さよなら風たちの日々 第4章ー2 (連載7)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

さよなら風たちの日々 第4章ー2 (連載7回)


              【3】


「駿、ちょっと頼みたいことがあるんだ」

 二学期が始まったばかりのある日、信二がぼくの名前を呼んで唐突に言った。

「これ、ヒロミに渡してくれないか」

「何だよ。ラブレターかよ」

 そう訊ねるぼくに、信二は細い目をさらに細くして言う。

「自分で渡せよ。こんなもの」

ぼくが言うと、信二は答えた。

「それができるなら、苦労しないって」

 その日最後のの授業が始まる少し前だったから、教室は少しざわついていた。その中で信二はぼくに拝む真似をして、強引に手紙を押し付けてくる。 

 テレビアニメのイラストが入った白い封筒。顔にまったく似合わない可愛い文字で《織原ヒロミ様》と書かれた封筒の裏には、封印に使ったであろう、赤いハートのシールまで貼ってあった。

「おまえねぇ。おれたち今、こんなことやってる場合じゃないだろ。大事な受験、控えてるんだぜ」

「分かってるよ。だからこそ、今これを渡してほしいんだ」


 いよいよ重症だと思った。

 そういえばぼくは、信二がヒロミの些細な出来事に一喜一憂していたことを思い出した。

 たとえばヒロミが別な男と仲良く屋上で話をしていたとか、別な男と一緒に歩いていたとか言ってはしょぼくれ、廊下ですれ違ったとか売店で一緒になったとか言っては、はしゃぎ回り、信二は何かにつけ、ヒロミのことを話題にするのだった。

「もう受験だからって、忘れようとしたよ。でもそうするとかえって、あいつのことが頭に浮かんでさ、勉強どころじゃなくなっちまうんだよ」


 たとえば背中まで伸ばした柔らかそうな髪を無造作にかき上げるしぐさ。視線が合うとはにかむように微笑み、そっと目を伏せるしぐさ。そしていつも遠くを見つめているような横顔。それらを思うと信二はもう、勉強どころではないのだという。


『一度デートしてほしい。そうすれば受験勉強に打ち込めるから』。

 信二が書いたラブレターは、そんな内容らしかった。

 ぼくは仕方なく、その手紙を手渡す役を引き受けた。



                            《この項 続きます》









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