第5話 さぼる日もある

 いつものように、というほどでもないが今日も学校をさぼって図書館でぼんやりと本を眺めている。たまにさぼりたくなるのだ、高校生だもの。成績は全くよくないが、単位を落とすほど授業を休んでいるわけでもないからおそらく大丈夫だろう。留年はしたくないけど、しそうになったら流石に呼び出されるはずだ。親がおまけでついてきそうだけど。

 今日は一人用の机ではなく、少し大きめな机で本を読むことにした。読みかけだった本を棚からとってきて続きを読む。最後に読んだのは少し前だから、正直あんまり覚えていない。うとうとしていると隣に人が座る気配がしたので、横を向くと、やはりいる。

「こんにちは、少年。さぼりですか?」

「やだなあ。創立記念日ですよ」

「少年の学校は随分と創立されているようですね。この前も創立記念日でしたね」

「ばれてしまったのならしかたありません。さぼりです」

「そうですか。さぼりとはいいものです。特に、みんなが授業を受けている時間のさぼりというものは格別です」

「司書さんもさぼった経験があるんですか?」

「ありますん」

 え?どっち?

「私のことを根掘り葉掘り聞こうとするなんて、少年はなかなか見どころがあります」

「え……ありがとうございます」

 根掘り葉掘り聞いたっけかなあ。是非とも司書さんのことを詳細に教えて欲しいけど、そんな下心は一切表には出さない。

「安心してください。下心は丸見えです」

「なるほど、司書さんはさとりでしたか」

 ぼくのポーカーフェイスを破るとはかなりの実力者と見た。ついでに、胸も見た。

「司書さんはこんなところでさぼっていていいんですか?」

 ぼくとしては大変ありがたいので、このままさぼっていて欲しいところだが、社会に出るとなかなかさぼれないらしい。

「悩める少年の話を聞くのも仕事の内です」

「悩んでいるように見えましたか?」

 ぼけっと座っていただけなんだけど、そこはかとなく漂うアンニュイな感じが司書さんを惹きつけてしまったか……罪づくりな男だぜ。

「いえ、そうは見えませんが、悩んでいることにしておいてください。私のために」

「え、じゃあ、悩んでます?」

「悩みを言いなさい。そして解決しなさい」

「アドバイスはくれないんですね」

「古今東西願いを叶えた神はいませんので」

「司書さんは神じゃないですよね……」

「まあまあ、話してみてくださいよ」

 悩みを話してみろと言われても、別に悩んでないんだけど。しかし、司書さんはぼくの言葉を待っている。そして、ぼくはもっと司書さんと話したい。考えろ、考えるんだ!ぼくの灰色の脳細胞‼

「なぜ、世界は平和にならないんでしょうか」

 灰色の脳細胞は仕事をしてくれませんでした。ぼくの引き出しには何も入っていないらしい。

「なぜもてないのか。ときましたか。男子高校生の少なくとも84%はそれについて悩んでいると統計結果が示しています」

「どこ調べですか……。それにぼくはそんなことは聞いていません」

「安心してください。男子高校生なんて女体のことしか考えていないものです。恥ずかしがることではありませんよ」

「全国の男子高校生に謝ってください。ちなみに、女子高校生はどんなことを考えているんですか?いえ、あくまで学術的な興味から聞くだけですが」

「女子高校生はどうやっておじさんからお金を搾り取ってブランド物を手に入れようか考えています」

「全国の女子高校生に謝ってください」

「冗談はさておき、先ほどの数字に関しては私調べです」

 司書さん調べね。全く信用できないというわけですね。

「ちなみに84%という数字の根拠はなんでしょう」

「ひとつ質問をさせてもらいますが、偏差値60と聞いてどう思いますか?」

「え?そうですねえ……まあ、そこそこ頭いいんだなって思いますが」

「今少年が言ったように偏差値と聞いてぱっと思いつくのはテストの成績のようなものだと思いますが、偏差値というものは端的に言うと平均からの離れ具合を指すわけです。先ほど少年は偏差値60をまあそこそこと表現しました。ちなみに、偏差値60というのは上位16%くらいに入ります。つまり顔面偏差値60くらいだと、まあそこそこだということですので、もてません。ということで、少なくとも84%の男子高校生はモテについて悩んでいるんですよ」

