鳴海先輩のお誘いと赤井クソ。

まえがき(memo)

 現代ファンタジー週間267位

 *注意 後半ちょっとアレな描写が入ります。ボクとしてはそれほど過激なものではないと思いますが耐性のない方は □ のある部分まで読んで飛ばしてもらった方が良いかと思います。 注意書くの遅かったかもしれませんが。

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  ―――――――――――


「それで鳴海先輩? ボクに何か用ですか?」

 長い時間をかけ心の平穏を取り戻したボクは救世主鳴海先輩に問いかけた。一体なにの用事があったのでしょうかと。実際ボクには見当がついていなかった。

 生徒会役員なんて面倒な事をやっているわけもなく、また生徒会の庶務をやっているわけでもない。そしてなにか部活動の部長をしていることでもない。その上個人的な交流を持っているということでもない。そもそもボクと鳴海先輩との関係性と言うものが赤井クンを通して何度か話を交えた程度の仲でしかないのだ。


「うふふ、今日は佐倉さんにお誘いがありましてぇ」

 その疑問に鳴海先輩はボクに一枚のカードを渡した。

 そこに書かれたものは中央少し上にでかでかと書かれた『密会』の文字。それ以外は小さく書かれた『喫茶Nature』の文字とそこの住所らしき文字列。


「……密会?」

 密会という言葉にまとう不健全な色香。思わずボクの喉はごくりとなってしまう。女男とか男女とか、女とか、そんなことを言われるボクであるがしかしこういうのにときめく心は持ち合わせていた。

 遂に春が来たのだろうか、と胸の中に住まう歓喜が躍り狂う。


「そう、私のお友達とのお茶会に佐倉さんを誘おうと思いましてぇ」

「あぁ、お茶会、ですか」

 歓喜は冷や水を浴びせられ静まり返る。それを途端現れた諦めの感情が淘汰する。そして胸を占拠した諦めたちは、やがて羞恥へとその姿を変えた。

 もうこういうのは何度目くらいだろうか。中学生の頃から時折こういうことがあって毎度毎度のこと失望させられている気がする。なんだろう、こういう悪質な手の遊びが女子の中では流行っているのだろうか。


「で、でもなんでボクをお茶会に、それこそ赤井クンでも良いじゃないですか?」

 しかしそれも大抵仲がいい人がやってくる悪戯である。知人としか言えないボクと鳴海先輩との仲ではあまりやるようなものではない悪戯。だからちょっと期待する。鳴海先輩は学校でも人気者だし、友人はたくさんいるはずなのだから。

 ……落ち着け歓喜、落ち着け邪推。まだ早い、顔を出すんじゃない。


「うふふ、それはねぇ」

 浮かび上がった論拠に欠けるおかしな願望とそれに喜んでしまう心が、ボクの五感を鳴海先輩へと向けてしまうのである。一挙手一投足にはボクの瞳が張り付いていて、僅かな動作をするたびに鼻腔に届くフローラルな香り。そして柔らかな声に含まれると息までもを聞き取ってしまう。

 だからこそ、ボクは息をのんでしまったのだ。鳴海先輩がボクに近付くようにして、髪をかき上げ耳を見せてくる、ちょっとフェチを誘う仕草をしたから。

 顔が熱くなる。心臓がちょっと、酷いくらいに動き出す。



「わたしも、ヴィランだから」

 甘い声に良い匂い。ほとんど身体と身体が触れ合っているような距離。息をするだけでよい匂いが襲ってる距離で囁かれた吐息の多いその声に、多幸感が襲う。


「……え?」

 それから理性が襲ってきて、途端にそんなピンク色の心持も霧散する。


「それじゃあ佐倉さん、放課後、会いましょうね」

「…………え?」

 困惑の渦にボクは一人取り残された。


「…………そういえばボク、ヴィランじゃん」

「アンタ……うそでしょう。まずそっちなの」

 ピコに叩かれた。


 □


 鳴海先輩というのは前生徒会長である。そして女とをまるで知らず言葉も交わすことすらしない赤井クンとの交友のある珍しい人である。しかし、その赤井クンとの交友に至るまでの過程をボクは間近に見ていたから困惑が強い。

 というのも、鳴海先輩はこの高校内でのヒーローの活動を許してもらえるようにとボクらが一年の頃、教師陣たちに呼びかけをしていた人でもある。これによってこの高校に集うヒーローに『ヒーロー部』という形で場所を与えられることとなった。その事について鳴海先輩はとても尽力した人なのである。

 だからこそ鳴海先輩はヒーローにとって頭の上がらない存在。この人がいなければかつて赤井クンがぼやいていたように、ファミレスなどで会合をしなければならなくなる。その流れであの赤井クンとも関係が築かれて行った。


