第22話 家主と付き人

 誰かが入ってきて、ランタンに火が灯され、部屋が明るくなる。


 二人の男の姿が浮かび上がる。一人は俺を飛ばしたのだろう、サクリには及ばないがやけにガタイのいい男。服の上からでも筋肉が隆起しているのが見て取れる。もう一人は老人男性。杖をついていて杖をつく必要があるのかと思うほど足取りはしっかりしていて、いいガタイの男の横に並んだ。そして俺に向けて口を開く。

「どうしてここに入ってきたのかね? 一生暮らすのに困らないだろうお金を求め? それとも綺麗で稀少な宝石? はたまた私の命? 教えてくれ、きみの目的はなんだい?」

 侵入者との会話を望むとは変わったじいさんだ。あまり適当に答える気にはなれない。

「ついさっきまで何でここに入ったのかわからなかったが……もう満足した。大人しく出ていこうと思ってたところだったんだが、俺は運が悪いんだな」

 言っていて、無害な存在であることを主張している自分に気づいて、思わず苦笑が漏れた。

「きみはまだ私からなにも奪っていない、奪おうともしていない……満足するのには少し早いんじゃないかね?」

 この人にはこの人なりの欲望があって、冷静なようであってもそれを欲しているような、または全然欲していないような。

「まあ……まともな人間……あんたたちに会えたのは運がよかった。なんとなく寂しかったところだったんだ」

 仮面人ばかりのこの世の中で人間に会えたのは、たとえ敵対関係だとしても何故かちょっと嬉しい。

「聞いたかバルシェ! こやつは私たちに会えたことを嬉しいと抜かしよる! これはとんだ変態だな!」

「珍しいですね。ほんと、珍しい」

 倒れるのではと心配になるほど(心配でもないが)派手な声を上げた老人は、その最中でも冷静な眼差しでこっちを観察し続けていた。ちなみに俺は嬉しいとは言っていない。

「これはなかなか愉快なやつだ……だが、そういうのはいい。私はきみの真実の欲望を知りたいんだ。自分がいまどういう状況にいるか、理解しているね?」

 いま脅されているのだろう、老人から異様な圧力を感じる。しかし俺には彼を納得させる——喜ばせる理由を持っていない。仮に虚実を話したところで、すぐに見抜かれる。

「嘘を言ったつもりはないが……きっかけは食料探しで、いつの間にか猫の付き人になってて、それで今はなんでもない。……あえて何か挙げるなら、あんたの話し相手」

 その話を聞いた老人は俺をじーっと見つめ続けていて何の反応も示さない。まるで立ちながら死んでいるのかと思うほどだが、隣の男に焦った様子はない。静かで穏やかじゃない時間がしばらく続いたあと、老人は口を開いた。


「ふう……よーくわかった。こいつのことはわからん。バルシェ、こやつを殺せ」


「……わかりました」

「私は眠りの続きをする。さっきは少し惜しいところで起きてしまった。運がよければ続きを見られるだろう。騒がしくしてもかまわん、頼んだぞ」

 じいさんは部屋の外へと出て行って扉を閉めた。こんな展開はどこかで予想していて、扉が閉じる音はそれが始まった合図に聞こえた。

 ランタンを床に置いて、バルシェと呼ばれていた男が近づいてくる、

「話は聞いてたよな? 心配はしなくていい、痛くない、知らぬ間に死んでるさ」

 と俺のことを気遣いながら。

 なにも武器は持っていない。サクリのような怪物の類か、と嫌な想像を思い浮かべながらナイフを取り出す。

「張り合う意思があるヤツのほうが、オレとしては殺しやすい」

 だからといって、ナイフを下げる気にはなれない。『やすい』か『やすくない』かの違いであって、殺されないわけではない。

「張り合う意思のないヤツはもっと殺しやすい」

 男の体がロウソクの火のように揺らめいたと思ったら、すぐ目の前に来ていて俺の胸、違う、心臓目掛けて指を突き出してくる。突き刺す気だ!と思った瞬間にその指にナイフを当てると、フフという男の微かな笑い声が聞こえた。力の押し合いでの硬直状態が生まれるが、ナイフから大量の水が飛び散って俺と男を随分と濡らす。

「うぐっ……⁉」

 突然男の首から血が噴き出して、男は驚いたように距離を取った。

「押し切れると思ったが……見当違いだったか。まあいい、少しは楽しませてもらえそうだ」

 驚いたようではあったが、全く痛そうではない。強がりではないだろう、効いていない。

 屋外ならまだしも、室内でこいつと争っていても逃げる隙は生まれなさそうだ。この部屋は窓がないのが不満だ。窓があれば住むのもアリだ。

 破壊音が部屋に響いた、男がランタンを蹴り壊した。暗闇に逆戻りする。

「小癪なナイフ使いも、これでは何もできないだろ」

「ちがう、俺は平凡な案内人だ」

 そう訴えるも、

「本当にそうなら、とっくに死んでる」

 と訴えを一蹴されてしまう。

 風圧がやってきて、これはマズいと思った瞬間に腹部に衝撃がやってきた。

 蹴り飛ばされて壁に激突する。次に蹴り飛ばされて壁に激突する。次に蹴り飛ばされて壁に——されるがまま。暗闇で反応できない。受け身を取るのが精いっぱいで、体がこらえているのが不思議なほど。このままではいいように弄ばれ続けるだけ。


 ならばと、自分の左腕にナイフを突き刺した。


「うっ……うぐあああっ⁉」

 あまりにも体のなかで暴れ狂う灼熱に意識が吹き飛びそうになる、膝が崩れそうになるのをぐっとこらえて立ち続ける。なにか重い、どろりとした液体が傷口から出てきた。それが出るとだいぶ熱が引き多少余裕が出る。その重い液体、赤というよりもはや黄色い液体が床に落ちると、瞬く間に部屋中に、俺と男を部屋に閉じ込めるように炎が広がった。

 炎の明かりによってまた姿を現した男は、その光景を見つめながら立ち尽くしていたが、やがて静かに口を開く。

「貴様は馬鹿か。こんなことをしたら互いに死ぬぞ」

 至極まともな意見だったが、信じることはできそうにない。この男ならこれぐらいでは死なないだろう。

 ナイフの先に炎をすくい乗せて、それを傷口に塗っていくと痛みが和らいでくる。万全ではないが、応急処置としてはできすぎだ。

 炎が徐々に徐々に広がってきて、互いの距離が必然的に近づいてくる。しかし男は、俺に手を出そうとしない。恐れを抱いている、というわけではないだろう。


「白状すると、オレは貴様を殺すなという指示を受けた」


 あれは『殺せ』と言っているようにしか聞こえなかった。現にこの男はそのための行動をした。重い蹴りを何度も受けて俺は未だに殺されていない。

「まさかここまで暴れるとは思わなかった、オレのミスだな。朝食は果実の種ミックスのみになりそうだ」

 腕の痛みがほとんど治まると、炎の勢いがみるみる衰えていく。その様子をみて男は小刻みに何度か頷くと、軽く息を吐いてから切り出す。

「出口に案内しよう」

 男は静かに、部屋の扉を開いた。

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