下世話と赤井クンとそれから

まえがき

 現代ファンタジー週間344位

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 お昼休み。お弁当を食べる時間。ボクはいつも通り近くの女子グループにいれてもらって楽しく下世話な話に花を咲かせていようかと思っていた。

 いつも彼女らはどこからともなく誰々は誰々と付き合っているとかこれこれはこれそれとあれそれと二股してるとか、なかなか生臭くてスリリングな話を持ってくる。そのような下世話な話がどうにもボクの琴線を触れに触れるらしく、学校での一番の楽しみはいつしか彼女らが開く井戸端会議となっていたのである。

 そして今日も開かれた好き者たちの下世話で下種な井戸端会議。いつものごとく持ち込まれる、凄まじい人脈と経験を駆使して集積された情報を、悪いとは思いつつお箸片手に聞き入れようと思っていた。

 しかし今日は朝方から不審だった赤井クンに呼び止められてしまう。


「朔夜。ちょっとついてきてくれないか?」

 包まれた小さめのお弁当を右手に、ペットボトルと椅子を左手にもったボク。これから移動せんとしていた丁度その時、赤井クンが要件も言わずそんなことを言った。

 赤井クンならばいつもは簡潔に要件も言ってくれるはずなのに、と再び赤井クンに対する疑念が積もる。しかしその不審に井戸端会議の議員たちは「ついに佐倉も彼氏持ちかぁ」とバカなことを期待しているらしく後ろで喧々諤々騒がしくなった。

 下世話な連中が一度的に回るとこんなにも悪辣なのか。ボクは初めて知った。


「ごめんよ赤井クン。ボクはお昼はあそこの人達と――」

「赤井クン、佐倉持ってっちゃって~」

 そのうえ赤井クンはなにかを企んでいそうなのだ。彼は普通人が言う不器用の程度を軽く凌駕するほどの不器用さを持っていて、嘘を吐くことさえ苦手な人種。だから不審な時は大概、なにかろくでもないことを企んでいる時なのである。

 付いて行きたくはない。しかしその心に反して性悪連中はボクを見捨てて送り出す。連中は過剰な口笛と拍手を以ってボクの出立を祝った。

 おそらくその中には「ボクに彼氏ができる」と言うような悪辣な意図も含まれていたのだろう。そんなもん、余計に祝うな。


「じゃあ行こうか」

「まずどこに行くのかくらい教えてくれよ」

 前門の虎後門の狼。まさにその言葉は現状を指し示すのにはぴったりな言葉だ。救いというヤツはボクの周りにはないらしい。そんなことを考えていたボクは赤井クンにおいて行かれる。どんどん長い足を速く動かして廊下を進んでいくのだ。

 全く配慮も遠慮もできないヤツ。早足で、時折駆けてついていく。


「ねぇ、もしかしてこれほんとにアンタ押し倒されんじゃないの」

 その途中、いつの間にかについてきていたピコが声を上げた。絶望的な可能性を示唆するためにピコは声を上げたのである。

 んなわけない。ボクは赤井クンとは幼馴染であるのだから、と赤井クンとの長い関係の中で知るようになった赤井クンの奥手すぎるところを論拠にピコに反論する。赤井クンは女性経験が全くない。ボクが見ていた限りでは彼女が一人も出来たことがない。それどころかあんまり女子とも話しているのを見たことがない。

 なにせ令和では筋肉野郎はモテないのだ。細身の中性的な男子がモテる。……それに加えて高身長の男子がモテる。だからボクもモテない。


「【魅了】の能力ってたぶんアンタが考えてるよりも強力よ」

 不安を煽ることばかりを言ってくるピコが恨めしい。あまりにも恨めしくてねめつけた。キミもうちょっと調子に乗ったことを言ってくれ、そしてボクの心を落ち着かせてくれよ。

 そんなことを思っていると前を歩く赤井クンが突如として足を止める。空飛ぶピコを睨んでいたから、顎が勢いよく赤井クンのでかい背に当たって痛くなる。


「いたぁ……急に止まんないでよ」

「あ、あぁ。悪かったな」

 急に止まった赤井クンの奇行。しかもそのうえ返される返答も相変わらず上の空。どうしたのだろう、本当に目の前の赤井クンはロボットなのではないか。

 考えてみるといつもより赤井クンは過剰に発熱しているようにも思えてくる。それは赤井クン本来の力でなく、CPUとかなにかがひっきりなしに動いているから熱いのかもしれない。そんなことが自然と思い浮かんでくるのだ。


