第4話 目には見えない、だが存在は感じる

 大型連休中にやることもいよいよなくなってきた。最近の作品ではドラゴンがあんまり関係なくなっているクエストや作品の世界観的に最後かもしれないが続編が沢山出ている最後のファンタジーなんかもわりとやりつくした感がある。いずれの作品も非常に楽しむことができた、素晴らしかった。短期間で何周もやるのも悪くはないが夏休みまでそいつはとっておきたいところだ。つまりはそう、やることがないのだ。一言で説明できてしまうというのはシンプルで美しいと捉えることもできるな。いずれにせよ、暇なのである。科学技術の発展によりぼくたちは時間を消費する生活になってしまったのではないだろうか。しかし、消費するためのプランがない人はどうなるのだろうか?たいていの場合とりとめのないことを考え始める。お金と死と、それから愛についてとか。

 直近で関係ありそうなのは……愛か?恋すら知らないぼくが愛に挑むのは時期尚早かもしれないが、あえて挑む勇気も必要なのではないだろうか。

「ぼくは一体何をしているんだろう……」

 ノートに文字を書き連ねながらそんなことを思ってしまう。だが、こういうのは考えたら負けだ。いや、考えない方が負けなのかもしれない。

 『愛』を考えるためのとっかかりが欲しいところだ。こういう時は友達に相談だ!……友達いねえわ。なら、いつも通りあいつに相談だ。つか、もう小鳥遊って友達だよね?やつに通話を仕掛けた!

「ぼくだ」

「いや。誰だよ」

「名前表示されてるだろうが」

「ちょっとした冗談だよ」

「今暇?」

「その聞き方をされた場合の答えは九割方決まっているだろ。暇じゃない」

「少し聞きたいんだが」

「暇じゃないって聞こえなかったのかな?」

「まあ、落ち着け」

「わーったよ。聞いてやるとするか」

 なんだかんだで付き合ってくれるんだよな、こいつ。

「愛について考えているところなんだが」

「なんだって?」

「いや、だから愛だってば」

「うん?山本さんの下の名前はアイではないが、いつから鞍替えしたんだ?」

「ちっげーよ。まるでおれがいつも女子のこと考えているみたいじゃないか!」

「ちがうのか?」

「違います。ラヴのことだよラヴ!」

 こいつはいつも失礼極まりない。ぼくはいつも女子のこと考えているわけではない。別のことだって考えてる……ロマンとか?

「で、愛がなんだって?」

「愛について考えてみようと思ったんだけど、とっかかりが見つからないんだ」

「険しき道になるぞ、パダワンよ」

「はい。マスター」

 こいつは一体何のマスターなんだ?


 通話でやり取りするのは少々面倒だといって、部屋に来おった。……そんなに近くないんだけどね。こいつの行動力すげえな。

「でだ、小鳥遊。愛ってなんだ?」

「少なくとも、その本棚の奥に隠されている物でないことは確かだ」

「あれを愛なんて不確かなものと同格に扱われるのは心外だな。あれはロマンだ」

「わかる。わかるぞ」

 ぼくと小鳥遊は固い握手をかわした。なぜだろう、こいつとは時々分かり合うことができる。フォースの導きか?

「だがパダワンよ。愛は多くの悲劇を生み出してきた」

「はい、マスター。ところでマスター小鳥遊、どのような悲劇を起こしてきたのですか?」

「詳しくは知らん」

「知らんのかい」

 こいつほんとてきとーだな。ライトセーバーで切りかかるぞこら。

「実際そういうもつれで滅びた国なり金持ちなりはたくさんいるだろ。小説でもよく見るし」

「まあ、確かに。愛を題材にした作品って結構あるよな」

「実際のところ金をめっちゃ持ってる人って『金を手に入れた!』とは言わないけど、『成功者』ってレッテルを貼られるわけじゃん?」

「まあ、成功したから金が集まるって感じだけどな」

「そりゃそうだが、今はロジックが主題ではないからどっちでもいいんだよ。とにかくさ、愛を手に入れた状態ってどんな状態なわけ?」

 言われてみるとそうだ。『愛を手に入れた!』なんて喧伝する人はいない。少なくとも見たことないな。

「つまり、愛を手に入れた人間はいないってことか?」

「いないというか、愛を手に入れても外からはわからないってわけだ」

 小鳥遊のくせに目の付け所は悪くない。

「いわゆる夫婦は愛を手にしたのではないか?」

「残念。愛は自然現象だが結婚は人間が作ったものだ」

 何も言い返せない。やるな小鳥遊!

