天に突き上げていた腕をいつの間にかボクの肩に落とし、萎びれた翅をブンブン鳴らして足で退屈そうにボクの肩を小さく蹴る。それに返答する声も出で来ず、ただただ歩みを進める。

 しばらく沈黙が続いた。



「……【魅了】ってあんなにも強い力なんだね」

 ちょうど目の前で赤信号に変わってしまって、やることもなく立ち尽くす。周りには人が歩いていない住宅街、どこかからカレーの良い匂いが漂ってくる。やっぱりこんな時間の住宅街は孤独が余計際立って少し嫌になる。

 だからちょっと、思っていたことを声に出した。


「【愛の息吹】だっけ」

 思い出されるのはまた研修期間中にピコが教えてくれた権能の一つ【愛の息吹】。それはピコが言うには「存在しているだけで、周囲の人たちの恋心を煽り恋の奴隷にしやすくする」という、いかにも【魅了】というに名にふさわしい権能。これがお陰でボクは変身しているお陰でお金が入って来るらしい。

 しかしこれが思っていた以上に力強い能力だと気付いたのは、あのとんでもないことをしでかしてくれた赤井クンのお陰である。おかげなんて使いたくないけど、アレはボクの近くにずっといた赤井クンに【愛の息吹】が効いていたからなのだろう。

 ボクもかなり軽率だったと思う。こんなにも効くなんて思わなかった。


「……いや、ヒーローってヴィランの力に耐性があるから違うんじゃない?」

「じゃあなんだってあんなことをしてきたのさ」

 ちょうど信号が緑に変わって歩みを進める。ちょうどそんなときにボクの推論に疑義を呈するピコに少しだけ疑問符を浮かべる。

 赤井クンというのはやっぱりまた言うけれど酷く奥手なヤツである。しかし男に対しては明るい性格を見せ義理堅い性格でもある。ヒーローとして超常の力を持ち、この街の中では有名な人物であるわりにはひねくれた性根も持ち合わせていない。時々本気で怒ることはあるけれど基本的には紳士的な男なのである。

 赤井クンはまたボクに対してはトラウマを持っている。ボクは彼の初恋の人でありかつてにボクに告白をしてきた人。ゆえにボクが時たま彼の告白について言及することを酷く恐れている。

 だからボクは一段親切に扱われていた。そんな彼が自らそのことを言って、ボクに抱き着いてきたのだ。異常としか言えない。その異常こそが【愛の息吹】によるもの。そうに違いない。


「赤井クンはああいう嘘を吐くヤツじゃないし」

「……じゃあ、その、そういう事なんじゃない? ヴィランになったのは許せない。けど女になってくれたのはうれしい、みたいな」

「どういうことよ、それ?」

 あまり言っていることが分からない。突然ピコが語り始めた


「ほんとにアンタのことが好きでたまらなくて、でもヴィランになったから許せなかった。だけど女にもなってくれたから性別の壁はなくなった」

「……ねぇ、ピコって昼ドラとか見るのが趣味なの?」

 妖精のくせに人の心と言うものについて議論を始めたピコがまず一番最初に言った台詞は、明らかにアブノーマルの領域に入ったおかしな恋愛観の混じった言葉。昼ドラに出てきそうなその言葉は、明らかにピコの人間の心に対する無知が現れている。


「女として屈服させて、ヴィランとしての力を使わない様にすれば、初恋の人となんのためらいもなくイチャコラできるじゃない」

「ピコ……変な漫画とか読んでない? もしくは変なDVDとか」

 屈服させて、なんて言葉が恋やらなにやらの話に混じってくるのは明らかに違う。それはたぶん薄い本やらアレなビデオとかにしかない話。やっぱりこういう話を妖精であるピコに聞くのは間違ってたかもしれない。……いや考えてみれば妖精だったらよほどそっち系の知識があるのはおかしいだろう。妖精にも性欲はあるのか?

 どう見たってピコは人を欺く欲求以外を持っていなさそうなのに。


「そんなアブノーマルな人間はいないよ」

「えぇ~、でもアンタに抱き着いてた時、あの筋肉だるますっごい嬉しそうな顔してたよ? アンタが可愛くて仕方がないみたいな顔」

「やめてくれよ悍ましい」

 告げられるピコの偏った感想。おかげで赤井クンの顔を思い出してしまい気分が悪くなる。本当にやめてほしいただでさえ暑苦しいんだから思い出したくもない。


「だから【愛の息吹】とか関係なく、アンタのことがずっと昔から好きでたまらなくて、感情が爆発して滅茶苦茶にしてやりたくなったんじゃないの?」

「……はぁ、【愛の息吹】が効いたから感情が爆発したんでしょ」

 もう、脳死しているからあんまり論理的にもなっていないピコの言葉。こちらもあまり動かない脳髄で適当にピコをいなす。

 ただ【愛の息吹】が効いていたことだけは主張しておく。単純にボクが女になったから襲われたなんてことは認めない。赤井クンがボクにずっと恋してるとかいう最悪の可能性を否定する。アブノーマルな偏愛を向けられてるなんて絶対に嘘である。

 ……でなかったら体格的にほんとに屈服させられかねないし。


 そのうちに疲労困憊のボクらは緑生い茂る『喫茶Nature』にたどり着いた。

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