第21話 別れと遭遇
あれから各部屋、多くの部屋を訪ねていったが、驚きも喜びもなかった。
あのロウソクの部屋以外に何もないのでは? 仮にあるとしても俺たちでは感知することのできない何かなのでは? そんな憶測と共に焦燥とも失望ともいえる感情が色濃くなってきていて、気分は沈んでいるはずなのに体は動き続けていた。
「ねえ、何か音がしない? 不気味な音ではないわよ、心が跳ねるような……陽だまりを思いだすような陽気な音」
注意して耳を澄ましてみても、そんな音は聞こえない。静かなここで耳を澄まして聞こえないということは俺には聞こえない音なのか、それとも黒猫にその存在を教えてもらったのだから聞こえていなくても聞いているのか。
「そっち……そっちの部屋から聞こえるわ! 早く行って、早く!」
まるで祭りの音に胸を弾ませて親を急かす子供のように生き生きとしている。
黒猫が示した扉、これまでのそれと変化を感じない静かな扉の取っ手を握り、開く。
そこはやはり、静かで真っ暗な部屋だった。
「やっぱり……やっぱりあったんだわ。私を待っていてくれた!」
しかし黒猫の反応はちがかった。その声は驚きと喜び……そう、感動に震えている。
「ちょっと行ってくる!」
勢いよく肩から跳び降りて、部屋の中、奥へと駆けていく。
いきなり部屋が光に満たされる。暗闇を照らす火の光ではなく、暗闇を退ける日の光。
広々とした空間には多くの人がいて、皆が楽しそう。思わず踊り出したくなりそうな音楽が流れていて実際踊っている者もいる、それを見ている者もいる、談笑している者もいる、歌い出す者もいる、喧嘩をしている者も、暴飲暴食をしている者も、泣いている者も、皆がとにかく楽しそう。
その輪へと向かっていく背中を見つめている。見届けようとしている。
そこへ加わる前、その前に一度彼女はこっちを振り返った。微笑んでいる。
微笑み返したつもりだが、そこには寂しさや悲しさ、嬉しさがこもっていたのだと思う。俺がそこに加わる権利がないことはわかっている。いや、ないと思い込んでいるのか。どっちにしても見ていることしかできない。
彼女は再び前を見て駆け出す。まるで弾む心を表すように軽やかに駆けていくのを見つめる。やはり嬉しい。
真っ暗な部屋に戻っていた。
さっきの光景はきっと彼女に見せてもらった、感じさせてもらったのだ。もう俺には二度と見えることがないだろう光景。
静かで暗い部屋にたった一人。肩にあの感触がない。とはいえ気分は悪くない。悪い別れでは……いや、いい別れだった。なんというか、ここに来た意味があったのだと今は感じている。
もうこの屋敷を出ようと思う。仮面人に見つかってもいいと感じている。いいわけではない、それならそれで何とかしてやる——という気持ち。真っ暗な世界にいながら、妙に気分が軽やかになっている。そのことに気づいて、余計に楽になった。
「……あー、見つけました」
部屋を出ようとした瞬間に何かにぶつかった。それが人の感触かもしれないと思った時には衝撃を受けて飛ばされていた。部屋の奥の壁に激突してさらに衝撃がくる。
「きみは仕事が早いね。さてさて、今回はどんなお客さんかな」
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