魔法少女って聞いてない。

「あ、アンタなにすんのよ!」

 ヴィランにさせられた。状況を整理するとそう言うことらしい。

 しかし何故かボクにはそれに対する絶望感はあまりなかった。

 人類に仇なす邪悪、世界に背信する滅すべき悪逆。ヴィランとはそういうものだ。悪魔崇拝をするかのごとき大罪である。それだというのにボクはなんら悲愴な心持ちを抱かなかった。自分でもそれがすごく奇妙だった。


「ハンバーグかつみれ、どっちが美味しく食べられるかなって」

「……わ、ワタシはおいしくないわよ?」

 ぷるぷるぷる、蒼い顔をして震えはじめたピコはちょっと可愛らしい。

 思えばこれがマヌケを晒していることも悲嘆していない原因かもしれない。


「わんちゃんとかにゃんことかならつみれは食べるよ?」

「え、こっわ、人間てこんなにイカレタ生き物だったの」

 なにか愕然とするピコに手を向ける。

 一段の大きな悲鳴が聞こえる。

 妖精のつみれを本気で作るわけがないのに。


「キミはボクをどれだけ猟奇的な人間だと思ってるんだ」

「ヴィランになれるくらいの人間が、普通なわけないじゃない!」

 狂乱している妖精を落ち着かせようと近付いた。けれど彼女はすごい悲鳴を上げて逃げて行く。その目に映るボクは、おそらく口に血を滴らせるカニバリストなのだろう。ボクの姿かたちに恐ろしさなど皆無だというのに。


「はぁはぁ……とりあえず、もうアンタはヴィランになったから」

「ここまで怖がられたのは、初めてだよ」

「ひぃっ、近付かないでよ! 化け物! アンタみたいに異様に顔が良いのは化け物だって相場は決まってるのよ!」

 新鮮で、面白く思っていただけだった。

 ただ容姿を見て、化け物なんて言われたのはすごくショック。


「と、とりあえずヴィランの能力調べるために、変身して」

「…………化け物で、悪かったね」

「謝らないからね!」

 初めて言われたその台詞。容姿には結構コンプレックスがあったのだけれど、端正であることには結構自信があったのだ。いつもチヤホヤされていたし。

 それを化け物なんて酷い、酷いよ。

 しくしく、体育座りになって丸くなる。


「わ、悪かったわよ」

「――そうだよねぇ、悪いよねぇ、まず謝ろうか」

 だからガキってのは嫌なんだ。すぐ人を馬鹿にして悪口をほざいて調子に乗ってくれる。その癖こっちがつっけんどんな態度を取ると焦って、曖昧な言葉を紡ぐ。謝罪ともいえない言葉を吐くのだこの種の連中は。

 あぁ、いやだいやだ。どうせなら最後までやり切ればいいのにまったく。


「それから変身すればヴィランの力が分かるのかい? なら方法教えて?」

 しかしこれが重要な情報を持っているのは事実。なればこそ高校生たるボクの人生経験を持って、この悪辣なる妖精からすべてを奪い取ってしまおう。

 悪は滅ぶべし。ボクのこれは正義による制裁である。


「……ブレスレットに触れて【変身】って言うだけ。アンタ性格えげつないわね」

「えげつないなんて酷いなぁ」

 人をだまくらかした妖精の方がえげつないだろうに。

 ピコの言う通りブレスレットに手を向けつつもそう思う。

 これは妖精と言うよりは悪魔と言うべき存在だろう。前者は無邪気によって人を害し、後者は悪意を持って人を害す。なればこそ悪魔に違いない。


「【変身】」

 ボクが言葉を呟いた。すると身体の周りに光が生まれる。

 それは指向性のある光線のようであり、しかしくねくねと触手かなにかのように柔軟に動く。とても眩しいミントグリーンやピンクなどのパステル色がメインの光。

 やがて鮮やかで強過ぎる光はボクの身体に巻き付いた。


 初めは腕に絡まりついた。くるくるとまとわりついて少しして、その部分の光は飛び散り失せる。黒いレースのロンググローブがそこにはあった。

 次に身体に巻き付いく。締め付けるような動きをして、しかし痛みも苦しみも抱かない。やがてそれが消え失せるといかにも妖精的な植物柄の服が合った。ちょうど現代被れなこの妖精が着るべきようなものだった。

 最後に背中に光が向かい、なにか良く分からない感覚が生まれた。今までに感じたことのないもので、とても気持ち悪い。振り返ってみて、そこには妖精ピコと似たとても大きな翅があった。


