第6話

 二年後の秋。

 再び翔太は大会のスタートラインに着いた。六十キロの長い距離を走りきるために。フルマラソンの距離近くでリタイヤした前島記念館のその先を走るために。

 スタートを切るまであと一分と迫っていた。空は晴れて暖かな日差しがランナーたちに降り注いでいた。

 一日、雨の心配なく走れそうだった。

 そして、号砲一発。ランナーにとって長い一日が始まった。緊張の一瞬だった。

 同じ轍は踏まない。

 走るだけでなく、ジムに通い筋肉を鍛えた。プールにも通った。

 今年は、リタイヤした前島記念館を越えられそうに感じていた。それに、苦しめられた金谷山を走って上がりたかった。そして、山のてっぺんから望む絶景を眺めたかった。

 思いきり叫びたかった。

「やったぞう❗」と。


 走り始めてまもなく、名立の街に入った。沿道に出て小旗を振る多くの声援に迎えられた。小旗の一本一本に、ランナーのゼッケンと名前が刻まれていた。自分の旗を見つけたランナーが駆け寄り、旗を受けとる。元気をもらい、再び走り出す。

 翔太も旗を探して街を走り抜けた。 

 見つけることができないまま、街中を抜けて端まで来てしまった。

 今年もだめだったか、そう思った時だった。

 見つけた!

 旗に刻まれたゼッケンと胸に着けたゼッケンが同じだった。

 小旗を受け取り、お礼を言って再び走り出す。走りながら小旗を見つめた。嬉しかった。

 受けとる相手が南海ちゃんであるなら…なおさら。

 ふと、そんな思いが走ったが、叶わなかった。

 怪我が治って元気に暮らしているのだろうか…。 

 気持ちが陰る。二十歳の夏に思いが跳んだ。

 

 二十歳の夏。

 瞳を奥に隠す長い前髪、えくぼ、ジャンパースカート。

 心に刻まれたまま、時が止まっていた。

 あの日に戻れたら、帰れたら、もう一度やり直せたら…。

 事故が起きないで、怪我をしないで、やきもきしないで手紙のやり取りが続いたのだろうか。 

 

二十歳の初恋。

 今も、恋してる…。

               



  

 

 



 

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