「まあ、最近本で読んだ本に書いてあったんだけどね」

「つまり、夫婦間に愛はないと?」

「そうは言ってない。夫婦だからそこに愛があるってわけじゃないってことなんじゃねえの?そもそも見えねえし」

 目には見えない……か。

「つまり、あれか。愛に実体はないと?頭の中にしかないってことか?」

「なんか引っかかる物言いだが、物質的ななにかではないんだろうなあ」

「なんか、そんなのが数学にあったなあ……虚数だ」

「おー。いい例えだな」

「虚数単位『i』。英語ではImaginary Numberなんて言ったりする。想像上の数字と名付けられたものだな」

「『愛』と『i』か、日本語だと音が一緒だな。日本語の妙だな。でも、確かに捉えどころがないって意味じゃ同じだわ」

 小鳥遊め、なかなか的確なことを言いよる。捉えどころがないっていうのはなかなかいい表現だ。「それに」と小鳥遊が続けた。

「結婚、というか幸せ?は掛け算だっていうけど、iで掛け算するとマイナスになっちまうな!」

「だから離婚するんだな!」

 愛が冷めてしまうことが数学的に証明された瞬間だった。

「おー。お前の性癖から始まり、随分と広がったな」

 ぼくの性癖の話なんてしていないのだが、こいつは何を言ってるのだろうか。仕方ないから合わせてやるか。

「お前とぼくの性癖は平行線だ。議論する意味はない。悲しい結末を招くだけだ」

「確かにな。おれとお前は性癖と女子のタイプだけは全く分かり合えない。不思議だな」

 まるでそれ以外は分かり合えてるみたいな物言いだが……全くそんな気はしない。

「別に他のことも分かり合えてないだろうが」

 つい口が滑ってしまった。

「つれないねえ」

「別にいいだろ、分かり合えなくたって。むしろ分かり合っちまったら考え読まれて怖えわ」

「お前はしょーもないことばっか考えてるからな。あんまわかりたくねえわ」

 いやいや、至極まっとうなことしか考えてないって。うーん……うなじとか?

「うなじはまっとうなことではないぞ」

「小鳥遊。お前エスパーか?」

 え、なに?なんでぼくの考えが読まれているわけ?

「いや、声に出てたぞ」

 まじかよ。ぶつぶつ言う癖があるからな。なくて七癖。ぼくにはまだ隠された能力が六つあるということだ。

「さーて、小休止にしますか!」

 小休止にしますかって……小鳥遊さん?もう横になって漫画読んでますけど、それは休憩ではないのですか?


 一度休憩に入ったら再開することがないのは勉強と同じで、この話も再開されることはなかった。小鳥遊の読んでいた漫画の熱いシーンについて語り合い、今日はお開きとなった。

「うし。じゃあ帰るわ」

「うい。もう来んなよ」

「また来るわ。つか、駅まで話そうぜ」

 なぜ野郎を駅まで送らねばならんのか……まあ、話に付き合わせてしまったし、ここは聞いておいてやるか。

「わかったよ」

 駅までの道で、先に口を開いたのは小鳥遊のほうだった。

「さっきの話の続きだが」

「漫画?」

「そっちじゃない。愛の話についてだ」

「あー、そっちね」

「そっちが本題だっただろうが」

 小鳥遊のくせに覚えていたのか。マンガ読むことを主目的だと思ってたぞ。

「結局『愛』ってなんなんだろうな。あるんだろうか、ないんだろうか」

「まあ、どっちでもいいんじゃないの?」

「伊藤……そっちから話題振って結局それかよ」

「なんだろうなあ……まあ、あってもなくてもいいんじゃない?虚数単位の『i』も捉えどころがないって話したじゃん?でも、物理現象を表すうえでは必要なわけで。それと同じで、『愛』があればうまく回るってことなんじゃないかな。まあ、それに触れないという意味では似たようなもんじゃん?まあ、目には見えない、でも確かにそこにあるってことだろ」

「いや、愛には触れるぞ」

「それは愛じゃない。身体だ」

 すぐにそっちの方向に話がそれる。まあ、ぼくらの頭のなあなんてそんなものか。

 なんだかんだと話しているうちに駅に着き、改札を通る前に小鳥遊がこっちを向いて「じゃあな」と言ったので、「うい」とだけ返して別れた。帰り道の途中、なんで『愛』について考えてたんだったかなあ……と考えてみたが、よく思い出せなかった。なんだかんだで楽しかったからいいか。

「ただいまあ」

「お帰り。もうごはんにするよ」

「ういー」

 生返事をして、とりあえずテレビをつけると夫婦仲がいいとされていた著名人の不倫が報道されていた。なんてタイムリーな話題なのだろう。愛ってやつはよくわからないが、足し算くらいが丁度いいらしい。


 

 

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