第11話 西地帯

 林を出た。リーガの姿がない。彼がどこかに行ったのではなく、俺がだいぶズレたところに出たようだ。体感より長く林の世話になっていたのか、いつの間にかあたりは薄暗い。とにかく、リーガとだけは再会しなくては。

 林に入った位置に戻ろうとするが、どんどん暗くなってきて景色が記憶と重ならなくなってきて、ただうろうろしている状況になってしまう。うろうろしないよりはしたほうがいいと思い続けていると、道沿いの茂みから物音がした。

「おい! ハレルだよな、そうだろ⁉」

 声もした。リーガのものだ。

「おまえそんなところで何やってるんだ?」

「おまえが隠れてろって言ったんだろうがっ!」

 そういえばそんなことも言ったか……仮に言ってなかったとしても、リーガは賢明な行動をしていたといえる。

「ずいぶん長かったな、大丈夫だったのか?」

 茂みから出て一転落ち着いた声で聞いてくる。

「大丈夫じゃなかったら俺は今ここにいない。ただ、ニアーナは見つけられなかった」

 そもそも、満足にほど遠いぐらいしか探せなかった。もし彼女にこの林で何かあって、それにトウタリが関わっていれば、何があったか知るかもしれない。そうでなければ知ることはない——それとも、思いがけないところから知るか。

「さあ、西地帯に行こう、もうすぐだ」

「この状況でか? 待ってればニアーナは来るかも」

「戻ってくる意思があって戻れる状況なら、とっくに戻ってきてる。違和感があるのはわかる、俺もある。ただ、たぶん待ってても彼女はこない」

 リーガは一度、暗い林を振り返った。そこは静かだ。


 西地帯の娯楽街にやってきた。東地帯のそれに負けず劣らず熱気がある。

 この街に来たばかりの者ならそんな負けず劣らずなどと考えない、考えたとしても深くは感じないだろうが、この街に住んで特定の地帯で暮らしていると段々とそんな考え、比較に縛られていく。それが嬉しくもあり、危ない感じもする、そしてよくわからなくなる。結局わかるのは、この街を離れるときなのかもしれない。

「どうかしたか?」

 戸惑うように人混みを見つめているリーガに声をかけた。

「いや、なんかいま……ニアーナがいた気がして」

「だったらぼさっとしてないで追いかけろ! どこにいった⁉」

「そんな強く腕を掴むな! ……いたような気がしたけど、いなかったような気もしたんだ」

 リーガの目を覗き込んだ、酒に酔ってるわけではなさそうだ。まだこの地帯にきたばかりで飲んでいるはずがない、隠れて飲むはずもない、リーガは酒が苦手だ。だから酔ってるはずがない。

「ニアーナは林に入っていったとき、一体なにを考えてたんだろうな」

 あの無邪気さはニアーナらしくないように思えたが、改めて考えるとニアーナらしさなど俺は知っていなかった。

「もともと僕は彼女と親しいわけじゃなかった、雰囲気でわかるだろ? だから見当がつかない、待ってる間も考えてたけど……」

 見当がついていたほうが、案外俺とリーガにとっては残酷だったのかもしれない。知っていなければ今まで通りだったはずなのに、知ったことでそれが崩れることがある。どっちがいいかは、その人次第。

「もしかしなくても俺たちはお腹が空いてる、きっと。まずはそこを満たそう」

「そうかもしれないな、そうしよう」

 リーガはわからないが、少なくとも俺は何かに酔っているような嫌な気分になっていた。

 それはきっと、自分がニアーナを切り捨てたと思っているからだ。

 勢いに任せて西地帯に来たのは失敗だったか……いや、あのまま東地帯に戻ったら余裕ができて余計に考えて苦しんでいた。それに、あの状況で東地帯に戻るのは彼女との再会を気持ちの中で諦めることでもある気がした。もしかしたら林を突っ切ってこの西地帯に俺たちより早く彼女が到着していても驚くが驚かない。ただ、東地帯に戻っているのは考えにくい。


 窓辺の席で、外を眺めながら食事をする。室内の方が明るいため外の景色はほとんど見えないが、何か(人だろう)が動いているのは薄っすらわかる。

「そういえば、この料理やけにウマいな」

 ぼんやりしていて気づくのが遅れたが、本当にうまい。やっぱりお腹が空いてたんだ。お腹が空いてなければ西地帯の料理がうまいわけ……ないとも言い切れない。認めよう、この料理はうまい。

「よくそんな、のんきな感想が出てくるな。僕はあんまり食が進まない。……まあ、おいしいのには同感だけど」

 リーガの皿から大体俺のものと同じくらいの量が消えている事実。普段は相当な早食いなのか、それとも俺も食事が進んでいないだけなのか、意外にどっちもいつも通りなのか。

 結局、しっかりと完食をして店を出た。通りに出てすぐ、またリーガの様子が不安定になった。

「ま、まただ……。またニアーナがいた気がした」

 リーガの見ている方面を見ても、俺には引っ掛かるものが映らない。

「……でも、しっかり見ようとすると消えるんだ」

「冗談でも嘘でも、ないよな……?」

 リーガの言葉を疑う気持ちと、信じたい気持ちが拮抗している。もし本当にニアーナがいるならそれは希望だ。しかし、リーガが何かに蝕まれていっているようにも映る。

「きっと彼女は僕を責めてる。僕は彼女を探しにすら向かわなかったんだ……恨まれるわけだ」

「ニアーナは自ら林に——」

「それでも! ……僕は彼女を追う意思がなかった、自分の身を、安心を優先して」

 リーガはただただ自分を責めたがっている。そうしないと保っていられないのかもしれない。そうしたらすでに保っていないと言えなくもないが。

 これはもう、『力』を探すなんて紛らわしにすらならない、仮に力を見つけてもリーガは救われない。

「こうなったら、ニアーナを探そう」

 諦めようとすることがおかしかったし、無駄だった。

「まさか……あの林に入るのか⁉」

 まるで強大な何かに睨まれているかのように表情や体をこわばらせる。リーガはこの街に来ていい人間ではなかった。もとの生活が充実していた満足していた人間にとって、ここは悪夢でしかない。おまけに自分の意志で来ていない、不憫だ。

 それでも、気持ちはこの街にないとしても、彼はこの街にいる。ここに居続けるとしても、ここから抜け出すとしてもまだ足りない。

「まさか。ニアーナを見たんだろ? だったら見たところで探す、違うか?」

「でも見たって自信が……」

「だから探すんだ。見つければ見たってことになる」

「見つけられなければ……?」

「見つけるまで探す」

 もう滅茶苦茶だ。案内人の経験をそれなりに積んだつもりだったが、こんなグラグラする事態は初めてだ。正直、三日ぐらいベッドで丸くなってたい。


「僕は……この街でそんな根気強く探し続ける自信は、ない」


 自信ありげに言う。それでもニアーナを救うためには、リーガを救うためには、そして俺自身を救うためにはそれしかない。それとも、一か月、三か月、半年、一年、五年経てばそんなこともあったなあ、と思えるのだろうか? そう思ったら思ったで、今の俺は失望する、その自分に。

「でも……そうだな、できる限りやってみよう」

 表情は暗いが、前向きな言葉が出てきた。

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