「よりにもよって、アンタそんな姿になったの」

 不思議でたまらず姿鏡の下へ足を運ぶ。背中の感覚がたまらないけれど、それを我慢して掛けていた布を上げる。翅がどこかに当たって嫌な感覚が増した。

 そこに大きな妖精が立っていた。それ以上に目につく部分があった。

 ピコは酷い顔をして呟く。


「似合ってるのもむかつくわね」

 この翅はなんなのだろう。そんな疑問は一瞬に消え去った。ボクの姿が一体どんな風になっているか、それさえも失せてしまったのである。

 鏡に映るそれを見て。

 もはやピコの台詞も頭の中には入ってこない。右耳から左耳へと飛び出して行く。


「これ、は?」

 身体をペタペタ何度か触る。鏡が壊れたか、それとも視覚がイカレたか、あるいは両方かもしれない。不安に駆られ、しかし調べぬわけにもいかず身体に触れたのだ。

 そしてそれが現実のものだと気付く。


「ヴィランが絶壁とかお粗末だし、ちょっとぐらいあった方がいいでしょう?」

「ぜっ、ぺき?」

「ふふ、そんなに触って、そんなにうれしかったのかしら。なら感謝しなさいよ」

 言っていることが分からない。滔々と話しつつ胸を張って自信満々に、そしてなにかを侮蔑するかの如く顔をボクに見せる。けれどその意味が入ってこない。


「豊胸は貧乳女子の憧れなんでしょ?」

「ほうきょ……ひんぬーじょし?」

 分からない分らない。分からないけどろくでもないことが起こっていることが分かってきた。それと同時にボクはそこから手を離した。

 この柔らかさが現実であることを知ってしまったから。そして悪魔でありながらも一応は女であるだろう妖精ピコの目の前でそんなことをしたことを恥じる。羞恥心がやってきて顔が熱くなる。


「顔真っ赤にして、そんなに図星だ――」

「ぼくは、おとこ、です」

 声が自然と震えてしまった。羞恥か怒りか失望か、あるいは悲愴だったかもしれない。こういうことがあまりにも多すぎて、どんな感情を抱いていたのかも良く分からなくなってきた。ただ、激情を抱いているのだけは分かる。

 ピコはきょとんとした。


「なに言ってんの? アンタどっからどう見ても――」

「だから、おとこなんです」

 ほんのりと膨らんだ胸を見る。そして喉を触って、元から喉仏なんてなかったことを思い出す。いや、ありはするのだろうが見た目では全くないように見えていた。

 ピコはぽんっ、と納得のいったように手を叩きじぃっとボクを見つめる。


「あぁ、なるほど、トランスジェンダーってやつね、ワタシ知ってる」

「ちがう、ちがうよ、ぼくは、こころからおとこなんだよ」

「はっ、冗談が上手いわね、アンタが男だったら世の女が絶望で気絶するわよ」

 本当に違うのだ。ボクはしっかりとした男。

 ここは正さねばならぬから、ボクは財布から保険証を取り出す。


「これ、ここに、男ってかいてる」

「は、はは、は……冗談でしょう?」

 ケラケラと笑っていたピコが、それを見つめると顔を引きつらせる。

 じっくりボクの顔と身体と四肢と髪の毛を見て、また保険証を見る。


「その髪の毛は?」

 これはおじいちゃんに懇願されて伸ばしているだけ。ボクの趣味じゃない。それを伝えても訝し気な目を向けてくる。


「その肌は?」

 これは手入れをしないとお母さんにすごい文句を言われるから、仕方なく。しかし彼女は未だ懐疑の目を抑えずにはいられないようだ。なんなれば頬や額をぺたぺた触りながらなにかを深く考えこんでいた。


「その顔は」

「生まれつきだよ」

 すごく失礼じゃない?

 そもそも整形するお金なんてないし。


「声だって、女じゃない」

「男だよ」

 時間が経ってきて、ちょっと苛ついてきた。


「――ほんとに言ってんの、それ」

 ボクは無言でうなずく。


「……アンタの方がワタシよりも詐欺してると思う」

「そろそろボクは怒るぞ」

 ピコはボクの長く手入れされた髪をペタペタ触り、ボクの頬や腕を揉み、それから肩をもんでから茫然とそんなことを言った。

 佐倉朔夜さくらさくや、十七歳。現在”男子”高校生。

 妖精にヴィランにさせられ、挙句魔法”少女”にさせられたようです。

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