第四節:デキシーの功罪

◇1919年 ニューヨーク州 マンハッタン


 店の棚の奥から一つの小包が出てきた。包みの印字から送り主がビクタートーキングマシーンであり、1917年に届いたものであることがわかった。そして中には”オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド”と書かれたポストカードの分厚い束が入っていた。写真には五人の白人が写されており全員がお揃いのタキシードに身を包み楽器を構えている。バンドの構成はドラムス、トロンボーン、コルネット、クラリネット、ピアノのクインテットだった。

 僕はポストカードを見ることでようやくこの小包が何であるかを思い出した。それはちょうどピーターが失踪し、僕が店を継いですぐのことだった。

 史上初めてジャズという音楽がレコードに刻まれたのがその年、つまり1917年だ。その偉業を成し遂げたのがお揃いのタキシードを着たオリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンドだったのだ。同年にビクター・トーキング・マシーンから初のジャズレコードが発売され、プロモーション用のポストカードがうちの店にも配られた。というのが筋書だ。

 当時は何か釈然とせず、ディスプレイすることなく棚の奥に突っ込んだのだった。あるいは単に先を越されたことが悔しかったのかもしれない。


 今にして思えば、個人的な感情は抜きにしてジャズがレコードになったという事実には素直に喜ばなくてはいけない。まるでクラシック音楽やオペラのように多くの人が僕たちの音楽を聞く日が来るとは思いもしなかった。

 僕はジョン・アバフェルディに雇われた日のことを思い出した。彼がいつか言っていたように本当にジャズがビッグビジネスになる日がやってきたのかもしれない。そういう意味では彼らのバンドの登場は長年待ち望んだ好機の兆候だったのだ。


 そうした結果から見ればこの二年で多くの人間がジャズを聞くようになり、オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンドが果たした功績は非常に大きいと言えるだろう。当然その恩恵を受けた人間の中には僕自身も含まれていた。ジャズを聞く人間が増えれば僕の仕事も増える。

 だからオリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンドのレコードデビューはニューヨーク中のジャズマンに希望を与えたことだろう。

 しかし、一方でその反対の陰の側面が色濃く確実に存在した。僕たちは長年僕たちの生み出した価値が不当に搾取されることを許し続けてしまった。白人たちは黒人の労働力だけでは飽き足らず、遂には固有の文化さえも搾取し始めたのだ。


 僕はカウンターに置かれたポストカードを眺めながら煙草に火をつけた。デキシーの功罪については今さら考えても仕方のないものなのだ。何故なら世界は既にデキシーの登場を受け入れ、その先へ進んでしまっている。僕が今なすべきことは白人社会の中で黒人文化の価値をどの様に取り戻していくかということである。

 黒人の音楽で真に成功すべきなのは黒人をおいて他にはいない。というのは見方によっては狭量と言えるかもしれないが、もう白人の顔色を伺って施しを受けるだけの人生に甘んじてはいけないのだ。


 僕たちが白人たちと対等なアメリカ国民であり、文化的教養を備えた知的な存在であることを世間に示さなくてはいけない。しかしその手段は決してデモクラシーやストライキではない。アバフェルディさんは僕に何かそういった指導的立場への成長を期待していたが、僕にそんな力はない。何かあるとすれば、それは音楽だけだ。だから僕は音楽を通して世間に示さなければならないのだ。


 その瞬間は突然訪れ、ごく自然に熱いものが溢れてきた。それは今まで諦めていた機会の不平等を、強いられた隷属を、決められていた不幸を断ち切る決意だった。


 思考が帰結した時、僕はようやく自分に重い足枷をはめることができた。

 僕は自分勝手に友を殺し、その名を語って生きている。しかし誰も僕を罰することは無かった。何かひどいことが起こるに違いないと思っていたけど、そんなこともなかった。だから僕は自分を許せなかったし、許そうともしなかった。

 しかしそれも今日で終わりだ。僕は重大な何かを成すために生き延びたのだ。それを成すことが僕に課された償いに違いない。

 踏み出す一歩が重い。これは罪の重さだ。しかしようやく罪の重さを感じながら前に進むことができる。


 僕はカウンターに置かれたポストカードを再び小包に戻すと、ブリキのペールに放り投げた。それはいい音を立ててペールに収まった瞬間にゴミになった。

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