第5話
(どうして手紙がないんだ)
諦めるしかないのか。
そう、思う気持ちが沸き起こらないわけではなかった。あと一日、明日まで待ってみようと、未練が胸につかえて離れがたかった。
そんなある日、スヌーピーのイラストの入った封書が翔太に届いた。
じっと、封書を見つめたまま体が固まってしまった。
(手紙…南海ちゃんから?)
信じられない気持ちだった。
裏を返すと名前が目に入った。
"本庄南海"
頬がゆるんだ。
(南海ちゃんから手紙が来た!)
嬉しかった。胸が沸き立った。
封書を開けようとして手が震えた。
ようやく便箋を取り出して開いた。可愛らしい丸文字が並んでいた。心臓がどきどきして落ち着かない。焦った。
手でしっかり手紙をつかみ、目を文字に走らせた。と…、
「え?」
呟いて頬がひきつった。
「そんな…」
手紙が手からこぼれ落ちた。呆然として、我を忘れた。
アルバイトを終えた南海ちゃんを乗せた車は、長野方面に向かっていた。
その途中でそれは起きた。
一台の乗用車の前を大型トラックが走っていた。遅いスピードにしびれを切らして追い越そうと右にハンドルを切ってスピードを増した乗用車は、センターラインをはみ出して走っていた。トラックをなかなか追い抜けない。諦めてスピードを緩め、再びトラックの後ろに着こうとしたところへ、反対側に乗用車が。道幅が狭く、反対側を走っていた車がスピードを落として止まった。トラックを追い越そうとした車も止まり、トラックが前に出るのを待った。その時だった。
反対側に止まっていた乗用車に、後ろから走ってきた普通トラックが突っ込んだのだ。普通トラックは、かなりスピードを出していて、止まりきれずに乗用車にぶつかった。そのショックで、乗用車に乗っていた家族は重症を負った。
ぶつけられた車に乗っていたのは南海ちゃんとその家族だった。
酷いむち打ちを負い、四ヶ月がたった今も痛みが収まらないという。
信じられなかった。
手紙には、なんとか翔太に知らせたくて、でも、体が痛くて手紙が書けなかったと、ごめんなさい、との文字を添えて書かれていた。
そして最後に、
"まだ、病院に行っているの。学校には行けているけど、通えるようになってからも、しばらく休んでいたの。ショックで。家族も大怪我をして。
そんなわけで、手紙は、しばらく書けそうにないの。
ごめんなさい"
と終えていた。
そんな大変な事故に遭っていたなんて…。
早く怪我がよくなってほしい。後遺症が残らなければいいけど…。
祈った。できるなら会いたかった。
お見舞いの手紙を書いた。返信はいらないとしたためて。
それから…。
三十年、南海ちゃんから返信はない。
怪我が治って元気で暮らしているのだろうか。
一日たりとも、南海ちゃんを忘れたことはなかった気がする。
会いたい…。
きっと、叶わないことなのだろうと思う。でも、元気になった、怪我が治った彼女に会いたい。
(二年後、また、大会を走ろう)
会える確率はないかもしれない。でも、気持ちが離れがたく、固く心に刻む翔太なのだった。
終
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