3
その晩は満月だった。
まだ低空に浮かんでいた頃、彼の瞳の色を跳ね返していたようだったのに、今はすっかり白んでいる。
目を覚ますと、彼は私のベッドの脇に立っていた。自分のシーツを肩にかけて包まっていた。
「どうしたの、こんな夜中に」
「本来は僕らの時間だ」
ばさり、と仰々しく白い羽を開き、紳士のように一礼をする。彼は顔を上げると、すぐに言った。
「顔色が悪いね」
「あなたに言われるのはなぁ」
生白い肌は死体を思わせた。
「僕はもう行くよ」
「…そんな。まだ、時間はあるでしょ」
「いいや、今夜だよ」
あまりに穏やかな表情だった。今までに見たことがないくらいの。
「レディ、厚顔無恥の老輩が恐縮いたみいるが…添い寝していい?」
「老廃って。妙な言い回しだなぁ。どうぞ」
私は彼にスペースを作ってあげた。彼はこちらを向いて横になる。
「君は忘れるかな」
「私が生きている間は、そんな綺麗な顔は忘れないよ」
「あはは。僕は自分で見た事がないからなぁ。そんなに綺麗なんだ。君は小さい頃からよく褒めてくれるよね。顔ばっかり」
「…今から絵を描いてあげようか」
「え! ほんとかい!?」
彼が素直な感情を表すように破顔したので、つられて笑ってしまった。
私はベット脇のスケッチブックを手にして鉛筆を走らせた。
彼はやはり、美しい。
髪の一筋までその輝きを取りこぼさないように、閉じ込める。
「ねぇ見せて」
「まだ途中だけど」
「まぁまぁ。わぁ、なかなかに美形じゃないか」
赤い瞳を輝かせて、彼はご満悦のようだ。
しかし、死肉がさらに痩けて、頬が萎れたようになっているのに気がついた。
私は生唾を飲んだ。平坦な声に忍び込ませるように、そっと。
「私の血をあげようか」
「君が死んじゃうよ」
「…でも」
「いらない」
素気無く断られて、がくりとする。彼は美しい顔で私を見つめた。心臓が反応する。その美貌に、では無く。
「怒ってる?」
「…まさか」
取り繕うように、瞼を閉じて、彼は笑む。そして、
「君のママは、きっと僕を君から引き離したかったはずなのに、一緒に居させてくれてありがとうって言っておいて」
と、私の頭に手を置く。
「後悔があるとすれば、もっと君にちょっかい出せばよかったな」
「…後悔のあるままで本当にいいの?」
「ああ。いいんだ」
自信満々に彼は頷いた。
「さあ、君もおやすみ」
彼は私の肩までシーツをかけ直してくれた。
「まだ描きかけで…」
「目を瞑って、心に描いて。思い出して」
彼が瞳を閉じたので、素直に私も倣う。
「おやすみ」
私が目を覚ますと、彼は衣服を残して消えてしまっていた。
ぺたんこになった彼は、白いベッドに静かに横たわっている。
私はスケッチブックを抱き寄せる。
狭い部屋と二つ分のベッドと共に一人取り残された私は、自分の手首に繋がれた管を眺めて、そっと彼の名前を口にした。
私と吸血鬼のあと三日 二夕零生 @onkochishin
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