「ねぇ、やっぱりキミおかしいよ? どうしたの」

 おかしい、あまりにもおかし過ぎる。つんつん背中を突っついてみて、しかしあまり反応も見せない鈍さに首を傾げ訝しむ。突っついたらいっつも反応する癖に、今日はまるで反応を寄越さない。触感センサーみたいのは未実装なのだろうか。

 それから少しまたボクと赤井クンは無言で校舎を歩いた。


「……朔夜」

「なに、なに?」

 割合長く階段を上って四階の端っこ。使われるところを見たことがない教室の前に着く。人気もないその教室と、突き当りで人気もなく使われなくなった椅子や机やらが寂しく重ねられた場所。ここで赤井クンは立ち止まってボクの声を呼んだ。

 途端それまで感じられていた不安焦燥と言うものが一気に襲ってくるように思われた。蘇るはピコの珍しい不安の言葉とイヤな可能性、それはどんどんボクの胸を占領せんと暴れはじめる。お昼休みの高校というのに一段静かなこの場所では即座に悲鳴を上げてもおそらく気付かれない。だから余計に焦燥は掻き立てられる。

 汗が頬を伝う。手に小さな水滴が垂れて、それでようやくそのことに気付いた。


「――赤井くんちょっといいかしらぁ」

 戦々恐々。そして普通でない動揺。果たしてその未知なる教室のドアの向こう側にはなにがあるのか。いや、なにもないからナニが行われるのかもしれない。その不安はしかし突如として聞こえた声によっていったんは抑え込まれた。けれど代わりになにもないところに突然現れた人にびくりと身体を震わせる。


「……鳴海なるみさん。どうしたんですかこんな場所に?」

「うふふ、すこし佐倉朔夜さんに用事がありましてぇ」

 青と緑が混ざり合ったチョコミントの爽やかな色のような髪色の女性。並々ならぬなにかを纏っていた赤井クンに、鳴海さんと呼ばれたその人はボクも見知った女性であった。その人は三年生の先輩であり前生徒会長でもある鳴海なるみ雅美あみ先輩である。

 鳴海先輩は顔の近くで両手を合わせ、柔らかく笑いながらボクの名前を呼んだ。ほとんど関わったことがないようなボクの名前を微笑みながら呼ぶのである。これまた不思議なことで首を傾げたけれど、しかしこのまま赤井クンに連れられるよりはまともに思われて鳴海さんの近くに駆け寄った。これは赤井クンからの逃避である。


「佐倉さんのことを借りてもいいかしらぁ?」

 うふうふ、うふふふ。ボクも冗談でそんな口調を使うことがあるけれど、しかしやはり本物を見るとそこに込められる柔らかさや包容力がまるで違うことに気付く。キャラという紛い物でない本当のお姉さん、それが鳴海先輩。

 その鳴海先輩の台詞にボクは感涙を零すかのごとき気分に今にも跳ね上がりそうになる。近くを飛んでいたピコも、さすがに心の底からボクの不幸を願うほどの悪辣な心を持ち合わせていなかったらしくどこか安心そうな顔を見せてくれている。


「しかし、その、佐倉は……」

「お願い、今日のお昼休みと放課後だけ貸してくれないかしら」

 おっとりした言葉遣いに虫も殺したことがなさそうなゆったりとした動き。それから垂れ目のふわふわした雰囲気の鳴海先輩はボクの救世主。首を傾げ容姿のずば抜けている先輩に、赤井クンはたじたじになる。

 口はもごもご、目はうろちょろ。ボクという男か女もよく分からない人間に対しては時折大胆に出てくることもあるのに、やっぱりコイツ本物の女子、女性を前にする動揺する。気持ち悪くそれも少し憐れに思えてくるほどの動揺具合はボクが小学生の頃、赤井クンと出会った頃からずっと変わらぬもの。

 

「――わ、わかりました。ですが気をつけくださいよ。佐倉これでも男なので」

「赤井クンの幼馴染なんでしょう? なら大丈夫よ」

 ボクの話をまるで聞かなかった赤井クンは鳴海さんの包容力と女性らしさを前にして、いっそ清々しいくらいの敗北を喫した。それから間もなく立ち尽くすだけの赤井クンの目の前から、鳴海さんに連れられてボクは逃れることに成功したのである。

 クケケ、童貞野郎め。ボクが一応男であることを盾に、そして幼馴染という関係性を利用してまで変な場所に連れ込もうとするからだ。この変態め。変態童貞め。

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