 そんな人が「わたしもヴィランだから」なんて言う台詞を言ったのである。もうこんなものをどうしろというのか。

 密会、お茶会。そしてカードに書かれている住所と『喫茶Nature』の名前。こんなことを言われてしまえば、行かなければ気がすまなくなる。

 考えを巡らせるあまり気付けば六限が終わっていた。


「朔夜、おまえ鳴海先輩になんかしたら、潰すからな」

「ひっ、な、なんだよ急に」

 帰りのSHRももう終わる。鳴海先輩にもらったカードに書かれていた住所へ向かってみようと鞄をまとめていた最中である。赤井クンが話しかけてきた。それもなにか凄まじい眼力と殺意を携えて、それといつも通りの暑苦しさを添えて。


「おまえが随分間の抜けたイカれ女男ってことは昔から俺が知ってるけどな――」

「は? なんで喧嘩売ってくるの?」

 そうして売られる喧嘩。物理的に見下され物理的に降って来る意味不明な罵倒。ボクのことを筋肉のことしか脳内に無いイカれ筋肉野郎は吐き捨てるのだ。鳴海さんと相対した時のような無様などもりを見せることなく。

 ほんとう、意味が分からないけどとりあえずクソったれである。


「俺は人体には詳しいんだよ。少なくとも筋肉やら骨格についてはな。だからおまえが女になったの気付いてんだよ」

「……ひぇ」

 寄ってくるむさ苦しい顔、鳴海さんとは違ってまったく嬉しくない囁き声。しかし赤井クンの言葉を理解すると途端羞恥心と貞操に対する恐怖心が襲ってくる。

 悲鳴を上げて、ボクは胸を腕で抱いていた。


「あとなんで妖精が教室を飛んでんだよ」

「……うぇ」

 近くを飛んでいたピコを、凄まじい腕の俊敏を以って捕まえあげる赤井クン。そして悪鬼羅刹をも射殺せられようと思われる凄惨な眼孔でもってピコを睨みつける。

 悲鳴を上げて、ピコは藻掻き始めた。


「それと一つ」

 大きな一呼吸。ボクらの心は戦々恐々。


「ヒーローっていうのは近くに変身してるヴィランがいることくらいは分かんだよ」

 ば、ばれてる。


「けど、鳴海さんとの用事だからおまえらをほんの一瞬見逃してやるんだ」

 がくがくぶるぶる。散々ヴィランたちを生け捕りにして、ヴィランたちを次々に”改心”させてきた赤井クンのあまりに獰猛で野蛮な感情が秘められた笑いに、ボクら二人はただ震える事しか出来ない。途轍もない化物を前に、一般的な小ヴィランであるボクは身を縮める事しか出来ない。


「鳴海さんに少しでも変な事したら絶対に許さねえ」

「ひぃ」

 絶対に、ヒーローがしていい顔じゃない。


「――ち、ちなみにだけど、変な事したらなにされんのさ」

 けれど一方的に抑え込まれることへの不満が、僅かながらの抵抗として現れる。ボクのあくなき反骨精神が僅かに動き始めたのである。捕まっているピコは理解できぬ宇宙人でも見たかの如き目をボクに向けるがもう知ったことではない。

 これはボクのプライドである。こんな赤井クンとかいうヤツに全面的に脅されて従うなんてことをしたくない。絶対にヤダ。末代までの恥。

 ……ボクが末代かもしれないけど


「……あぁ、怯えんなよ。俺とお前の仲じゃないか。幼稚園くらいからの仲じゃないか、俺も痛めつけるなんてそんな非道なことはしてやらないさ」

 けれどそれが大きな過ちだと気付いたのは息を吐くよりも早かった。赤井クンが絶対にしないであろう柔らかな顔を見せた瞬間である。赤井クンがめったにしないであろう女を口説くときに使いそうな柔らかい声を聞いた瞬間である。それから、ボクの頭に片手を置いて撫で始めてから、それは確信へと変わる。

 気色の悪い甘い空気が流れ始めた。


「お前は俺の最悪最低の初恋の人だからな、さんざんトラウマを植え付けやがった」

 その癖なにか恣意的なことを言ってくるのだ。酷い予感がやってくる。けれど彼は全くボクを逃がそうとしない。赤井クンはもう片方の手でボクを抱きかかえた。

 絶対にボクを貶め従わせるために。

 赤井クンが初恋を語ることはあまりない。ボクに向かって盛大に告白してきた時のことをボクはよく弄るのけど。それは彼にとってはトラウマなのである。それでも初恋を語る時がある。特にお灸をすえる時。大概ろくでもないことを考えている時。


「その気持ちは今でも残ってんだよ。そんなところにちょうどお前が女になって現れた。これはおまえが俺を受け入れたサインなんだよな」

 気持ち悪い想像。例えば目の前の筋肉とボクがいちゃついている姿。それだけで心の底から吐き気が湧く。臓物までもを吐き出すような悍ましい吐き気が浮かぶ


「……へんなことするわけないじゃん」

 心なしか本気で赤井クンが欲情しているように思えて、心が死に掛けた。

 肝臓が喉元に来ていた気がする。

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