捨て駒はいらない

 汐屋一樹、20歳。自分で言うのもなんだが、日本最高峰の大学、東京黎明大学トーダイの異能力開発学部を飛び級で卒業したエリートだ。そして、ユグドラシルの中でも最難関のオーシムから推薦を受け、承諾。今日から新人隊員として配属される。


『能力は申し分ないです。後天的な異能力をここまで開花させるなんて、秀才の部類でしょうね。ただ、命が惜しいなら来ない方がいいと思います』


 推薦状を持ってきた、ユグドラシル事務官と名乗る女性の言葉をふと思い出した。桜色のロングヘアーをしており、冷たい瞳が印象的だったが、声色は極端に柔らかく優しい。彼女はそのまま話を続ける。


『煽っている訳ではないのですよ?どんなに優秀でも、すぐ瀕死になるようじゃ勿体ないじゃないですか。貴方の能力は貴重な部類ですし、無駄死には私も望みません。それに……』


 冷たい瞳のまま、さりとて口元には笑みが浮かんでいる不思議な表情。


『これは私個人の意見ですけど、捨て駒には興味が無いんですよ』


 捨て駒になり消費される人生に、価値などない。その意見には概ね同意だ。だが、俺は足踏みをしている場合ではない。10年前、俺の目の前で両親を殺した異能力者はまだ捕らえられていないのだ。一歩でもアイツに近付くには、異能力者の情報が入るユグドラシルに入ることが近道。これは願ってもいないチャンスだ。


『覚悟は出来てます。ぜひ、入隊させてください……俺に、断る理由はありません』


 汐屋の返事を聞いた事務官の女性は、冷たい瞳のまま、満足そうに微笑んだ。


『ふふ。貴方ならそう言うと思ってましたよ。違法異能力者ヴィランを追う理由が、貴方にははっきりとありますから』


 全て奪われたあの日、俺は真実を知る権利がある。復讐?いや、そんな頭の悪いことは考えていない。俺はただ、父を、母を、兄を殺した犯人に、然るべき法の裁きを受けてもらうのが目標だ。願わくば、合法的に死んでもらいたい。


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「そろそろ着替えるか」


 汐屋はユグドラシルの隊服に初めて袖を通す。重厚感のある深緑の隊服は、見た目より遥かに軽かった。ユグドラシル日本支部の紋章“永遠桜”が背中に刺繍されており、ひと目でユグドラシルの隊員だと分かる。腕にはOSIMと刺繍された腕章が施されているので、何処の所属かも一瞬で確認することができる仕様だ。


「集合は10時、大ホール“永遠桜の間”入場ゲート前、か」

 

 一人一台与えられるラムダという通信機器で、集合場所を確認する。新人隊員はゲート前に集まり、合図がきたらユグドラシルの中で最も豪奢なホール“永遠桜の間”に入場し、ユグドラシルの隊員に姿をお披露目するらしい。

 集合場所に着き時計を見ると、針は9時45分を指していた。少し早いがすでに数名は到着している。顔見知り同士で話す者や、1人でおどおどする者、静かにその場で待つ者がおり、その後からもぞくぞくと新入隊員が集まってくると、少し騒がしくなる。


「よし……結構集まってきたな。新入隊員、ちゅうもーく」


 壁にもたれかかかっていた若そうな男性隊員が、新入隊員に向け大声で号令をかけた。大声、とは言っても少し気怠そうな声色、眠そうな眼をしており、やる気があるとは思えない表情。それでも、少しざわついていた空気が一瞬で静かになり、新入隊員達の中で緊張が生まれている。


「各部隊ごとに整列して入場するから、言われた通りに並んでくれ。……おっと、自己紹介を忘れてた。俺はユグドラシルの総司令部隊“IMITIS(イミティス)“ の副隊長、藍沢あいざわれんだ。よろしく。しばらくお前らの面倒を見ることになるから覚えておいてくれー」


 IMITIS(イミティス)、その言葉に新入隊員は驚きを隠せずにいた。イミティスはユグドラシルの“三幹さんかん”であるOSIM(オーシム)、NIRIM(ニリム)、EKAS(エクアス)から引き抜かれた、秀才だらけの精鋭集団だからだ。中でも副隊長ということは、かなりのエリートということになるため、周囲は目を丸くしていた。

 総司令部隊、という名前ではあるが、基本的に人事、総務、広報などの仕事を基本とし、時には総司令官からの通達を各部隊へ流す役割がメインとなる。基本的には表立って戦闘活動は行わないが、異能力は超一級、切り札のような存在。それ故に、ユグドラシルが有事の際、総司令官とユグドラシルを防衛する役割を担う。