 なんか根拠があるようなないような話が出てきたな。なんかそれっぽく言ってるけど、おそらくてきとーに言ってるんだろうな……司書さんそういうとこあるから。

「顔面偏差値なんてわからないじゃないですか」

「ごもっとも。要は学校のクラスメイトも同じことを考えているということです」

 なるほどなあ……って、別にモテについて悩んでるわけじゃないんだけど。いや、なんかモテてる方が楽しいかもって思うことはあるけどさ。……ぼくのモットーのひとつは「他人に嘘ついても自分に嘘つくな」じゃなかったのか?そうだ、ぼくはモテたい!でも、あんまり率直には聞けないから、ここはひとつ遠回しに聞いてみよう。

「モテについて悩んでいるわけではありませんが、どうやったらモテるんですか?もちろん、純粋に学術的な興味からの質問ですがね」

「私が答える前にまた聞いてもいいかな」

「?ええ、どうぞ」

「例えば、少年は数学の問題でわからないことがあったら誰に聞く?」

「そりゃあ数学の先生とか数学ができるクラスメイトとか」

「ふむ、友達と言わないあたりに好感が持てますね。さては友達いませんね?」

 余計なお世話ですよ!当たってますけど!

 表情に出ていたのだろう、司書さんがくすりと笑った。かわいいです、司書さん。

「まあまあ、すねないでくださいよ。話を戻しますが、なぜ歴史の先生に聞かないのですか?」

「?だって聞く相手が違うというか、そういわれるとなんでだろう?って感じですけど、数学の先生に聞けって言われそうじゃないですか」

「お、いい答えです」

「なんか照れますね」

「つまり、私からの答えはこうです。モテる人に聞いてください。聞く相手を間違えてます」

 その一言を言うために問答をする必要があったのだろうか。

「司書さん、モテないんですね」

「ええ。モテますん」

「え?どっち?」

「まあまあ、あまり興奮しないでください」

「いや、興奮はしてませんけど」

「さて、給料分の仕事はしないと……いけませんか?」

「ぼくに聞かないでくださいよ」

 司書さんは席を立ってぐっと伸びをする。

 ぼくの視線は万有引力の法則にしたがってその岡……いや、連峰に引き寄せられた。ぼくは宇宙の法則に逆らう術を知らない。

「欲望に忠実ないい視線です」

「なっ!?」

 司書さんはぐっと親指を立ててそれだけ言うとカウンターの方へ去っていった。

司書さん、そこは褒めるとこなのですか?子供はほめて伸ばすタイプに違いない。そんなところを褒められたらもっと視線を訓練せねばならない。……視線の訓練ってどうすればいいんだろう。


 閉館のアナウンスが館内に響いた。

 アナウンスを聞いてぼくは荷物をまとめ、とってきた本を棚に戻しに立つと、棚の前に司書さんがいた。

「帰り、気を付けてください。その本は私が戻しておきますよ」

「ありがとうございます」

 ぼくはお礼を言って本を渡した。

 図書館を出て自転車にまたがり、帰途につく。

 今日はいい1日だったな。学校はさぼったけど、司書さんとめっちゃ話せたし。あの司書さん面白い人だよなあなんてぼんやりと思う。そしてぼくは重要なことを司書さんに言うのを忘れていたことに気付く。

「ぼくは胸よりも脚派なんだ‼」

 ついついでかい声が出てしまったが、幸い周りには誰もいない。

 今度会った時にしっかりと誤解を解いておかないといかんと思いながら気合を入れて坂を上った。

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伊藤くんの日常問答 沖原哲 @Village

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