「まず、三幹から。異能力研究調査部隊“NIRIM(ニリム)”8名。1番右の列に適当に一列になれ。その次に医療保護部隊“EKAS(エクアス)”7名は1番左に1列。そして治安維持部隊“OSIM”の5名は真ん中に1列だ。その他ユグドラシル機関員は後ろに3列で頼む」


 藍沢の命令に対し、新入隊員はぞろぞろと綺麗に整列し始める。藍沢が念入りに人数を確認すると、オーシムの新入隊員が4人しかいない事に気付いた。


「……オーシム、1人足りないな」


 藍沢が時計を確認すると、時刻は9時55分だった。10時10分には新入隊員が入場するため、あまり余裕はない。ポリポリと面倒くさそうに頭を掻き、ラムダで新入隊員の情報を見る。


「オーシムだけ点呼をとる。五十音順で呼ぶから返事をしてくれ。(……隊員に名札が無いのが不便だな。次の会議の議題に出すか)」


 オーシムに一斉に視線が集まる。


一尺二寸かまつかれん

「はい!」


 汐屋の前に並んでいた女性が返事をする。藍沢は訝しげに一尺二寸を見たが、すぐに逸らす。藍沢は不思議そうに首を傾げた。


(一尺二寸の一族の末っ子か……代々警察庁に入庁する一族がなぜユグドラシルに?なんにせよあの警察庁長官クソジジイが鍛えてそうだな)


佐東さとうかえで


 しーんと静まり返る。藍沢は犯人が早々に見つかった、という表情を浮かべた。


(佐東楓……孤児院に居たが7歳で佐東家に引き取られる。能力は先天性か後天性か不明。17歳の時に偶然居合わせた松野宮デパートのヴィランによるテロ事件の際に能力が覚醒したが、1年間研究しても未だに能力の発動条件及び制約が解明できていない……謎すぎる。フツー、いきなりオーシムにこんなの入れるか?)


「佐東がいないんだろうが、念のため……汐屋一樹」

「はい」


 汐屋は特に緊張もせず淡々と返事をする。スラリとした長身と端正な顔立ちに、顔を赤らめる女性は少なくない。藍沢は見定めるように汐屋を睨んだが、汐屋は特に動揺せず黙っている。


(このクソイケメンがあのトーダイ主席の汐屋か……みたところ只者じゃなさそうだ。イミティスの中でも噂になってたな。うちの隊長が直々に推薦状を持っていったせいでかなり注目されてる。……過去に両親と兄をヴィランに殺されてるから、訳アリっぽいな)


雲雀坂ひばりざか冬夜とうや

「はい」


 控えめで陰気な雰囲気を放つ小柄の少年が、小さく返事をする。藍沢はかなり童顔だが、一体何歳だろうと首を捻る。ラムダに目を向け年齢を確認すると、藍沢は瞬時に目を見開いた。


(16歳だと!?史上最年少のOSIM入隊者だな……しかも、高校に通いながら入隊するケースは初めてだ。そんなことが可能なのか?人事のやることはわからんな)


日出ひのでしょう

「はーい」


(大阪出身で、全国に支部があるほど有名なカラーギャング“野良猫ストレイ・キャット”の元総隊長……国の機関には属さずに野良で活動している一般異能力者はたまに見かけるが、目立ちすぎてユグドラシルから目をつけられたか)


 藍沢はラムダで新入隊員の異能力を再度確認した後、汐屋に目を向ける。


「汐屋、悪いが佐東を5分以内にここ連れてきてくれないか?寮にいなければそのまま戻ってこい」


 藍沢は半笑いで手をパーにし、汐屋に指示を出す。いけるだろ?といった表情で汐屋を見ていた。他の新入隊員達が無茶だと口々に呟く中、汐屋は動じることなく「わかりました」と返事をして靴紐を結び直し始めた。


「いやいや、5分は無理やろ。ここから寮まで15分はかかるで」


 金髪の長髪を後ろで括っており、耳にはいくつものピアスが付いている青年・日出は、独特の関西訛りで呟く。それでも、表情は期待に満ちていた。

 日出だけではなく、他の隊員も汐屋に注目している。視線を浴びながら靴紐を結び終えた汐屋は、大きく息を吸った後、足を一歩踏み出した瞬間にその場から消えていた。

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シュガー&ソルトと世界樹機関(ユグドラシル) 霜月あおい @pgpg

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